第二百八十四話「最後の奥義」
最終任務:『死の宿命』の理滅
遂行者:ネフティスメンバー総員
竜に目覚めた男の振るう刃は蒼白に輝かせ、周囲に突き刺さる剣もまた、共鳴するように世界を照らし出す。対してアズレーンも対抗するべく右手に持つ大剣の切っ先を大蛇に向ける。
「――そ゛の゛先゛に゛映゛る゛の゛は゛永゛遠゛の゛地゛獄゛だ゛よ゛」
アズレーン本来の口調で言い放つ。だがそこにかつての養父である彼は、既に大蛇の中には無かった。
「構わねぇよ。地獄なんていう言葉が生温く感じるくらい、それ以上の苦痛の味を噛みしめてきたからな――これはそのお裾分けだっ!」
その苦痛とは対極に等しい、澄み切った光を纏った刃を右斜め上からアズレーンに振りかぶる。その直前、アズレーンの左手が視界を垂直に薙いだ時だった。
「『断』」
音も鳴らぬまま、ただその身が二つにされて――
「『罪開』」
紅蓮の軌道が大蛇の目の前で弧を描く。見えない斬撃と共に炎は消え、代わりに何度も見た友の背中が視界に現れる。
「お前……」
「ほんと、一人で背負いすぎだお前は。少しは仲間に山分けしたらどうだ?」
白の騎士服を纏った親友――亜玲澄が正面に指を指す。流れるように振り向くと、そこには致命傷になっていたはずのメンバー達が覚悟に満ちた目で大蛇の方を見ていた。
「……!」
いる。皆がいる。生きている。あれだけボロボロだったのに。
「皆の傷は俺が回復させておいた。これでも俺はエレイナの兄だからな……これくらいは、な」
「アレスっ……俺は何度お前に助けられれば気が済むんだろうな」
「……ふっ、アホか。これまで助けを求めなさすぎなんだよ。いや……これほどまで、お前が手を差し伸べてきたツケが回ったと言うべきか」
アレスがアズレーンのいる方向へ向き直る。口元に若干笑みを浮かべながら、大蛇に呟く。
「受け取れよ共叛者……こいつはこれまで抗い続け、共に戦い、助けてきた者達からのお返しだ!」
全員が一斉に武器を構える。皆がいる……そう思わせてくれる。
(そうだ、もう一人じゃない……過去とは違う。こんな信じがたい光景でも、不条理で簡単に変えられない未来でも、俺と共に叛逆を起こそうとしてくれている。一緒に戦っている。もう、俺だけが英雄という肩書きを背負う必要は無いんだ)
「――あぁ、ありがたく受け取らせてもらうぞ、アレス・ヴィーナス!!」
「……ふっ、お前がその名で俺を呼ぶとはな」
「最期くらい、最初の友の名前で呼ばせてくれ」
大蛇はふと微笑みながら呟き、再び翼をはためかせる。蒼白の刃をあらゆる方向から繰り出す。同時にアレスは灼熱の光を纏った刃を大蛇の連撃に合わせて繰り出す。対してアズレーンは見えない斬撃を左手から放ちながら、背中から生えた四本の腕を触手のように伸ばし、それぞれ刃と化してはメンバー全員に襲い掛かる。
「っ……!」
「君達は本体に集中して! 行くよ、紗切ちゃん!!」
「もちろん、あの触手は私達が止める! 頼んだよ、お二人さん!」
羽衣音と紗切が二人で一つの触手を止める。その言葉通り、大蛇とアレスは本体に集中して連撃を繰り出す。
「『始祖魔宝第二・斬界理斯』!!」
来る。世界を断つ一振りが。回避も防御も許されない、未知の一撃が――
「おらああああああ!!!!」
「「っ……!?」」
刹那、深紅の刃がアズレーンの前に立ちふさがり、その身で斬撃を直接受けた。血しぶきが舞い、刀身が真っ二つに折れる。赤い髪がなびき、その瞳からは輝きが失われつつあった。
「正義っ……!」
「へっ、気にすんなてめぇら……一回首刎ねられて生き残ったこの俺だぜ? んな一撃喰らったくらいで死なねぇよ。とにかく叩きこむなら今しかねぇ!! 俺様がその突破口を開いてやるからついてきやがれ!」
「やめろ正義! そんな事をしたら――」
「いいから黙ってついて来やがれ!てめぇらだけが命懸けてんのが納得いかねぇんだよ!! 俺は剣にこの身捧げて生きてんだ! せめて大事な奴を守る時くらい命懸けねぇと親父に合わせる顔がねぇ!!!」
周囲に六本の霊刀を召喚し、折れた鬼丸の刀身に重ね合わせ、一振りの刀として再び生まれ変わる。
「とくと見やがれ……武刀家代々伝わる流派と恋鐘之刀を一つにし、この俺武刀正義が生み出した唯一にして最後の奥義――」
刀身が白く瞬く。世界の色彩が反転する。不可視なるものが可視化する。全てが見え、同時に狂いだす。正義の両手に強く握られた、白に輝く刃を除いて。
「恋鐘武刀流・終義……!『無剴殺刀・天断釼轟』――――!!!!」
一閃――空に薙ぐ。触手諸共全てが祓われていく。水平線の如く、はたまた流星か。だがそれらに出来ない事を今の一閃はやってのけた。
――精神世界を、断ち斬ったのだから。




