14話 マザコン洗脳アイドルバトル10
「ん、おかえり」
「ルシエラ、おそよー。なんか上手く行かずにトラブルの予感だねぇ」
不機嫌そうな顔で研究室に帰って来たルシエラを見て、シャルロッテはトラブルがあったことを察する。
「ええ、少々面倒なことになりましたわ」
ルシエラは胸に顔を埋めるように抱きついてくるミアを引き剥がすと、椅子に腰かけて事のあらましを説明していく。
「うわーお、クロエ様まで来たんだ。魔法の国、やりたい放題だねっ☆」
「本当ですの! 御三家も宰相もあれでは魔法の国の品位が疑われますわ!」
シャルロッテがお手上げのバンザイをして大袈裟に驚き、ルシエラが胸のペンダントを握りしめながら憤る。
全くもって嘆かわしい。魔法の国の代表たる面々が揃ってあれでは善良な市民まで品位を疑われてしまう。
「ん。でも、ルシエラさんが手出しできなくて解決できるの?」
「問題ありませんわ、強行突破ができないだけですの。魔法陣の制御権を奪い取って、正当な手順で正常化させてしまえばいいだけの話ですわ。幸い、わたくしのキャパシティならば吸い上げた魔力もかなり保持できますし、ミアさんへの魔力調律で一気に消費できますから」
「ん、そこは任せて。しっかり歯磨き、しておくから」
ルシエラの説明を聞き、顔を僅かに紅潮させたミアが力強く頷く。
「でも魔法陣を奪い取ることなんてできるわけ?」
「ええ、昨晩アルマ信奉者達が言っていた通りですわ。あの魔法陣は核を無くして破壊耐性を得た代わりに、組み込まれた人々の思考の向き先……つまり支持で制御権の持ち主を決めていますの」
「要するに……?」
「奉納舞で対決し、セラさんより人気になれば魔法陣を奪えますわ」
期せずしてクラスメイト達に噂された通りの展開になってしまったが仕方ない。
出来る限り穏便に解決する為ならば、この程度の恥ずかしさは受け入れるしかないだろう。
「じゃがお主、向こうも奪われぬ自信があるからそんな仕様で魔法陣を作ったんじゃろ?」
「洗脳、されてるしね」
ミアの言葉にナスターシャが頷く。
「洗脳された信奉者の方々は数も少ないですし一旦無視しますわ。代わりに大多数である観客の皆さんには、洗脳されないよう防御障壁を展開し続けます。そうすれば後は純粋な力量勝負ですわ」
「力量勝負って勝算あるわけ? 魔法対決じゃなくて歌と踊りよ。話を聞く限り奉納舞とは全くの別物でキャッチーな奴みたいだし、アンタ歌と踊りなんてできるの?」
「…………」
不安そうな顔で首を傾げるフローレンスに、そこまで堂々と計画を語っていたルシエラの言葉が止まった。
「待って、ルシエラ。そこで急に黙らないで、凄く不安になるから!」
「えと、ルシエラさん……?」
「……歌はヘイヘイホーな田舎の伐採ソングと魔法の国の国家を、踊りは舞踏会用のものを嗜む程度に、ですの」
僅かな沈黙の後、冷や汗を一筋流したルシエラは平静を装いつつそう返答した。
「ルシエラ! バカっ! 肝心要の所がノープランじゃない! 堂々と語ってた計画なんだったのよぅ!?」
「えと、多分普通の人よりレパートリー少ない、よね」
「うんうん、ルシエラの人生みたいな振れ幅だねぇ」
「お主、何故その体たらくで受けて立った」
「み、皆で寄ってたかって責め立てないでくださいまし! 人にはそれでも立ち向かわないといけない戦いがありますの! これから覚えればいいだけのことですの!」
全員に言いたい放題言われたルシエラは体を仰け反らせ、ぐらぐらと椅子を揺らして言い返す。
クロエにあんなことを言われてしまったのなら、ルシエラだって全力で否定せざるを得ないのだ。愚行と言われればそれまでだが、譲れない一線であることを理解して欲しい。
「覚えるってどの曲を覚えるのよ!? 私、普通の奉納舞は教えてあげられるけど、それで勝負しても絶対負けるわよ」
「や、やっぱりですの……?」
「それはそう」
フローレンス達の言葉に、ルシエラの表情にも不安が混ざり始める。
自分でも少し無謀かもしれないとは思っていたのだが、改めてそう断言されてしまうと弱気になってしまう。
「んー、ルシエラも困ったちゃんだねぇ。アンジェー、出番だよー」
「ふっふっふっ、待ちくたびれましたねぇ」
見るに見かねたシャルロッテの呼びかけに応え、アンゼリカが天井裏からぬるりと姿を現す。
その姿は法被を羽織り、額には蒼の推し人と書かれた鉢巻き、加えて片手に四本、両手に合計八本のサイリウムを持ってのご登場だ。
「またえらく珍妙な格好で登場したのう、こ奴」
「ご安心ください、ルシエラさん。アズブラウエンターテイメントの敏腕プロデューサーでもある私が、ルシエラさんをプロデュースしてあげましょう!」
呆れ顔のナスターシャなどどこ吹く風、アンゼリカは嬉しさを隠し切れない表情でぬふふと胸を叩いた。
「だ、大丈夫ですの……?」
「大丈夫です! あの曲とダンス、ルシエラさんが衣装着て踊ったら最高だろうなぁとか、この子のセンターあっという間に陥落しちゃうだろうなぁとか、普段からイメージトレーニングしてましたから」
