16話 モノクロームロンド2
夕暮れの空、二人の魔法少女が交差する。
魔力で作られた黄金の翼で空を駆けるミアと、蝙蝠のような異形の翼で飛翔するセラ。
二人は幾度となく空中で激突し、ぶつかり合う魔力が花火のように逢魔が時の空を眩く照らす。
ミアに打ち負けたセラが飛空艇に激突し、それを追って飛空艇に着地したミアも肉弾戦へと切り替える。
『UGAAAAAA!!』
慟哭のような叫びをあげてセラがミアへと殴りかかる。
ミアはそれを微動だにせず片手で受け止め、セラが拳から圧縮された魔力を炸裂させる。
巻き起こる爆風の中、セラの腕を蠢き走りマジカルビーストが牙を剥いて襲い掛かった。
「ん」
ミアはその牙を躱して獣の顔を鷲掴みにすると、セラの体からマジカルビーストを引き抜く。
「これで、五体目……」
セラの蹴撃を受け流しつつ、引き抜いたマジカルビーストが体に戻らぬよう止めを刺す。
その隙をついて角を突きあげてくるマジカルビーストを粉砕して六体目。
「まだ入ってるんだ」
ミアはセラの体にできる限りダメージを負わせぬよう、マジカルビーストを炙り出して止めを刺すスタイルに徹している。だが想定していたよりも数が多い。
地上の状況がある程度落ち着いていることから推察するに、セラは暴れていたマジカルビーストを粗方自らの体に押し込めたのだろう。
「そう……セラさんも、ようやく戻れたんだね」
魔法少女としての矜持を取り戻した同類に、ミアは安堵と称賛を込めてそう呟く。
と、不意にそこでセラが振り上げていた拳が止まる。
「ん」
『連れていけ』
不意に獣ではなく自らの声でセラが言い、振り上げていた拳をわざわざアッパーへと変えて再びミアへと襲い来る。
セラは何を言いたいのだろうか。ミアはアッパーを躱しつつ視線を上空に向ける。
裏神殿へと至る道の途中、マジカルビーストによって舗装された道が途切れ、立ち往生しているルシエラの姿があった。
「ん、わかった。使わせてもらう、ね」
ミアは振り下ろされる腕を躱して一歩踏み込み、セラの腹部から現れた獣の爪を折りたたんで潰すと、そのまま当身でセラを空中へと打ち上げる。
空中に吹き飛んだセラを更に蹴り飛ばし、裏神殿への扉へと叩きつける。
ロウソクのようにドロドロと溶けた異形の体が扉と道にこびりつき、裏神殿へと至るか細い道がひらけた。
「な、なんですの!?」
「ルシエラさん、今のうち。セラさんの手助けだから」
突然飛んできたセラに目を丸くするルシエラに急げと促し、ミアは溶けた体を完全に異形のものへと再構築しているセラと対峙する。
「わかりましたわ」
「うん。こっちはまだ少しだけ時間、かかるから」
扉を開けて裏神殿へと踏み入っていくルシエラを見送ると同時、セラが核となった異形の合成獣がミアへと襲い掛かる。
「セラさんの頑張り、助かったよ。だから、今度こそ私が助ける番だね」
全体が異形と化したことで逆に助けやすくなった。
杖を構えたミアが流星の如く宙を滑り、異形の体を貫いた。
***
扉の先、踏み入った裏神殿内部は荒れ果てた大神殿そのものだった。
本来は大神殿と同じ装飾が施されていただろう回廊には戦いの爪痕が色濃く残り、崩れ落ちた外壁の先では暗黒の中で幾本もの光の帯が輝いていた。
