14話 マザコン洗脳アイドルバトル2
「…………なんだか好奇の目に晒されている気がしますの」
シルミィの居る祭典運営本部に行くため、三人は祭典準備で賑わう街を再び歩いていた。
三人が通りを歩くと、街で準備をしている少女達の視線が次々と向けられていく。その居心地の悪さにルシエラの表情が渋くなる。
しかも、注目を集めている原因はルシエラらしいのだが、当の本人にはその理由が全くわからない。
「ルシエラ。私クラスメイトから聞いたんだけど、アンタ奉納舞に参加するって噂になってるらしいわよ。剣舞で」
「なんですと!? ど、どうしてそんな根も葉もない噂が立っておりますの!? しかも剣舞だなんて!」
「あ、もしかしてマジカルビースト」
ミアの呟きでルシエラも納得する。
昨日、ルシエラはマジカルビーストが街に行くのを防ぐため、奉納舞のステージ上で戦いを繰り広げた。
見ていた観客達はそれを剣舞のリハーサルだと勘違いしたのだろう。
「確かにアンタの剣捌きって華麗だもんね。考えようによっては上手く誤魔化せてよかったじゃないの」
「うう、魔物騒ぎにならず運がよかったと思うべきか、とんでもないことになったと思うべきかですの……」
周囲に視線を移せば、好奇の目を向ける人の数はさらに増え、ルシエラに視線を向けながらひそひそ話をしている者まで現れだしていた。
聞こえる声は「あの子がそうなんだって」「本番見に行こう」など単純な興味もあれば、「どうしてあの子が」「可愛いからって目立っちゃって」などと言う嫉妬混じりのものもある。どちらにせよ、居辛いことこの上ない。
──うー、本当に居辛いですわ。畑に穴を掘って隠れたい気分ですの。
「ちょっと、ルシエラさん」
不意に掛けられた声に、肩をすぼめて歩いていたルシエラがピンと背筋を伸ばして振り返る。
声の主はクラスメイトの少女。街灯に魔石飾りを着けておけと手渡して行ったあの少女だ。
「話、聞いたんだけど。フローレンスさんから奉納舞する役目奪って、セラにゃんと奉納舞バトルするんですって?」
「い、いえいえ、そんな奪ったなんてとんでもないですの。その事については多大な勘違いで……」
鋭い目で睨みつけてくる少女に、ルシエラは胸の前で小さく両手をあげて力一杯首を横に振る。
しかも、奉納舞バトルなんてとんでもない尾ひれまでついている。ここできっぱり否定しないと明日にはどんな噂になっているか戦々恐々だ。
「そ、そうそう! 奪われたなんてとんでもない、私は喜んで進呈するから気にしないであげてちょうだい!」
「ま、待ってくださいまし、フローレンスさん! それ擁護のようで追い討ちになってますの!」
ダメ押しのようなフローレンスの援護にルシエラが慌てふためく。
そのやり取りでルシエラを睨む少女の視線がより一層鋭くなった。
「奉納舞に出るの本当なんだ。街灯に適当な飾り付けしてクラスメイトの評価を下げて、自分だけそうやってポイント稼ぐつもり?」
ルシエラが飾り付けた街灯を鬼の形相で指差す少女。
「め、滅相もないですの。急な用事でできなかっただけですの。魔石飾りは今つけますの!」
ルシエラは追い詰められたように小さく両手をあげたまま、じりじりと後退して街灯へと向かう。
センスのない飾り付けをするのは不服ではあるが、流石にこれはそんな主張ができる場面ではない。
街灯の下に置いたままだった魔石飾りを拾い上げようとしたその時、
「ルシエラさん、こっちの街灯も飾り付けがおかしいんだけど!」
隣の街灯の前に立つ少女が街灯から垂れ下がってるリボンを指差す。
「は、はいですの! 次に直しますのっ!」
「その次はこっち! この街灯、魔石飾りの代わりにミカンが飾り付けられてるんだけど!」
更に追い討ちのようにその隣の街灯で少女が言い、
「は、はい! はい……?」
「その次はこっち! この街灯、洗濯ものが干してある!」
「この街灯にはカピバラのファミリーが住んでるんだけどっ!」
ルシエラが小首を傾げるよりも早く、少女達のダメだしが次々とエスカレートしていく。
「か、かぴっ……? さ、流石におかしいですの! 陰謀ですのっ!」
足をバタつかせてぶら下がっていたカピバラを地面に降ろしながら、いくらなんでも不自然過ぎるとルシエラが憤る。
「せめてミカンの所で気づきなさいよ。アンタ飾り付けに一家言あるんでしょ」
