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ダークプリンセスはそれでも魔法少女に勝てない  作者: 文月なご
第五章 願い巡るプリズム
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17話 【モノクロームロンド】2

 その後、ローズとクロエはアルマテニアの王立魔法学校へとやって来ていた。

 黒い髪に黒いドレス、無貌の仮面。宵闇を凝縮したような姿の仮面宰相が、まだ明るい日差しの差し込む廊下を悠然と歩いていく。

 その姿に気づいた生徒達の反応は、目を背ける者、こっそりとその姿を窺う者、咄嗟に隠れてしまう者、様々だ。


「ええと、ここが特待生クラス。次代を担うことを嘱望された魔法使いが集まるクラスですね。皆、魔法の国(グランマギア)の最新術式にも対応できる優れた才能の持ち主です」

「そうですか」


 生徒達を驚かせないよう、努めて笑顔を作って学校を案内していくローズ。

 だが、クロエはそんな生徒達にさしたる興味も無いようで、生返事をして教室を一瞥すると、そのまま足を止めずに通り過ぎてしまう。


「すみません、クロエさん。あんまり魔法学校に興味がないように見えるんですが」

「悪くない洞察力です。エズメが弟子にするだけのことはありますね」


 慌てて追いかけるローズが怪訝そうな顔で疑問を呈し、クロエがその疑問をあっさりと肯定する。


「じゃあ、なんで魔法学校の視察を……?」

「あの中に我が分け身を匿う者が居たとして、私が留まったままでは事態が動かぬのは自明の理。エズメの弟子である貴方はあの中では最も信頼できます。ならば魔法学校の視察でもして、ぼろを出すのを待つのが最も効率がいい」

「ああー、なるほど。……って、それならわざわざ空間転移までして魔法学校に来る必要はなかったんじゃ」


 一瞬納得しかけたローズが至極当然の疑問に辿り着いたその時、廊下を歩くクロエの足が止まった。


「ここは?」

「ここは初級学科ですね。簡単に言うと、魔法はまだ使い慣れていないけれど、才能はあると判断された子達の集まるクラスで……」

「なるほど、ろくでもない娘です」


 そして、ローズの説明を聞き終わるよりも早く、クロエは遠慮なく教室へと入っていく。


「ちょ、ちょっと待ってください!? ここの子達は本当にまだ初心者なんで! お手柔らかに!」


 ローズは慌ててその後に続くのだった。


  ***


 その日、いつも通り授業を受けていたルシエラは、急に教室がざわめきだしたことに気づく。

 だが、授業内容にも教師の雑談にも特筆すべきことはなく、ざわめく理由がわからない。

 不思議に思い、視線だけで周囲の様子を確かめると、教師も生徒も揃って後ろの方を気にしている。授業中はいつも集中しているミアですらもだ。

 流石に自らも気になりだしたルシエラは、机の上で手鏡を動かし、さりげなく後ろの様子を窺う。


「ぬなっ!?」


 そして、何故か教室の後ろに居るクロエの存在に気づいて、思わず素っ頓狂な声をあげた。


 ──な、なんですと!? なぜクロエさんがこんな所に居ますの!? 魔法の国に帰ったのではなかったんですの!?


 自らの存在に気がつかれて面倒ごとになったら堪らない。ルシエラは大慌てで手鏡をしまうと、後ろを見なかったことにして授業に集中すると決意する。

 だが、こともあろうにクロエはルシエラが座る席の真後ろまで歩いてきてしまう。

 いつもは居心地抜群な窓際最後列の席。しかし、今日この時だけは逃げ場のない針の筵となってしまった。


「特待生クラスに居ないので不思議に思いましたが、初級学科に居たのですね。そう言う設定で通しているのですか?」


 ルシエラの真後ろ、独り言のようにクロエが語り掛けてくる。


 ──無視、無視一択ですの。


 こんなものは明らかな挑発だ。ルシエラは返答せず、無視して授業に集中すると再度決意する。


「魔法総省長官によれば、この学校は公費が惜しみなく使われているようですね。とすれば、既に学ぶことのない力量の生徒は税金泥棒と呼称するのが相応しいのでしょう」


 ──むぐぐっ!