──あれは魔脈ですわね。
かつての裏神殿は大神殿同様に魔脈の集結点に建っていて、そのまま魔脈の集う大地に埋もれた後、次元の狭間に飲み込まれて今の形になったのだろう。
だとすれば、白いアルマが魔脈に封じられていると言う話も納得できる。
ルシエラは足元に広がる空間の亀裂を飛び越え、色褪せた装飾の施された一際大きな扉を開く。
走る魔脈がステンドグラスのように照らす広間の中心、カミナがルシエラを待っていた。
「ようこそルシエラ、裏神殿の至聖所へ。まさかここまで追ってくるなんて驚いたわ」
日傘を差して微笑むカミナ。細めた彼女の瞳は煌々と黄金に輝いている。
その妖しい黄金の輝きは、極彩色の獣であるマジカルビーストと同質の輝きであるように感じられた。
「セラさんに道を切り開いて貰いましたの」
「そう、それがセラの矜持であり答えなのね。……だとすれば今ここに立つ貴方は正義の味方。ふふっ、いい加減素直になれ、セラはそう言いたいのかしら」
カミナは日傘で表情を隠すと自嘲するような声を漏らす。
「カミナさん、アネットさんから神降ろしについて聞きましたわ」
「……それを聞いて貴方はどう思ったのかしら」
「愚かしいですわ。二人のアルマが拮抗していると言うのなら、誰かの力を借りればいいだけのことでしょう。それが人を、自分を守るためだと言うのなら、力を貸すに決まっていますわ」
ルシエラの回答に、カミナは日傘から顔を見せて静かに目を閉じる。
「ルシエラ、貴方は一つ勘違いをしているわ。確かに黒のアルマ様は人を守る。けれど決して人を信頼などしていない、人の愚かさに辟易すらしているの」
「なら……何故それでも人を守りますの?」
「そうね、真実は神のみぞ知る所ではあるけれど、それはきっと……プライドなのではないかしら。人に呆れ、絶望し、見限っても、自らの歩んできた道筋自体を否定したくはない。今の自分は過去の自分を積み上げた上に存在しているのだもの、よくわかるわ」
「そんなものはプライドではなく、ただ過ちを認めたくないだけではありませんの。プライドはより良き自分を目指すため、自らを律し、折れず前に進むためのものですわ!」
その言葉を聞いたカミナが微笑む。
その中に明確な憎しみと敵意を宿して。
「そうね、貴方はそう答えると思ったわ。この前の夜に話したことを覚えているかしら、グリュンベルデは貴方から王座を奪い、私は代わりに奪われたと」
「ええ。あれから考えましたけれど、わたくしの奪ったものがなんであるか、心当たりがありませんでしたわ」
「そうでしょうね、これはきっと一方的な逆恨み。神降ろしは文字通り神を降ろして完成される。なら、それは誰に? どうやって?」
カミナは日傘で一度自らの顔を隠すと、
「その答えは巫女たる乙女の身を依り代にして。されど人の身に神を降ろすのは簡単なことではないわ。由緒正しい巫女の血筋を素材にし、ありとあらゆる手段を使って依り代の性能をあげ、穢れのない若い体にゆっくりと眷獣を溶け込ませていく……」
静かな声音で淡々と語っていくカミナ。されど言葉の内に宿る敵意は怒り、そして殺意へと徐々に激しさを増していた。
「カミナさん……。貴方まさか!」
