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16話 モノクロームロンド3

「カミナさん!」


 目の前で白い魔力を吹き上げて倒れているカミナを見て、ルシエラは輝きに目を細めながら悔しさを滲ませる。


 ──どうして! どうして、こんなギリギリまでその言葉を言いませんの! 至極当然、わかりきったことでしょうに!


 後少し、後少しだけ早く言ってくれれば、もっと簡単に助けられたはずなのだ。

 ルシエラは周囲の光を闇に飲み込ませながら漆黒剣を構える。それでもまだ、まだ今なら間に合う、自分ならば間に合わせることができる。


 ルシエラは荒れ狂う魔力に向けて大きく踏み込み、漆黒剣を一閃。カミナの体を塗りつぶすアルマの魔力を切り離そうと試みる。

 だが、漆黒剣は突如闇から現れた錫杖によって受け止められ、代わりにカミナの背中に漆黒の楔が突き刺さり、その身を至聖所へと縫い付けてしまう。


「な!?」

「愚かな娘。あれだけ忠告をしてあったのに、貴方はまだ私達の邪魔をすると言うのですね」


 ルシエラの漆黒剣を受け止める錫杖の周りに烏が集い、溶けて闇となり、仮面宰相の姿を形作った。


「クロエさん! どういうおつもりですの! いくら宰相とは言え、御三家相手にその仕打ちは越権行為でしょう!」


 後ろに跳ね飛んで間合いを取り、憤るルシエラが剣の切っ先をクロエに向ける。

 黒い楔はカミナが吸収していたアルマ、この空間に満ちる魔力、そしてカミナ本人の魔力までも吸いあげている。

 悠長なことをしていられない。一刻も早く止めなければカミナを助けられなくなってしまう。


「ユーリアと同意の上、初めからそう言う運用を想定しているのです。プリズムストーンの消失によって釣り合った天秤を傾けるため、神降ろしによって巫女に白きアルマの一部を降ろし、黒きアルマの一部とすることを」


 至極当然のことのように淡々と告げる告げるクロエ。


「やはり貴方も、いいえ、貴方こそがアルマなのですわね……!」

「その通りです。私こそがアルマにして魔法の国グランマギアそのもの」


 クロエが錫杖を構え、纏った威圧感が膨れ上がる。

 そうなのだろうとは薄々思っていた。カミナの言葉が真実ならば、クロエが自らの物である王座に座るルシエラを嫌うのも当然だ。

 そしてその事実は、ルシエラにとって避けがたいもう一つの因縁を持つという事実でもある。


「高慢な言い草ですわね」

「高慢なのは貴方ですよ、ルシエラ。異界の片隅で平穏に暮らしておけばよかったものを、わざわざ我が魔法の国のいざこざに首を突っ込んでくる。本当に愚かな娘です」

「わたくしだってそのつもりでしたわ! この世界に出向いて、害を与えておいて、その理屈が通ると思いまして!?」

「その視点は大地から空を見上げる人のもの。統治者たる女王は、統べる神は、空から俯瞰し最小限の被害で事態収めるべき。プリズムストーンから漆黒の世界樹まで、貴方が邪魔さえしなければ全て最善手だったのです」


 大神殿で出会った時と同じ高慢な言葉。

 ルシエラは納得する。カミナの言う通り、アルマは、クロエは、人々を信頼していない。

 クロエのことが気に入らない理由の一つがそれだ。それはダークプリンセスだった頃のルシエラと全く同じなのだから。


「よくわかりましたわ。ですが、貴方の言う最善手など所詮は独りよがり、わたくしはそれを否定します。そして皆の力をもって、貴方の目の前に最良の結果を突きつけてやりますわ」


 渦巻く感情を振り払うように漆黒剣を一振りし、ルシエラは一方的なクロエの言葉を払いのけて啖呵を切る。

 所詮、クロエの最善手は彼女が一人でできる最善手に過ぎない。だからルシエラは他者の犠牲を伴うそれを認めない。


 ──そうですの、迷うのは後ですわ。今はカミナさんを助けることに集中しなければ!


「……どこまで愚かな娘なのですか、貴方は。されど白いアルマはこの至聖所に集いつつある、教え諭してやる時間もありません。面倒ですが躾けるとしましょう」


 クロエは辟易したように小さく息を吐くと、仮面で表情を隠した顔を小さく横に振って言う。

 そして錫杖で地面を一突きすると、そこから無限の闇が吹きあがり、洪水のようにルシエラへと襲いかかった。


「その言葉、そっくりそのままお返ししますの! その高慢さを改めるがいいですわ!」


 ルシエラはそれに怯まず迎え撃つ。

 カミナに助けてと乞われた時点で既に賽は投げられている。

 こうなってしまえば相手が神だろう誰だろうが関係ない。徹底抗戦あるのみだ。

 仮面の下に隠されたもう一つの正体。それに迷わぬよう前を見据え、迫る闇を自らの闇で塗りつぶし返し、ルシエラは漆黒剣を振りかぶってクロエに迫る。


「愚かな」


 クロエが漆黒剣を錫杖で受け止め、衝撃で両者の武器が纏う莫大な魔力が炸裂する。

 吹き荒れる二人の魔力が空間の歪んだ裏神殿の空間を砕き、神話闘争を再現するように更に歪ませていく。

 その最中、鍔迫り合うルシエラの背中目掛け、無数の闇が刃となって迫り来る。

 ルシエラはそれを魔法障壁で受け止めるが、魔法障壁が砕かれ、その余波によって体勢を崩され膝をつく。


 ──迷わないと決めた矢先から! そんなに動揺していますのね、わたくし!


