プロローグ5
プロローグ
次元の狭間に封じられた裏神殿の更に奥、いまだ人が足を踏み入れぬ神域がある。
大地を走る魔脈中に散って封じられ、奈落の底よりも更に深きそこは一面の白。その白き神域に今日初めて人が訪れていた。
「ふっ、特異な力が蠢いていると思えば、こんなものが隠されていたとはな」
「さっすが先輩っす! そろそろ最強って呼ばれちゃうんじゃないっすか!」
その来訪者は二人の魔法少女。
アルカステラ達とは別系統である機械仕掛けの装備を持った二人は、歴戦の魔法少女らしい泰然たる態度で白い世界に降り立つ。
「フッ、最強など後からついてくるものだ。まずはいつも通り解決しようじゃないか」
先輩と呼ばれた魔法少女が栗色の髪をかきあげ、機械仕掛けの巨砲を構える。
「でも、このまま空間を破壊したら、接続されている世界が余波を受けないっすか?」
「大事の前の些事だ。こんな異常な空間を放置していたのなら、結局余波程度では済むまい」
言いながら、先輩魔法少女は機械仕掛けの巨砲に魔力を充填していく。
だが、その巨砲は黒い杖によって両断され、発射されることはなかった。
「下がれ後輩、お出ましだ!」
「はいっす!」
真っ二つに切り裂かれた巨砲を手放し、先輩魔法少女が後輩に戦闘準備を促す。
白い世界に黒い杖が舞い踊り、二人の視界の両脇で真っ黒い人影が道化のように嘲笑う。
『魔法少女、魔法少女? 貴方も、貴方も、魔法少女?』
『教えて、なら教えて。私の中にあるこの星が、もっとも強い魔法少女なのかしら』
「先輩! なんかヤバそうな連中まで出てきたっすよ!」
後輩魔法少女は気圧されながらも、浮かんだ杖に向かって魔法の銃弾を連射する。
だが、黒い杖は白い世界を切り裂きながらそれを避け、ブーメランのように旋回。いつの間にか二人の前に立っていた魔法少女の手に収まった。
その魔法少女の年齢は恐らく十歳程度。白い髪、目を隠すバイザーのような黒い仮面、黒い衣装、吹き上がる白い魔力の翼。モノクロームの魔法少女だった。
「魔法少女、だと……?」
『貴方はご存じ、この星を。知っているのなら私にちょうだい、欠けたパズルのピースを。私の星こそがオリジナルになるように』
警戒する先輩魔法少女の視界の端で、影の道化が挑発するように囁く。
「なるほど、なるほど、理解した。この魔法少女は影共のご同類、人ではない。どうやら遠慮は要らんらしい……行くぞ、後輩ッ!」
「おうっす!」
先輩魔法少女が機械の翼を展開し、舞い落ちる羽根を操って魔力の光線をあらゆる方向から浴びせにかかる。
後輩魔法少女は機械の剣を構え、柄に付いた魔力機関を作動させると、刀身に魔力を纏わせて一気に踏み込んだ。
『迷う心の宵闇に、きらり煌めく星一つ……』
対するモノクロームの魔法少女は人ならざる声で呟くと、白い魔力の羽根で機械仕掛けの羽根を撃ち落とし、杖で振り下ろされた機械仕掛けの剣を両断してしまう。
「馬鹿な!」
「つ、強過ぎるっす!」
驚きの声をあげ終えるよりも早く、二人の腹部に魔法弾が撃ち込まれ、頭を垂れるように揃って膝をついてうずくまる。
うずくまるその体を神域の白が侵食し、二人の輪郭線が白に溶けておぼろげになっていく。
「ふん、魔法少女と言ってもピンキリなのだね。やっぱり私のステラが特別で最強の魔法少女なのだわ」
そんな二人の前、一面の白の中から白い少女が歩いてくる。
齢十程度の背丈である少女は白い長髪に真紅の瞳、白いワンピース。二人は知る由もなかろうが、その整った顔立ちは魔法の国グランマギアの現女王が幼い頃とよく似ていた。
「な、何者だお前は!」
顔をあげた先輩魔法少女は、白い少女を迎え撃つべく立ち上がろうとするが、その手は空を切って立ち上がることができない。
「無断で入りこんで何者だとは失礼な輩だね、お前は。私はアルマ、お前達の概念だと古き神とかそんな類の者なのだわ」
「ふ、古き神っすか!?」
「神だとしたら何故人々を脅かす! 人々を脅かすのならば、私は神であろうとお前を討つ!」
完全屈服とも言える状態の中、先輩魔法少女がアルマを睨みつけて勇ましく啖呵を切る。
「脅かす? 私は人を見限っただけなのだわ。それで脅かされるのなら、人という生き物が軟弱なだけの話なのだよ」
「そんな詭弁が通じるものかッ!」
「もういい、そんな討論は黒い私と何度も繰り返して聞き飽きているのだわ。結局、他人であるお前達の考えなんてわからない、それが私の答え。……だから、私と一つになってお前達がなんなのか教えておくれ」
アルマがつまらなそうに右手を上げると同時、白い空間全てが蠢き、白い触手となって二人の魔法少女に襲いかかった。
「なっ……! まさか、この空間全てが一つの!」
「ひいっ!? せ、せんぱぁい!」
白い触手は二人の魔法少女を雁字搦めにすると、その体を見分するように這いまわり、そのままずぶずぶと白い世界に呑みこんでいく。
「なるほど、理解できたのだわ。正義を名乗って倒すの壊すの、辟易するほど見た連中なのだね。お前達は私に寄り添わない、それならこのまま私の一部になっていればいい。私のことを理解できるのは……ルシエラ、お前だけなのだわ」
嬌声のような悲鳴が響き渡る中、アルマは再確認するように呟く。
そして、モノクロームの魔法少女の手を引いて、自らの体の一部でもある白い世界の中へと消えていくのだった。