「その通り。貴方が居なくなってすぐ、この体は神降ろしのために調整され、既に百八体ものマジカルビーストが巣くっている。私の中で絶えず蠢く獣共に吐き気がするわ」
カミナが日傘を投げ捨て、虚空から大剣を引き抜き、本来と違う黄金の眼でルシエラを見据える。
同時、裏神殿の裂け目に走る魔脈の光がカミナの体に集まり、吸収されていく。
「馬鹿げていますの!」
ルシエラと違って立ち往生せず裏神殿へ入っていく姿を見て、薄々そうではないかと勘繰っていた。だが、本気でそうだとは信じたくなかった。
御三家としていかに優れた魔法の素質を持ち、巫女の血脈とやらであろうと無事で済むはずがない。完全に自爆覚悟だ。
ならば一刻も早く止めなければならない。ルシエラは二本の漆黒剣を引き抜いて、二刀流でカミナを迎え撃つ。
「愚かしいでしょう? それでもこれが神降し、グリュンベルデの贖罪。仕えるべき主の娘を奪った当主は自らの娘を生贄に捧げてその罪を贖う。愚かしき等価交換よ」
カミナが人ならざる動きで跳躍し、ルシエラに向けて大剣を振りかぶる。
「っ!」
ルシエラは振り下ろされた大剣を左手の漆黒剣で受け止め、更に自らの脇腹を抉り取ろうとする獣の腕を右手の漆黒剣で受け止める。
「だから……それが逆恨みだとしても、貴方を嫌うのは無理のない話でしょう? 在り方を歪めたのはグリュンベルデの方だと言え、貴方が出ていったからこそ私は花火のように散る宿命を得てしまったのだから」
「なんて過激で愚かな思い込みですの! 生贄を捧げるぐらいならば、わたくしを探すなりすればよかったでしょうに!」
彼女の境遇に自らの責任があるのなら逃げる訳にはいかない。
繰り返される鍔迫り合いの中、ルシエラは彼女の怒りを受け止めるように、目を逸らさずカミナの顔を見据え続ける。
人ならざる膂力でねじ込まれる大剣を弾き飛ばし、返しの刃でカミナを斬りつける。
だが、蠢く影がカミナを後へと引きずり黒い剣閃を回避した。
「それでもグリュンベルデは貴方を認められなかった。何故ならば貴方は建国の黒き神アルマではないのだから」
カミナの影が蠢き、無数の爪となって襲い掛かる。
「そんなこと、当然でしょう! 歴代女王とて同じですわ!」
ルシエラは魔法障壁でそれを受け止めると、そのまま魔法障壁を暗黒の刃へと作り替えて影の爪を引き裂く。
「いいえ、当然ではないから貴方は追われたのよ。魔法の国グランマギアの王座とは、常に在り続けるアルマのためだけに用意されたものなのだから」
カミナの前で黒い影が散り、代わりに白い魔力が吹雪のように渦を巻く。
白い吹雪はカミナの薄緑の髪をみるみるうちに白く染め、カミナは自らの腕を獣のものに変えて大剣を振るう。
ルシエラは自らの影を舞わせてそれを吹きとばし、
「っ!?」
想定外の威力に追撃をかけようとしていた足を止める。
「例えアルマの血族であろうと、本人以外がそこに座ることは許されない。そう、つまり……貴方以外の歴代女王全てはアルマよ」
蠢くカミナの影が弾き飛んだ大剣を掴んで再度ルシエラへと振るう。
ルシエラは自らの影を剣代わりにしてその斬撃を受けとめる。剣撃に込められた魔力は先程とは比べ物にならない程増大していた。
──この魔力の質はわたくしに近い……! プリズムストーン、いいえ! 取り込んだアルマの力を取使っていますのね!?
