表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダークプリンセスはそれでも魔法少女に勝てない  作者: 文月なご
第五章 願い巡るプリズム
134/164

17話 【モノクロームロンド】4

「ぐにゅにゅ……。歩み寄ったと言われても、意図も何も理解できませんわ。心の内まで話してこその歩み寄りでしょうに」


 その後、シャルロッテの研究室にやって来たルシエラは、テーブルに置いた魔石と睨めっこを続けていた。


「だからルシエラはあんな難しい顔をしているのね」

「そう」


 豪奢な紅いソファに腰掛けて事情を聴いていたカミナは、肩にかかった髪を払うと、紅茶を飲みながら優雅に笑う。

 降臨祭の後、カミナは魔法の国に戻らず、シャルロッテの研究室に住み着いていた。

 迷惑がるシャルロッテなどどこ吹く風、様々な私物を持ち込んだカミナの手によって、研究室は貴族の私室に相応しいエレガントな空間にリフォームされていた。


「ふぅん、それでルシエラ的にはどうしたいの。女王に戻るつもり?」


 エレガント空間に侵略され、机ごと部屋の片隅に追いやられたシャルロッテが、次の授業の準備をしながらルシエラの顔を見る。


「それは……」

「ルシエラ、私にはあれこれ言う癖に、肝心の自分は絶対赦さない感じなんだ」

「うぐ」


 返答に詰まったことで内心を見透かされ、図星を衝かれたルシエラはテーブルとにらめっこしたままの顔を歪めた。

 他人を信じず、拒絶し、傷ついた心がこれ以上傷つくのを恐れて近づかない。心の殻に籠っていた幼い女王。

 この王位継承戦、ルシエラがいの一番に女王失格の烙印を押したのは、他ならぬルシエラ本人に対してなのだ。


 だからこそ、シャルロッテやアンゼリカ、カミナの御三家に成長してもらい、ルシエラが素直に祝福できる女王となって欲しかった。

 だが、それは逆に自分に都合のいい願望だったのだろうか。


「えと、ごめんね」


 そんなルシエラの姿を見て、ミアがぺこりと謝る。


「そ、そこでなんでミアさんが謝りますの!?」

「ん。五年前天空城で戦ったあの時、ルシエラさんを倒すんじゃなくて、別の答えがあったのかなって。よく思うから」

「そんな心配は不要ですの! ミアさんが悪いのではなくて、根性なしのかつてのわたくしが悪いんですの!」


 申し訳なさそうな顔をするミアの手を握り、ルシエラが必死に首を横に振る。


「わーお、自分には手厳しいねっ☆ あのさ、コレちゃんが帰ってきたから言えるんだけど、ルシエラが本当の意味で吹っ切るには、やっぱり昔の自分を赦す必要があるんじゃないかな」


 授業の準備を終えてコーヒーを淹れたシャルロッテは、もちもちのドーナツを食べながら、少しだけ真剣な顔をして言う。


「どうやって、ですの」

「そこは知りません。ご自分で考えてくださいっ☆」


 シャルロッテは頭上で両腕を交差させ、バツの字を作った。


「んもう、それでは意味がありませんわ。そんな風に割り切れるのなら、最初から苦労はしていませんの」

「あら、割り切る云々を言うのなら、初めから結論は出ていると思うのだけれど。ルシエラは自分の心の内がどうであれ、私を助けた時のようにその指針自体は揺らがない。感情を飲み込めずとも自分に課す責務と行動は変わらないと思うわ」


 飲んでいる紅茶の匂いをコーヒーの匂いで上書きされ、シャルロッテを眼差しで非難しながらカミナが言う。


「それは……カミナさんの時はそうでなければ助けられませんでしたもの。迷っている暇もなかっただけの話ですわ」

「そう、それが今は貴方。だから貴方はその魔石を手に取って女王になる。きっとこの後、そうしなければならない状況になるのだから。クロエ様に思惑があるのは、ルシエラも薄々勘づいているでしょう?」

「やはりカミナさんもそう考えていますのね」


 その言葉を聞いてルシエラの顔が真剣なものになる。


「簡単な推察ね。元々アネットを信用していなかったとはいえ、プリズムストーンの原石があるのに神降ろしでは使わなかった。一見すると非合理的だわ」

「確かにそうですわ」


 ルシエラが重々しく頷く。

 カミナ達は神降ろしで使う為、フローレンスの実家であるブランヴァイス家の家宝である魔石を奪った。

 だが、最初からこの魔石を使えば余計な小細工をする必要もなく、成功率も高かったはずだ。


「つまり、その魔石はクロエ様にとって最後の切り札であり、使わず終いにしたかったものであるはずよ。されどクロエ様はあっさりとそれを託した、そこに特段の理由がないとは考え難いわ」