 本来、余裕で防げるはずの攻撃だった。だが、ルシエラの動揺は自身が思う以上であり、そのため知らずのうちに魔法障壁の精度が下がっていた。

 ルシエラは追撃を防ぐため、左手の漆黒剣をクロエに投げつけ時間を稼ぐ。

 投擲した漆黒剣はクロエの仮面に命中。それによって仮面が外れ、クロエの認識阻害が解けて正体が明らかとなる。


「……やはり、貴方はお母様でしたのね」


 その顔を間違えるはずもない。仮面の下の素顔は思い出の中の母そのものだった。

 そう、自分以外の歴代女王が全てアルマなのだとしたら、今のクロエであろう直近の女王は誰か、それはルシエラの母であるシスティナ以外にあり得ない。

 予想通りの正体、ルシエラは口を強く引き結んでクロエを鋭く睨みつける。


「いいえ、私は貴方の母親などではありません。確かにこの体が貴方を産んだのは事実。されど、システィナとはアルマと言う書物の一(ページ)、本体である私が休眠状態の時に産まれた仮初のものに過ぎないのです」


 だが、対するクロエは淡々とそう拒絶の言葉を紡いだ。


「っう……! その声でそれを言うっ!」


 母の顔、母の声での拒絶。

 思わずペンダントを持たぬ胸を服越しに握る。乗り越えたはずの母への想い、それが再び見ることの叶わぬはずだったその顔と共にルシエラの心を軋ませる。


 ──情けないですわ、わたくし! 白装束にマザコンの才能があると言われたのを鼻で笑えませんの!


「わかったのならばそこで大人しくしていなさい。神降ろしは諸刃、袂を分かったもう一人の私が顕現できるようになる前に、その力だけを抜き出し我が身に戻さねばならないのです。それが人を守ると誓った私の矜持なれば」


