第二百八十九話「真実、それは償いと共に」
最終任務:『死の宿命』の理滅
遂行者:ネフティスメンバー総員
世界の時が止まって見えた。まるで静止画であるかのように両者の動きが微塵も動かず、ただ彼らの刃を伝う赤い雫が地に落ちる音だけが耳に響く。
「……届かなかった、か」
ゆっくりと顔を上げる。俺の刃が何故か優羽汰の身体を貫いていなかった現実が俺の終わりを悟った。両者との間には何も無いはずなのに。運命は最後の最期も俺を呪った……という事なのだろう。
「いや……届いているさ。俺にではなく、あの子に――」
優羽汰が呟く。その言葉は、俺の呪いを僅かに解いてくれた。しかしそれは、優羽汰も同じだった。彼の刃もまた、俺の身体を貫いていない。
「……!」
「……久しぶり、大蛇さん」
「何で……お前が、ここに……」
紅白に彩られた巫女服を身に纏う少女――アカネはにこりと微笑んだ。その腹部に俺と優羽汰の刃は届いてしまった。
「だって、ここは私が創った世界……君という存在も、君の生きる世界も、全部私が創ったんだから。もちろん、そこにいる彼も……ね。君が人として生きて、約束を果たすまでずっと見守っているために……多くの命を殺めてきた君に命の尊さを、人の背負う痛みを教えてあげるために……そして何より、人として生きる事の幸せを感じてもらうために……ここまで頑張ったんだよ、私」
「そんな……じゃあ、お前は最初から……」
「うん。君の言う『死の宿命』も、私が創った世界で……君にかけた唯一の呪い。そしてそれを乗り越えた君に、私はこうして殺される。君という魂が誕生してから、ずっとこの時を待っていたんだよ」
「何でっ……何でそこまでしてっ……! 俺はこんな結末など望んでいないっ!」
涙が溢れてくる。初めて、大泣きした。感情なんてものはとっくに捨て、力を手にした俺が……今こうして、感情を剥きだしている。そんな俺に、アカネはくすりと微笑んだ。その足元を赤く滲ませながら。
「君がこれまで背負ってきた罪は、全部私の罪。偽りの世界で君を手のひらで転がし続けたこれまでも、その中でもう叶いもしないエレイナに芽生えた恋心も、もう果たせられない約束も全部抱いて生きていくこれからも……全部、私が君に見せた夢。そしてここまで乗り越えてきたなら、あとは私が君の全部を償うだけ。その罰が、私のお腹を突き刺す……君の剣」
「……ふざけるなっ! 俺はただ、エレイナと……お前といれればそれで良かったんだ! 偽りの世界だろうと夢であろうと! お前と生きていくために剣をとって戦い続けてきたんだよ! その剣でお前を殺すってのはなぁ……俺のこれまでの想いも、約束も生きる意味も全部踏み躙るのと同義なんだよ! これ以上に望まない運命など……あってたまるかよ!! 何とか言えよ、アカネええええええ!!!!」
叫びながら、剣を持つ右手に一気に力を加える。しかし、これ以上刃がアカネの身体が通らない。それどころか、剣を持つ力が段々と弱まってきている気がする。
「……ごめんね。ずっと、君を騙してきた。そして……今も」
「……!!」
刹那。アカネが白い光に包まれる。俺の剣が弾かれ、右手から離れて地面に突き刺さる。やがてアカネの姿が変化する。やがて光から解放された先に見えるは、白のワンピースに身を纏う淡栗色の髪をなびかせた少女。彼女の姿に息を呑んだのは、何と優羽汰だった。
「……優羽汰も、ごめんね。二人に、ずっと謝りたかったの」
「何で……何で日織が、ここに……!?」
「あのね。私はあの日大蛇さんに助けてもらって、大蛇さんをこの世界に転生させたアカネでもあり、アレスさんの妹のエレイナでもあり、優羽汰君に一生を捧げた日織でもあるんだ。何度も死んで、殺されては転生を繰り返してきたの。事前に明かしちゃったら、訳が分からなくなるでしょ? ましてや転生なんて夢物語でしか存在しないし、少なくとも二人はそんな私を巡って殺し合っていたと思うの。せっかくできた仲間の前で、恵まれた環境の中で……そんな二人が好きだからこそ、私のために殺し合ってほしくなかった。だから、今まで隠してたの」
「「……」」
二人は黙り込む。この真実を受け入れられない。故に脳が言葉を発してくれない。嫌だ、とも発してくれない。
「結果的に二人を悲しませるどころか、深い傷をずっと心に負う事になると思うの。でもそれくらいしか君達にあげられるものが、私にはないの。だからね……その傷が、私が君達とそれぞれ生きてきた証としてほしいの。無茶にもほどがあるのは分かってる。それでも……どんな形でも、君達の中に私の存在を刻みたかったの」
日織が再び光に包まれ、今度は二つに分かれ、それぞれ日織とアカネが姿を現す。そして一斉に口を揃えて、二人の英雄に微笑む――
「「愛してるよ。これまでも、これからも。私のために生きてくれて、戦ってくれて……最後まで愛してくれて、ありがとう」」
その言葉を最後に、俺の意識が彼方へと飛んで行った。優羽汰もまた同時だった。
『……いってらっしゃい、大蛇さん。今度会う時が最期になる事を願ってるよ』
(……願い、叶ってしまったじゃねぇか)
いつか見た思い出の中で願った、アカネの言葉を思い出す。心臓が刃物で突き刺さるような感覚で満ちる。痛くないのに、痛い。俺と優羽汰の身体を貫いたのは互いの剣では無く、最愛の死という名の絶望の刃だった。
(もう、こんなの勘弁なのにな)
この言語化出来ない痛みこそ、黒神大蛇と桐谷優羽汰にかけた――少女達の最期の呪いであった。