「そうだね」


 一緒に話を聞いていたミアが同意する。


「そもそも、ルシエラはアルマ様ではなくともその娘、正統な継承者であることは間違いない。クロエ様と御三家が認めれば女王に戻れる。そこに異論は挟めない、挟まれても押し切れると言った方が正しいかしら」

「……つまり、女王に戻るわたくしの箔付けと言うのは方便で、魔石を渡すことの方が重要だったのですわね」


 ルシエラはプリズムストーンの原石である魔石を手に取ると、じっくりと確認するように手の上で転がす。


「この魔石が己の身に何かがあった時の保険だと言うのなら、本当に託したのは女王の座ではなく有事の際の後始末。……クロエさん、まだ残存する白いアルマと自身で決着をつけるつもりですわね」


 そして、ルシエラはそう結論付ける。

 残念ながら理由はそれ以外に思いつかなかった。


「同意見ね。口では色々言っていたようだけれど、きっとクロエ様も前回のことでルシエラを認めてたのよ」

「魔石が必要な事態になった時、誰が一番有効活用できるかって言えば、間違いなくルシエラだもんねぇ」

「ん。でも、ルシエラさんが魔脈を正常化したのに、そんな激しい戦いになるのかな?」


 ミアが至極もっともな疑問を口にする。

 白黒二人のアルマ、その力が拮抗しているからこそ、クロエは釣り合った天秤を自らに傾けるべく強硬策に出たはずなのだ。

 一部でしかない白アルマを相手取るのに、完全体の黒アルマであるクロエが保険をかける必要はない。

 むしろ、この展開は神降ろしで作りたかった均衡を崩すための盤面そのものだ。


「うーん、そのことなんだけどねぇ。この前おかー様と戦った時、おかー様の中で凄い数のマジカルペットが蠢いてたんだよね」


 ドーナツを食べ終えたシャルロッテが、追いドーナツを食べながら顔をしかめる。


「それは本当ですの!?」

「うん、多分カミナよりも入ってる量が多かったと思うよ」

「あら、獣臭いとは思っていたけれど自分の中にも入れていたのね。よくそれだけの獣に寄生されて正気を保てるものね……或いは既に正気ではないのかしら」


 カミナはティーカップをテーブルに置くと、渋面を作って小さく身震いする。

 彼女はマジカルペットの成体であるマジカルビーストを体に入れられていた。無数の獣が自らの中で蠢く感覚を思い出してしまったのだろう。


「んー、多分後者。白いアルマを復活させてマジカルペットの繁栄願ってたし。わ、私がおかー様だと思っていたもの、おかー様じゃない疑惑すら出てきちゃった」


 シャルロッテは困った顔でお手上げのバンザイをしてみせる。

 その口調はいつも通り明るいが、その顔色はあまり芳しくない。どうやら彼女も本気で困惑しているようだ。


「……確かにそれだけ大量の害獣を有しているのなら、魔脈自体に直接アプローチをかけることも可能かもしれませんわね」


 ルシエラは顎に手を当ててふむとうなる。

 カミナに入ったマジカルペットを抜き出した時に、アネットの研究が厄介で有効な代物であることは確認できている。

 大量投入するだけのマジカルペットが確保できれば、直接魔脈にアプローチをすることも不可能ではないだろう。前回とは別の手段での白アルマ開放も可能かもしれない。

 だとすれば、今から最悪の事態に備えておくのは妥当な判断だ。


 ──それならばクロエさんの行動にも辻褄が合いますものね。


「シャルロッテさん、一つお願いがあるのですけれど……」

「無理」

「な、なんですと! 内容を聞く前に即否定しないでくださいまし! 大事な、大事なお話なんですの!」


 取り付く島もないシャルロッテの塩対応にルシエラが猛抗議する。


「えー、聞かなくても大体わかるしねぇ。その下準備自体は手伝うよ。でも本当にそれが必要な状況になったら、私はコレちゃんの安全を確保しに行かないといけないから」


 一応、手伝った方がいいという気持ち自体はあるらしく、シャルロッテは珍しく申し訳なさそうな顔をしていた。


 ──全く、本当に妹さん最優先ですのね。


 彼女の性格と優先順位は知っている。それが断る理由である限り、いくら頼み込んでも了承してはくれないだろう。


「えと、ルシエラさん。私もタマちゃんが危ない目に遭うのは嫌、かな」

「わかっておりますわ。アネットさんが話通りだとしたら、優秀な魔法少女であるタマキさんを手元に置かせる訳にはいきませんものね」


 タマキが先日のセラのようになるのはルシエラとしても無論避けたい。

 下準備を手伝ってくれるだけ助かったと考えるしかないだろう。


「ごめんね。エズおばにも話は通しておくから、ルシエラは自分の心配しといていいよ」

「そうね、懸念通りなら貴方も当事者になるわ。クロエ様がここに来た以上、アネット達も近々動くはずよ。急ぎ備えておきなさい」


 カミナの言葉にルシエラが頷く。

 アルマを封じれるというペンダントにプリズムストーンの原石。ルシエラは盤面をひっくり返すための鍵を持ち、実際先日の目論見を打ち砕いている。アネット達にとっては絶対に捨て置けない存在だ。

 もっとも、クロエが本当に白いアルマと雌雄を決するつもりならば、ルシエラは捨て置かれても割り込んでいくつもりなのだが。


「ん、そうだね。早速、何か来たみたい」


 ミアが見つめる窓の外、視界が白く染まり、ズドンと何かが勢いよく衝突する音が響き渡った。




 音の正体を確かめるべく校舎の外に向かうルシエラとミア。

 「トラブルがあったのはあっちだよ」とクラスメイトに教えられて向かった先、グラウンドを深々と抉ったクレーターの中心で二人の少女が仁王立ちしていた。


「へへっ、どう思うっすか、先輩」

「まるで素人だな。どいつもこいつも論外だ」

「全く同感。楽なミッションっすよね」

「フッ、だからといって油断はするなよ。油断とは堅牢な城砦を崩す蟻のひと噛みなのだからな」


 クレーターから二人が下校する生徒達を値踏みし、生徒達は怪しげな二人と関わり合いにならぬよう遠巻きに下校していく。

 普通なら混乱が起きても不思議ではない状況だが、度重なるトラブルで鍛えられたのか、生徒達は辟易こそすれ落ち着いている。どうやらこの学校の生徒は逞しく成長しているらしい。


「……ミアさん、あの方々が件の方々ですわね」

「多分、そう」


 一方、そんなトラブルの中心に向かう決意をして登場したルシエラは、ドヤ顔で腕組みする二人を見て、ちょっぴり決意が揺らぎそうになっていた。


 ──あの雰囲気、強敵難敵とは別の方向性で関わりたくない方々の予感がしますわ。


 昇降口前で二の足を踏みながら二人を観察していたルシエラだが、うっかりクレーターの二人と視線が合ってしまう。

 それが合図となった訳ではなかろうが、二人はにやりと笑ってルシエラの方へと向かってくる。


 ──あ、しまったですわ。露骨に見過ぎてしまいましたの。


「ほう、見上げたものだ。私の眼力に臆さなかったのはお前が初だ」


 先輩少女がルシエラの前で栗色の髪をかきあげて言い、


「へへっ、でも気を付けた方がいいっすよ。好奇心は猫をも殺すって言うっすからね」


 はしばみ色の髪をした後輩少女がその後ろからひょこひょこと顔を出して続いた。


「ああ、はい。そうですの。以後気を付けますの」

「オーケー、グッドだ。学びを得たな」

「それで学生さんに質問があるっす。この学校にルシエラって子がいると思うっすけど、知ってるっすか?」


 彼女達の目的が予想通り自分であることを悟り、呆れてはいられないとルシエラは思案する。

 見るからに残念な少女達だが、グラウンドにできているクレーターを見る限りその戦闘力は高い。この場で戦闘するのは極力避けたい所だ。


「ああ、その方でしたらあっちにある修練場へ向かうと言っておりましたわよ」


 故にルシエラは修練場のある方を指差して堂々としらばっくれ、


「ね」


 ミアがこくりと頷いて同意した。


「そりゃあ、どうもっす。先輩、やっぱり楽なミッションみたいっすよ」

「その台詞は終わってからにしろ。油断大敵と言う奴だ」


 言って、二人は修練場へと歩いていく。


「ふっ、励めよ学生。この瞬間、私が本気だったら今の間に十回は死んでいたぞ」


 途中、先輩少女が一度足を止め、ふっとキザな笑みを浮かべてルシエラにそう言った。


「はい?」


 予想外の発言に、ルシエラは首を傾げながら頭に特大の疑問符を浮かべる。


「先輩がたったの十回だけ? どうしちゃったんすか」

「フッ、十回目で憐れになって、止めてしまったのさ」

「ひゅーっ、流石先輩。カッコイイっす!」

「甘さは命取りだとわかっているんだがな。どうやら私も甘さを捨てきれんらしい」


 目を点にして疑問符を浮かべ続けるルシエラの前、二人はイタい会話を繰り広げながら修練所へと向かってく。


「えと、私達も向かおう。ここで戦闘にならなくてよかったね」

「……よかったですけれど、これから矢面に立つわたくしはあんまりよくないんですの」


 なんとも釈然としない気持ちを胸に抱きつつ、ルシエラは二人の少女を追って修練場へと向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