第二百五十六話「聖戦の爪痕」
西暦2005年 12月27日現在――
『新(臨時)ネフティスメンバー10名中10名全員重傷、内2名心肺停止、その他関係者も怪我を負うという甚大な被害を負ったが、最優先遂行任務であるエレイナ・ヴィーナスの奪還は桐雨芽依の助力により果たされた。
しかし、ファウストの遺体及びファウストの力を吸収した白神亜瑠栖の遺体を回収し損ね、結果として生死が不明となる事から討伐と判定しない事とした。』
「はぁ……」
白く光る電灯の下で、長い時間置いて温くなってきたコーヒーを少しずつ飲みながら、白衣を纏った男はため息をつく。寝る暇も無く、たった一人で今回の聖戦について報告書を書いているのだが、今回もまた酷いものだ。
「いつから歪み始めたんだ……この世界は」
『海の惑星』での人魚四姉妹一斉自殺、『黒花』の降臨、北条銀二が企てた黒神大蛇の封印、ハロウィン戦争が齎したネフティス支配及び渋谷崩壊、そして今回の千夜聖戦……これまで被害もそうだが、明らかに不条理な事が多すぎる。
「はぁ……まるで別世界に住んでるようだ」
頭を抱えながら悩む。その度に思ってしまう。『逆に自分がおかしくなっているのでは』と。これが普通なのかもしれない、と。
だが、そんな事はあり得ない。任務情報にも記載されていなかった事態だって多くあったのだ。一度だけならまだしも、頻繁に起こるようになったのだから。
「……やはり彼が関係しているのか?」
彼――そう、言うまでもなく黒神大蛇の事だ。大蛇君が本格的に任務に赴くようになってから、世界が本性を現したような気もしなくない。
何故なら彼は、最初からおかしかった。
「僕の名を聞けば、いきなり父の居場所を聞いてきたんだ……そんな人間普通じゃありえないよねぇ……」
あの頃の記憶は鮮明に覚えている。突然すぎてびっくりしたんだから。そういえば、あの頃からもう違和感を覚えていたっけ。
「『世界そのものを何も知らない』……かの僕は彼をそう言った。でも今となっては違う。むしろ逆だ……」
――彼は、世界そのものを全て知っている。
「――最初に彼が父……アズレーンの居場所を知ろうとした理由、北条銀二がアルスタリアの生徒達やネフティスを支配しようとするまでに彼を殺そうとした理由、そして、突如彼が禁忌魔法を使えるようになった理由――――現状これらの疑問を解消する答えはたった一つしかない……」
彼――黒神大蛇は、
「過去かr――」
「やっほ、マヤネン君っ♪ そんな頭抱えてどうしたんだい? どんだけ残業してもここは超過勤務分の給料はそんな出ないよ?」
「貴方は……有村さん、ですよね?」
つい辿り着いた仮説を口ずさもうとした刹那、黒のコートを羽織った大人な雰囲気を纏った女性が遊びに来たような感覚でこの研究室に入ってきた。
彼女は有村美玖里さん。元ネフティスNo.3の実力者で、今は僕と同じ魔術研究科に所属して魔術研究及び解明をしているベテランだ。
「そっ、覚えていてくれてて嬉しいよ♪ 僕しばらくエジプトで一人寂しく研究してたからさぁ。僕の事忘れてるか不安だったんだよぉ? ……あ、そうだマヤネン、これ見て」
「ん……?」
寂しげな表情から急に何かを思い出したような表情に変え、キャリーケースを開けてごそごそと中身を漁る。そこから出した一つの封筒を僕に差し出す。
「はいこれ、例の彼の魔術に関するデータだよ。やっぱりどれだけ調べても、禁忌魔法『黒光無象』なんてものはこの世に存在しないってさ〜」
「ふむ……亜玲澄君(今はゼラート)の『白時破象』は存在するのか……」
「これで分かった事は、外的に影響を与える禁忌魔法は存在するって事。白神君の禁忌魔法はシンプルに対象及び周囲の時間を操作できるし、炎や氷等の普通の魔法から発展して禁忌魔法にまで進化させるパターンのものもそれの一つだね。
でも、黒神君のは全く違う。彼の禁忌魔法は内的に影響を与える……簡単に言うと、『肉体ではなく精神に影響を与える』ってこと。そんな魔術は存在しないし、これまで聞いた事が無い……って言うのが、魔術発祥の地であるエジプトの研究者の発言と研究結果だよ」
「そうですか……」
これでもう確信がついた。近いうちに大蛇君と話す機会を作ろう。この不条理な世界とどんな関係があるのか、僕の父の行方を知りたがっている理由とか……色々聞きたい事がある。
「ありがとうございます。まずはゆっくり休んでくださ……」
「すぅ、すぅ…………」
かなり疲れが溜まっていたのか、美玖里さんは隣の席に座って突っ伏した状態で寝息をたてていた。顔をよく見ると、目の下に隈がくっきりと出来ていた。
「全く……無茶しすぎですよ」
相変わらずの美玖里さんにくすっと微笑み、毛布を持ってこようと部屋まで歩いていった。




