第二百七十四話「教者の責務」
Anomaly:アズレーン・シューベル及び完全顕現『葬無冥殺之機神鈴白』、呪命之原獣神・アグリゲートの討伐
遂行者:ミスリア・セリウス
――禍々しい。あの怪獣を目にした時に脳から出てきた言葉がその一言だった。更に目の前にいる鈴白も同時に相手しないといけない中、ミスリアに勝ち目が無い事など火を見るより明らかだ。
「三百人の報われなかった命と一人の養子の命……そこで前者を選んだのね、先輩は」
大怪獣に取り込まれた、ピコとマコ各150人……計300人とアズレーンがどんな関係だったかは分からない。でも、そんな300人を殺したかつての大蛇を養子として己の手で養ったのだ。形だけとは言え、普通自分の子供より他人を選ぶなんて事、親としては出来ないはずだ。
「……別に、先輩が選んだ道を否定する気はありませんよ。大蛇君だって、過去に多くの人を殺してきた事には変わりありませんから。ですけど、今の彼は誰一人殺していない。殺したのは八岐大蛇であって、黒神大蛇じゃない」
「つまり、八岐大蛇と黒神大蛇は別人だ……そう言いたいんだね、ミスリア君」
「えぇ。八岐大蛇は竜で黒神大蛇は人間ですから。そもそも種族が違うんですよ。たとえ同じ血が流れていようとも、今の彼はその力を殺すためではなく守るために使っている。そんな彼を過去と同義として罪を償わせるなんて間違ってる!!」
パンッ――と、ミスリアが両手を叩くとその間から赤黒い血のような液体が足元に池を作った。
「貴方は……私が止めます。可愛い生徒を、貴方の身勝手な復讐で殺させないっ!」
徐々に血のようなものが広場を塗りつぶしていく。その後、噴水のように昇ってはアズレーンやアグリゲート、鈴白も全て覆い尽くす。
「禁忌魔法――完全顕現『万魔叫歌』」
その世界には、もう遊園地の愉快な世界観は微塵も感じられなかった。あらゆる負の感情や力に満ちた、悪魔の世界だった。
「ふふっ……君もここまでとは。褒めてあげるよ」
「今の貴方に褒められたところで……嬉しくないよ!」
左手を鈴白目掛けて振り払う。すると周囲から無数の蛇が鈴白を喰らうかのように足元から迫ってきた。
「―――!!!」
鈴白は身体から思い切り蒸気を噴射させ、纏わりつく蛇達を全て吹き飛ばす。更に気筒を鳴らして溜めに溜めたエネルギーをレーザーとして発射する。炎のような色のレーザーで蛇達が灰すら焼き尽くされる。
「っ……!」
蛇達のおかげで何とか鈴白のレーザーから避けられた……と思ったのも束の間。
「――!!!」
「うそっ……」
なんと鈴白は上半身を凄まじい勢いで回転しながら極太レーザーを放っていた。薙ぎ払うように迫りくるレーザーに、禁忌魔法が徐々に崩れていく。
「今はとにかくあっちね……!」
ミスリアは自身の禁忌内でも圧倒的存在力を誇る大怪獣アグリゲートに目を向ける。
「あれだけはここで鎮めないとね!」
右手から白い稲妻を発しながら聖剣を召喚し、柄をしっかり握る。聖剣エルヴィデンテ――あのベディヴィエル・レントが愛用していた剣である。
「……本物には及ばないけど、力を貸してくれるかな。ベディヴィエル」
ミスリアの頼みに呼応するように、聖剣が一瞬煌めいた。たとえ投影品でも、彼がこの剣で生徒会を……アルスタリア学院が誇る英雄となったのはこの目で見ている。
「――私を待ってる生徒達に、ただいまって言いたいから……頼むよ」
刀身が光に包まれる。次第に収束していき、やがて禁忌をも突き破る巨大な光刃となる。螺旋状に光の粒子が舞い上がり、その一つ一つが一振りの威力を増大させる。
「終極『天破之神剱』!」
――光が、飲み込む。禁忌を喰い、世界を裂き、その切っ先は天へと届く。
「先輩の……あほたれぇええええっ!」
その刃はアグリゲートを貫き、その向こうにいるアズレーンへ――
復讐の道へと墜ちてしまった、私がずっと慕い続けた、唯一の頼れる先輩へ。
 