「さあ、ルシエラ教えてちょうだい。貴方が女王であることが正当ではなかったとしたら、それでも貴方は変わらずこの場に立ち続けられるのかしら」
大剣を手にしたカミナの影が嵐のように斬撃を吹き荒らす。
「当然ですわ。わたくしが女王であろうとなかろうと、この場ですべきことは変わりません」
二本の漆黒剣でカミナの大剣を切り裂き、ルシエラは断言する。
ルシエラにプライドがあるとするのなら、それは宿命のライバルに恥じない自分であり続けることであり、あの星の煌めきに並び立ち続ける覚悟だ。それは決して変わらない。
そして、ミアは目の前で助けを求めている人間を見捨てない、絶対に助け出す。ならばルシエラも負けていられない。
「ですから……いい加減、折れて助けられてくださいましっ!」
ルシエラは襲い掛かる影を搔い潜って一気に間合いを詰め、カミナに向けて漆黒剣をひらめかせる。
だがその寸前、カミナが日傘でルシエラの視界を塞ぎ、折れた大剣と新たな大剣の二段構えで漆黒剣を受け止めた。
「っ!」
手応えで漆黒剣を受け止められたことを悟り、追撃を恐れたルシエラが咄嗟に飛び退く。
「そう、ここまで焚きつけ、煽っても、貴方には私が助けるべき対象に見えているのね。……だから私は貴方が嫌い」
宙を舞って視界を塞ぐ日傘が地に落ち、カミナの姿が視界に映る。
髪先まで白く染まった彼女の体からは白い魔力が漏れ出し、その口の端には白を彩る鮮血の赤。
「こふっ」
「カミナさん!」
吐血し、バランスを崩すカミナに手を差し伸べるルシエラ。
だが、カミナはその手を払い除けた。
「グリュンベルデと言う箱庭の中で外に踏み出すのを諦め、あまつさえその箱庭をプライドにしてしまった私には、貴方は眩し過ぎる。……本当に、本当に大嫌いよ」
口を抑える手を赤く染めながら、苦痛に満ちた表情のカミナがルシエラを睨みつける。
「そんなものはプライドではなく意固地なだけですの! 貴方、今自分がどんな状態かわかっているでしょう!?」
「勿論、知っているわ。でも、私はカミナ・グリュンベルデとして歩んできた自分自身を否定できない。したくないの」
カミナはルシエラを拒絶するように、鮮血に染まった手で折れた大剣を構える。
「だから、私は貴方を憎みたい。貴方には私を憎んでいて欲しかった。私の未来と貴方の王座、互いの大切なものを奪い合ったのだとすれば、私は自分の抱えたプライドを肯定できたのに」
「それでも……それはできない相談ですわ」
「なのに貴方はそう答えてくれる。だから私は貴方が大嫌い。なのに私は貴方の眩しさに焦がれている。本当は私も箱庭の外に出たかった、そんな本音を思い出してしまう。だから私はそんな自分も大嫌い」
カミナの体にアルマ由来であろう魔力が加速度的に流れ込み、その全身が魔力とマジカルビーストの燐光で眩く輝き始める。
その無秩序に膨れ上がった魔力は、まるでカウントダウンを始めた時限爆弾のようだった。
「なにを始めから諦めていますの! わたくしが助けますわ!」
漆黒剣を構え、カミナを助けるべく踏み込むルシエラ。
「本当に正義の味方のような言い草をするのね……。セラ、貴方と私の意地の張り合い、どうやら貴方の勝ちみたいよ」
それを見たカミナは微笑み、そう呟きながら折れた大剣で漆黒剣を受けとめる。
「本音を晒して泣き叫べ。セラにそう言われた時、私は助けに来る正義の味方なんて居ない、そう虚勢を張って拒絶した」
「そんな虚勢捨ててしまえばいいのですのわ!」
だが、ルシエラはそれで止まらず、更に踏み込んでカミナを助けようと漆黒剣を振るう。
「ふふっ、その時密かに決めていたの。……私が渦巻く胸の内を吐き出して、貴方がそれでも私を助けようとし続けるのなら、とびきりのイジワルをしてあげようって。ねえ、ルシエラ。貴方はどうしても私を助けたい?」
「当然ですわ!」
「貴方はいつもそう、迷いなく真っすぐな目をして私の心を弄ぶ。だから私は私自身のプライドを捨ててでも、これから宿命と向き合う貴方が心折れることを許さない。ここまで私を弄んだのだもの、貫いて貰うわ。その矜持を」
ルシエラが漆黒剣で折れた大剣を弾き飛ばし、カミナが血で赤くなった唇の端を僅かに吊り上げる。
「こんな運命本当は嫌よ。助けて……」
そして、カミナは泣きそうな顔で隠した心の内を吐き出す。
瞬間、カミナの全身から眩いばかりの魔力が吹き出し、至聖所を光で染めあげた。