「アンゼリカ、それイメージトレーニングじゃなくて多分妄そ……」
言いかけたフローレンスにサイリウムが襲い掛かり、フローレンスが大慌てで床に土下座ダイブして回避する。
「そういう訳です。まずは見て覚える所からです! ビギナーのルシエラさんでも大丈夫です。拘りポイントとかもしっかり解説しますから!」
床にダイブしたフローレンスを無視して、アンゼリカは紙袋から記録装置とモニターを取り出す、
「ねえねえ、アンジェ。ねえ、アンジェ」
そこでちょいちょいと手を振ってシャルロッテが呼び止めた。
「はいはい、シャルさん、なんですか」
「もしかしてここで鑑賞会とダンス大会始まっちゃう感じ?」
「そうですよ。しっちゃかめっちゃかのズンチャカです」
「私、小テストの採点しないといけないんだよね。社会人はお仕事しないとお給料もらえないから」
シャルロッテが回答用紙の束をぽんぽんと叩き、
「そうですか、その分のスペースはあると思うので適当に隅っこで採点していてください」
アンゼリカが手にしたサイリウムで回答用紙の束を机の端へと動かした。
「わーお、酷い話だねぇ」
大袈裟に両手を挙げて困ったアピールをするシャルロッテの主張も虚しく、ライブ鑑賞会、そしてそのままルシエラの練習が開始されてしまうのだった。
「はぁ、これで満足ですの」
それから一時間後、アンゼリカの講釈をみっちりと受け、アイドル衣装に着替えて歌い踊ったルシエラが疲れた顔で言う。
着ている衣装はダークプリンセスの変身を応用して着替えたもの。これならば本番の時も認識阻害の魔法が働いてルシエラだとはわからない。恥ずかしさ対策も完璧だ。
「アンタ本当に才能の暴力ね、どうして一度映像見ただけでここまで完全再現できるのかしら。でもこれだけ……」
「はい、落第です」
フローレンスの言葉を遮り、アンゼリカが一刀両断する。
「な、何故ですの!? わたくしの手応えだと完璧でしたの!」
思わぬ酷評にルシエラが狼狽する。
手応えはあった。歌も踊りも見せられたものと寸分違わなかったはずだ。それでどうして酷評されるのか、まるでわからない。
「はい、歌と踊りは完璧でしたよ。で、それがどうしたんです?」
「どうしたも何もそういう演目でしょうに」
「違います! 総合エンターテイメントなんです! ルシエラさんは、わかってません! アイドルなんですよ! 偶像なんですよ! 信仰の対象なんです! ラブを集めるミツバチなんです!」
くわと目を見開きアンゼリカが熱弁を振るう。
「その立ち振る舞い、表情、視線、目に映る姿全てが、いいえ! 情報全てがコンテンツなんです! 当然、歌っていない時もです! それがなんですか! ルシエラさんはただ歌って踊るだけ! そんなの田舎ののど自慢大会でもできますよ!」
「い、田舎ののど自慢大会はアンゼリカさんが想像しているよりもフリーダムですわ」
羊やヤギと一緒に輪になって歌い踊る村人を思い出しながら、ルシエラが言い返す。
「言い訳は要りません! 私はルシエラさんのアイドル姿に期待してたんですよ! 目に焼き付けようと必死だったんですよ!? それなのに! 見どころが乳揺れとちらりと覗く太ももしかないじゃないですか!」
「それ、相当エンジョイしてたように聞こえるんだけど。ねえ、ミア」
「わかる……」
力説するアンゼリカの後ろ、ミアが打ち震えながら同意した。
「ああ……。アンタ達、二人揃って本当に厄介なファンガールなのね」
「ルシエラさんは必死さが足りないです。もっと真剣にアイドルしてください! ランキングを総なめするトップアイドルを目指すって約束はどうしたんですか!?」
「そんな約束した覚えがありませんの、記憶の改竄はやめてくださいまし……」
五年もの間行方をくらました女王が突如アイドルデビューはあまりに恥ずかしい。ルシエラはその姿を想像して赤面した。
「いいですか、ルシエラさんは何でもすぐできてしまう。だからこそ真剣に取り組む人間の輝きって奴が必要なんです。それでこそ推せるってもんですよ!」
「そ、それはそうでしょうけれど。わたくしの目的はあくまでトラブル解決であって、トップアイドルではないですの」
「ほー、そうですか。わかりました、じゃあ必死になるようにしましょう。上手く行かなかったら枕営業して貰います。私に!」
「違うよ。私達に、だよ」
ぐふふと邪な笑みを浮かべ、ルシエラににじり寄る二人。
「ひっ!?」
欲望丸出しのいやらしい視線を向けられ、ルシエラが慄き後退する。
「レートはワンミス、ワン枕です」
「ぼ、暴利ですの! わたくしの尊厳がディスカウント価格ですの!」
逃げ場を失ったルシエラが壁に張りついて首を横に振り、厄介なファンガール二人が情け容赦なくそれを追い詰める。
「アンジェー、防音室は廊下に出て三番目の所だから。それ以上は流石にそっちでやってくださーい」
小テストの採点をしながら、シャルロッテが万年筆で扉を指差す。
呆れ顔のフローレンスの前を連行されたルシエラが通り過ぎ、そのまま廊下へと引きずられていく。
連れ去られたルシエラの悲鳴は防音室によって遮られ、誰かに届くことはなかった。