「カピバラ、この世界にも居たんだね」
「とにかく、ルシエラさん! さっさと街灯の飾り付けを直して!」
「罪をなすりつけるのは止めてくださいまし! わたくしとてプライドと言うものがありますの! こんなメリハリのない飾り付けなんて絶対しませんの!」
これが陰謀だと分かってしまえば素直に従う義理はない。
街灯から垂れ下がったリボンを引っ張りながら、ルシエラは毅然と言い返す。
その時だった。引っ張られたリボンが解け、それに吊られていた飾りの一つが跳ね転がる。
跳ね転がった飾りは近くの商店のひさしの上を転がり、下に置かれていた板の上に落下する。
てこの原理で板に乗っていた鉄パイプが跳ね飛んで、最初とは違う街灯へと直撃した。
「な、なんですの?」
ようやく異変に気がついたルシエラが目をぱちぱちとさせる前、切り込みの入っていた街灯が見事に根元から折れる。
折れた街灯に引っ張られた飾りが更に他の飾りを引っ張り、組み立て中の屋台や付近の街灯を巻き込んで轟音と共に辺り一帯を崩壊させていく。
「あ、酷いことになってるね」
「待ってくださいまし! そんな簡単な台詞で済ませないで欲しいですの! これは絶対におかしいですの!? まるで知育パズルですなんですの! 企みですわ、陰謀ですわ! 悪意のバタフライエフェクトですわっ!」
ただリボンを引っ張っただけで巻き起こった大惨事。一瞬で辺り一面瓦礫の山だ。
必死に不自然さを主張主張して無実を訴えるルシエラの目の前、
「ルシエラさん、とんでもないことをしてくれたわね! 貴方はお祭りを台無しにしたのよ!」
「そうよ! そうよ!」
これも台本通りだと自白するように少女達が一斉に非難を始める。
「皆さん、わたくしに対する嫌がらせでも限度と言うものがありますわ!」
「私達は何もしていないわ。これは全部ルシエラさんがリボンを引っ張ったせいでしょ!」
言って、少女の一人がルシエラに高額の請求書を突きつける。
「語るに落ちるとはこのことですわ! どうして既に請求書がありますの! 夜なべして原状復帰してくださいまし!」
既に額面の入っている請求書を見て、ルシエラは怒りを露わにする。
見積金額までぴったり、適正価格だ。
「それはルシエラさんの仕事! 壊した分は全部支払ってもらうわ! できないと言うのなら……体で払って貰うしかないわね!」
「「「か・ら・だ! か・ら・だ!」」」
邪悪な笑みを浮かべる少女と、周囲から巻き起こるカラダコール。
昨日のリハーサルを彷彿とさせる熱狂が瓦礫の山を包む。
「お待ちなさい! おーっと、そうはいきませんよ。ええ、いきませんとも」
と、そこに聞き慣れた少女の声が響き渡る。
「だれ、だれよっ!?」
思わぬ伏兵に請求書を手にした少女が辺りを見回す。
「ふっふっふっ、名乗るほどでもありません。通りすがりの嫁系猫魔法使いのアンジェちゃんです」
一団から少し離れた街灯の上、腕を組んで颯爽と立つアンゼリカの姿があった。
「アンゼリカさん、名乗ってますわ……。よくわからないジョブを作るのもやめてくださいまし」
その予想通りの正体にルシエラが疲れた顔でうな垂れる。
混沌とした状況が更にかき回されてしまった。
「アンゼリカ、アンタちょっとはルシエラのこと考えてあげなさいよ。一応嫁気取りしてるんでしょ」
「はー? 嫁気取りじゃなくって妻ですけど、正妻ですっ! トゥルーワイフ!」
アンゼリカは街灯からひらりと飛び降り、フローレンスの眼前に猫飾りがついた杖を向けて言う。
「え……。ルシエラさん、貴方ミアさんだけでなくこの子も囲ってるの? ハーレムでも作るつもり?」
アンゼリカの言葉にさしもの少女達も動揺し、狂気のカラダコールが止んで何とも言えない空気が漂いはじめた。
──わたくし、泣きたくなってきましたの。
「ん、メインは私だしハーレムじゃないよね」
「とりあえずパワー系のピンクも黙っていてください! そこを論ずると長くなるので! とにかく、その請求書は無効です。何故なら、私が一瞬で直すからです」
言うと同時、アンゼリカが杖を一回し。
たちまち壊れた周囲が巻き戻されるように復元されていく。
「な、なにこれ。魔法?」
「その通りです、学生さん。これが魔法です、お勉強頑張ってくださいね」
おとぎ話から持ち出してきたような魔法に驚き困惑する少女達。
アンゼリカは自慢げに胸を張り、驚きで緩んだ少女の手から請求書を奪い取った。