 クロエは自らの表情を隠すようにルシエラから背を向け、カミナに刺さった楔を引き抜こうとする。

 あの楔が引き抜かれ、力を抜くための触媒にされてしまえばカミナの体はもう持たない。それは人の身と言う器が耐えられるものではないはずだ。


 ──カミナさん、確かにイジワルですわ。動揺している暇も、迷っている暇もくれないんですもの。


 ルシエラはカミナに感謝し、小さく息を吐いて覚悟を決める。

 そして、右手に持ったままだった漆黒剣をクロエに向けて投げつけた。


「っ!」


 反撃されると思っていなかったらしいクロエが踵を返しながら飛び退き、それによって楔との距離が生じる。

 その隙を見逃さず、投げつけて転がっていたもう一本の漆黒剣を魔法で引き戻しながら、クロエに向けて一気に踏み込んだ。


 クロエは錫杖で斬撃を防ぐが、更に一歩後退。ルシエラがカミナを守るためにクロエと楔との間に割って入る。


「……よもや、ここまで愚かな娘だったとは思いませんでした」

「ふん、愚かも何も、あれこれ考えている暇がありませんわ。その癖、今しなければならないことだけは明白なんですの」


 錫杖ごとクロエを弾き飛ばし、ルシエラが凛然と言う。

 こんなにも心乱され、自分自身の感情が制御できない。それでもすべきことだけは明白なのだ。

 目の前に立つクロエを止め、カミナの体を開放する。そうしなければカミナを助けられない。だからルシエラはこの回答を選ぶ、そこだけは迷えない。

 きっと、それはクロエの正体を知るカミナの思惑通り。ルシエラが因縁を前に足を止めないこと、彼女は最後に自らの矜持よりもそれを優先したのだ。


「……本当に愚かな娘。これだけ語った後にもかかわらず、貴方が対峙している存在が何者であるかを理解できないのですね」


 静かにそう言い、クロエの気配が変わる。

 死臭にも似た威圧感をまとい、その身から闇がにじみ出る。常人では正気を失い恐慌状態に陥っても不思議ではないほどの圧だ。


「わかっておりますわ。それでも対峙しなければならないだけのことですの」


 迷いはあるが答えは出ている。ルシエラは怯むことなく悠然とそう言い返す。

 魔法の国グランマギアの女王、偉大なる建国の祖アルマ。強敵だろう、だが問題ない。ミアを変身させた後だが今のルシエラは完調。

 それよりもなによりも、ルシエラは助けを求める人間を前にしたミアが一番強いことを知っている。

 だから彼女のライバルを自称する以上、助けを求められている今のルシエラがもっとも強いに決まっているのだ。


「その表情、根拠のない自信を人は慢心と呼ぶのですよ。己の浅慮の報いを受けなさい」


 クロエからにじみ出た闇が刃となってルシエラへと襲い来る。その数、数千、数万、超えて無数。

 ルシエラは一瞥もくれることなく、瞬時にそれを分解し蒸発させる。


「なに……?」


 クロエが驚きの声をあげ終えるのを待たず、次元を削って踏み込み一閃。

 ルシエラが漆黒剣をひらめかせ、次元を超えて直通でクロエの胴へと滑らせる。


「……決まった。いえ、手応えがない!」


 空を斬った漆黒剣の手応えに、ルシエラは漆黒剣を振りぬきながらクロエへと視線を滑らせる。


「当然でしょう。己の身を無数に分けられる者が、たかが上半身と下半身が分かれた程度で動きを止めるとでも思いましたか?」


 上半身と下半身が分かたれる形となったクロエは、平然とした顔で上下半身の断面になっている闇から自らの分身を次々と生み出していく。

 生み出された無数のクロエは自らの体を闇の粘液のように(うごめ)かせ、異形へと変化させてルシエラへと襲い掛かる。


 ──まるでネガティブビーストですわね!


 女王の魔力由来であるプリズムストーンがどうしてネガティブビーストと言う異形を作り出してしまうのか、その理由をルシエラは今この瞬間理解した。

 ルシエラは眼前に次元の狭間を作り出し、その中へ漆黒剣を閃かせる。

 空間を跳躍した漆黒剣が裏の大神殿を縦横無尽に駆け抜け、迫り来るそれ等全てを斬り伏せ、分かたれたクロエ本体を更に分割する。


「無駄なことを」


 分かたれた体を闇の烏に変化させ、それが集い再びクロエの体を形作る。

 ルシエラの背、僅かに残った闇と共に浮かぶ錫杖が煌めき、炎、雷撃、氷剣、光弾、颶風、七色の魔法による飽和攻撃が繰り出される。

 対するルシエラはスカートを翻し、一陣の闇を吹かせてその全てを払い、魔法諸共にクロエを至聖所の壁面である次元の歪みへと弾き飛ばした。


「どうやら無駄ではなかったようですわね」

「ぐっ! 馬鹿な……このクロエが攻防で一度も及ばぬなど!」


 度重なる攻防その全てで敗北し、クロエの顔と声音に動揺が混じる。


「貴方がどの程度お母様の記憶を持つのかは知りませんけれど、わたくし魔法の国では有史以来の天才と呼ばれておりましたのよ」

「そんなことは知っていますとも! されど、そこにはこのクロエを除くという不文律があるのです!」

「別にそう思いたくば思って頂いて結構。クロエさんが勝てない理由はただ一つ、わたくしはカミナさんに助けを求められ負けられない。それだけの差ですわ」

「神を前に精神論を語るなど! そも、私の行動とて人を救うためのもの! 貴方と何の差があると言うのですか!」


 クロエの体が闇に溶け、空間を満たしていく、膨張した次元が軋む音ならざる音が周囲を満たし、ルシエラを次元ごと押し潰さんと崩れゆく。


「そのやり方が独りよがりだと言うのですわ!」


 だが、ルシエラはそれを瞬く間に修繕し、クロエである闇を押し固め、身動きできぬよう漆黒剣で世界へ縫い付ける。


「バカな……!」

「クロエさん、他人を甘く見過ぎですわ。まるでかつてのわたくしのよう、だからこんな独りよがりな手を選び、だから負けるのですわ」


 クロエが自らに刺さった漆黒剣を引き抜くよりも早く、ルシエラはもう一本の漆黒剣でカミナに刺さった楔を破壊する。


「愚かな……! ここまで考えなしとは思いませんでした。楔と依り代がなければもう一人の"私"が解き放たれるのですよ!」

「ならば再び散らすだけのことですわ」

「ここまで集ってしまったものを再び散らせるものですか!」


 クロエの言葉を裏付けるように、カミナから噴出した極彩色の光が朧けに人の形を作り始める。

 人の中から飛び出したマジカルビーストが獣の形に戻るのと同じ光だ。


「言ったはずですの。貴方の目の前に最良の結果を突きつけると。貴方が信頼できなかった人の力を見せて差し上げますわ」


 ルシエラは漆黒剣をひらめかせ、朧げに集っていた白アルマを霧散させる。


「ですから、それでは暖簾に腕押しだと言うのです!」

「ええ、では総仕上げはこれから外で行いますわ!」


 ルシエラが裏神殿の床を踏み抜くと、天井を貫くほどに魔脈が吹き上がった。

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ルシエラさん半神半人の英雄枠だった……!?(父がいるのか単為生殖かは知らぬ) ダークプリンセスに打ち勝ったミアたちの勇気と希望を年単位かけてとはいえへし折るのに成功したあの害獣は意外と偉大だったかもし…
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