 引き結んだ口をぐぬぬと僅かに曲げつつも、クロエの挑発に乗りはしないと授業に集中するルシエラ。


「そう言えば、齢八にしてグランマギア統一魔法体系全てを極め、先日このクロエに大口を叩きながら圧倒してみせた娘が居ましたね」


 ──本当にうるさいですの! 何が目的なんですの、単純に嫌がらせ目的なんですの!?


「先日、ダークプリンセスなる者が巷を騒がしていましたが、何故プリンセスなのでしょうね。女王の積から逃れ、永遠のモラトリアムで在りたいという願望の現れなのでしょうか」


 止まらないクロエの口撃に、ペンを持つルシエラの手がわなわなと震える。既にクラスはクロエの威圧感に呑まれ、授業も中断されていた。

 当然、横で二人のやり取りを見ていたローズも不審に思い、特待生クラスから嫌がるフローレンスを引っ張ってくる。


「ちょっと止めなさいよ! 私、授業中なんだけど!」


 首根っこを掴まれて連行されたフローレンスは、一度ローズを睨みつけると、着崩れた制服を整え、銀色の髪を軽く振って乱れを直す。


「いや、ごめんフロちゃん。でもちょっと国の大事関わってるから、フロちゃん特待生だし授業中座しても大丈夫でしょ。ナスちゃんなんて、ほどんど授業受けてないって聞いてるよ」

「そこで一発でわかるダメな見本を引き合いに出さないでちょうだい!」


 教室の後ろ、小声で言い争いを始める有名人二人。

 その姿に、やはりこれはただ事ではないとクラスがより一層ざわつきだす。


 ──ローズさん、なんてことしてくれますの! 利敵行為もいい所ですわ!


 徹底スルーを決め込んでいるルシエラからすれば迷惑極まりない行為、思わず恨めしさが表情に出てしまう。


「いいからさ、とりあえず母さんの質問に答えてよ。クロエさんとルシちゃんって知り合いなの?」

「クロエ、ああ……」


 ローズに耳打ちされ、フローレンスが困った顔でクロエの姿を一瞥する。


 ──言わないでくださいまし、言わないでくださいまし、言わないでくださいましっ!


 必死に祈るルシエラ。


「母親みたいよ。割と複雑な関係の」


 その祈りが微妙に届いたのか、一応気を使ったらしいフローレンスが特別小声でローズに教えた。


「うえええ!? クロエさんがルシちゃんのお母さん!?」


 だが、その気遣いはローズの驚き一発で水泡に帰してしまう。


「静かにしなさいよ! 割と複雑な関係だって付け加えたでしょ!」


 眉を吊り上げたフローレンスが肘で小突いて非難する。


 ──大きいですの! フローレンスさんの声も大きいですの! 気づいてくださいましっ!


 もう駄目だと机に顔を伏せるルシエラ。

 ミアが席から心配そうな眼差しを向けているが、残念ながら大丈夫だと返す余裕もない。と言うか、大丈夫ではない。


「いや、だって! フロちゃん、この人誰だか知ってて言ってる!? っていうか人じゃないよ!」


 珍しく動揺を露わにして再確認するローズ。


「知ってるわよ! 人には事情ってもんがあるの。余計な詮索をするんじゃないのよ!」


 フローレンスはその眼前に人差し指を向け、言い聞かせるようにきつく注意する。


「別に私の娘ではありませんよ。ただこの体が産んだと言う縁があるだけのことです」


 そして、やいのやいのと言い争う二人にぽつりと投げ込まれたクロエの一言。

 配慮に欠けたその一言に、ルシエラもついに堪忍袋の緒が切れた。


「わ、わたくしだって貴方をお母様だなどと認めておりませんわ!」


 席を立ちあがって勢いよく言い返し、即座に大失敗だと気づくが時すでに遅し。

 視線がルシエラに集中し、クラスが気まずい雰囲気に支配されてしまうのだった。

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