「アンゼリカさん、やりかたはともかく助かり……」
アンゼリカの助け舟に感謝するルシエラ
の目の前で、アンゼリカは請求書の請求者を自らの名前に書き直し、
「はい、ルシエラさん。これが正しい請求書です。払えないのなら体で払ってください、か・ら・だ・で!」
先程の少女のようにルシエラの眼前へと突きつけた。
「な、なんですと!? 助けてくれたのではありませんの!?」
「助けましたよ。助けたので料金請求してるんです! おおっと、無効だなんて言わせませんよ。しびれを切らして自分で直します? それも通用しませんよ、既に直しちゃってますからね。でゅっへっへ~」
「げ、外道ですわ……」
淫らな妄想でもしているのか、だらしない表情で口の端から涎を垂らすアンゼリカ。
ルシエラはその卑劣なやり口にドン引きする。
「ん。アンゼリカさん、最近変な方向に突っ切っちゃってるね」
「最初っから変な方向にフルスロットルなピンクには言われたくありませんけど!」
「そうだね」
ミアは至って普通にそれを肯定し、アンゼリカの手から請求書を抜き取ってびりびりと破き去った。
「あああっ! なんてことしてるんですか!」
「これで証拠、ないね」
叫ぶアンゼリカの横、ミアはわざとらしく周囲を見回す。
ミアの言う通り、アンゼリカの魔法で街並みは完全復元されている。まるで悪夢のドミノが巻き起こったのが夢だったかのように、だ。
「ミアさん、違いますわ。何も起こっていなかったでしょう」
ルシエラもミアの助け舟に飛び乗り、最高の笑顔を作って全力でしらばっくれた。
「ルシエラさん、ズルい! 意地悪です!」
「意地悪はそちらですのっ! あんまりに酷いやり口でしたわ!」
「えとね、アンゼリカさん、そう言うのは節度守らないと本当に嫌われちゃう、よ?」
怒るルシエラに抱きつきつつ、少しだけ困った顔をしてミアが窘める。
「ピンクの人だって結構好き放題してると思いますけど!」
「私はルシエラさんの相手慣れてるから、限度もわかるよ。えと、活殺自在?」
「ミアさん、そっちの方が酷……」
ライバルの言葉としてそれは捨て置けない、流石に違うと反論しようとするルシエラ。
──あ、あら? なんだか思い返すと本当に好き放題されていませんの、わたくし。
が、本当に好き放題されている気がしてきて、すんと静かに押し黙った。
「どうする。これじゃ予定と違っちゃう」
「決まってるじゃない。こうなったら強行突破よ!」
そんな三人のやり取りを少女達は狼狽しながら見ているだけだったが、そう頷きあってルシエラ達を取り囲む。
「ま、まだ何かなさるつもりですの?」
「こうなったら強行突破、理由も理屈も関係ないわ! 素っ裸にひん剥いて! 生クリームで綺麗にデコレーションしてアルマママへの供物にしてやるわ!」
「あ、アルマママですの?」
「そうよ! アルマママは私達を苦難から救ってくれるグレートなゴッドママンなのよ!」
少々引きつつ尋ねるルシエラに、少女の一人が狂気に満ちた目で毅然と言い放つ。
──もしやこの方々、噂の過激なアルマ信奉者さんの一味ですの?
言われてみれば、ルシエラが居る関係でこの学校はトラブルが絶えない。
多感な年頃かつトラブルに巻き込まれる回数の多い彼女達、過激なアルマ信仰に傾倒するのも仕方ないことなのかもしれない。
「ねえ、ルシエラ。多分、この連中まともに相手しない方がいいんじゃないかしら」
「同感ですの。正気の方々ではないと分かった以上、まともに取り合う必要などありませんわ!」
どう見ても彼女達の目は正気ではない、昨日の洗脳魔法が掛かっている可能性もある。
ルシエラはフローレンスの言葉に同意して走り出す。
「逃がすな、追え追えーっ!」
「ママーッ!」
それを逃がすまいと少女達が追いかける。
「んっ!」
ミアはそれを足止めすべく、アンゼリカの腕を掴んで一団へと投げ込んだ。
「あっ! そこのピンクの人、卑劣! 今のはちょっと卑劣過ぎやしませんか! それが正当なライバルにする所業ですか!?」
「えと、貸し一つでいいから」
「すみません、その貸し今ここで返してください! 返品、返品お願いします!」
「待ちなさいルシエラさんっ! 絶対にアルマママに帰依させてやるんだから!」
阿鼻叫喚の一団を残し、ルシエラ達は運営本部へと急ぐのだった。




