第二百八十三話「前へ進むための叛逆」
最終任務:『死の宿命』の理滅
遂行者:ネフティスメンバー総員
同時刻 広場
血で彩られた地面。その空は対して白く、覆い尽くす霧は身体に痺れを生じさせ、思考を妨げ、動きを鈍らせる。その風景に、未来の兆しなど無い。
そこにはアズレーンによる斬撃によって致命傷を負っているネフティスメンバー達の姿があった。このままでは死ぬ……そう確信を抱く程だった。
「――所゛詮゛人゛間゛は゛神゛に゛す゛ら゛抗゛え゛ぬ゛。そ゛の゛分゛際゛で゛我゛に゛刃゛向゛か゛う゛な゛ど゛烏゛滸゛が゛ま゛し゛い゛。身゛の゛程゛を゛知゛ら゛ぬ゛痴゛れ゛者゛が゛」
アズレーン本体の右手の中指に嵌められた指輪が一瞬煌めくと、霧が瞬く間に晴れ、満天の星空が視界いっぱいに広がった。綺麗と感じる余裕も無く、無数の隕石がこちらに突進してくる。
「『始祖魔宝第八・滅彗裂空』」
たった一つで視界を覆いつくすほどの大きさを誇る、正に一番星のような隕石が無数に降り注ぎ、その全てが流星群として襲い掛かる――星の破滅を告げるに相応しいものだった。
もう終わり――その場にいた人間全員が、そう確信を抱いた時だった。
「『円環之天壁』」
――黒い影が、地面に左手を着けた。膨らむように白い膜がメンバー全員を覆い、半円状の障壁を作り出す。障壁の外は既に隕石が着弾し、激しい爆発と共に遊園地の原型を更に破壊していく。
「「……!」」
全員がその光景に目を見開く。終わりだと思っていた心に、一筋の光が差し込んだような気がした。
「その姿は……!?」
「やっと、お出ましかい……随分と待たせてくれたね」
「俺達を待たせたツケ、しっかり返してもらうからな……黒坊!!」
これまで見てきた彼――大蛇君の面影はほとんど感じられない。禍々しい魔力で覆われた身体、背中には八枚の黒い翼。右手には黒く煌めく剣を持つ。
「――また壊しに来たぜ。てめぇが生んだ、歪みきった宿命をなぁ!!」
「く゛っ゛ふ゛ふ゛……ふ゛は゛は゛は゛は゛!!! よ゛く゛言゛う゛よ゛! 君゛の゛存゛在゛か゛ら゛世゛界゛は゛歪゛み゛始゛め゛た゛と゛い゛う゛の゛に゛!」
「八岐大蛇はもう死んだ。そして残された野望と記憶を俺に託し、力を与えてすぐにな。あとはあんただけだ……」
「へ゛ぇ゛……そ゛う゛か゛い゛そ゛う゛か゛い゛! で゛も゛、神゛擬゛き゛の゛君゛を゛殺゛し゛て゛か゛ら゛じ゛ゃ゛な゛い゛と゛、死゛ね゛な゛い゛ん゛で゛ね゛!」
大蛇君が障壁を解除した瞬間、アズレーンが二本の腕を翼へと変え、突進してくる。風を切る音、押しかかる風圧が黒い髪をなびかせる。同時に二本の手で大剣を下に構えては大蛇君の左頬に迫る。
「……!」
刹那、交わる。血の色のような色彩を放つアズレーンの刀身と蛍の光のような色彩を纏う大蛇君の刃が激しい音と共に衝突する。
「そ゛の゛剣゛っ゛……死゛し゛て゛な゛お゛我゛の゛邪゛魔゛を゛す゛る゛気゛か゛鈴゛白゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!!」
今度は翼から刃へと変形させ、怒涛の連続斬撃を繰り出す。対して大蛇君は凄まじいスピードに対応しつつ一つ一つ確実に刃を当てては受け流す。
「俺達はお前と出会う遥か昔から紡いてきた絆で出来てんだ。宿命如きで断ち斬れる程生半可なものじゃねぇ事くらい、神を超えた存在なら分かるだろ……『堕断神奏』」
――一瞬、大蛇君の剣から脈を打つかのような鈍い音が響く。左目が赤く滲み、血が流れる。間違いない、鈴白の鼓動だ。きっと生きているんだ。今もその剣で……大蛇君のそばで。
「な゛ら゛そ゛の゛絆゛ご゛と゛、存゛在゛そ゛の゛も゛の゛を゛抹゛消゛し゛て゛や゛ろ゛う゛! | フ゛ァ゛ウ゛ス゛ト゛《紛い物》に゛代゛わ゛っ゛て゛な゛!」
背中からもう二本の腕が生える。骨で出来た翼が右にだけ生え、その姿はもはや概念そのものから逸脱した異常的生命体といえる他無かった。
交わり続ける二つの刃が動き始める。じりじりとアズレーンの剣が大蛇君を押し出していく。必死に両足で踏みとどまるも、耐えきれずに後ずさっていく一方だ。それでも彼は、アズレーンに抗い続ける。鈴白がいてくれる限りは。
「……その絆も、この宿命の中で築いた仲間も思いも、消させはしねぇ。故に俺は過去の過ちを受け入れ、前に進むと決めた――」
蒼白い光を纏ったそれは、誰もが目を焼き付けた。無論大蛇君を先輩として見てきた私もだ。だって、あれは最初で最後の――『完全体の終無之剣』なのだから。
「『|葬無冥殺八握機神剣鈴白』……それが俺のこの覚悟と共に生きると誓った命の名だ」
その違いはただ一つ。体力が尽きるまでか、命を全て燃やし尽くすまでかの違いだけ。大蛇君は今、その覚悟を決めた。全てはこの宿命を終わらせるために。
「――『終焉之剣』」
周囲に無数の剣が突き刺さる。見覚えのあるものから、無いものまで。それらは全て過去現在含め、大蛇君が手に取り振るった剣の数々だった。
「待たせたな。正真正銘、最期の叛逆だ――!!」
これが最後――そう心に誓い、鍔迫り合いを続けていたアズレーンの刃を右に激しく弾く。空いた僅かな一瞬に翼をはためかせ、目に見えないスピードでアズレーンの腹部を貫く。
「――ったく、お前を一人にさせてたまるかよ、大蛇ィ!!」
大蛇君とアズレーンが激しい戦闘を繰り広げる中、上空でただ一人左手を上げて太陽を昇らせる青年は見る。かつてからの親友の面影に重ね合わせながら――
 




