第二十三話「『裁き』其の八 〜制裁と破壊〜」
『生きとし生けるもの全ては罪を犯す時、相応の裁きが下る』―――――
緊急任務:『海の魔女』アースラの討伐、マリエルの救出
遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、マリエル、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹、ディアンナ
犠牲者:???
視界が螺旋状に囲う嵐で満ちる。風が肌に触れるたびに切り傷が刻まれる。同時に空を裂く高音が恐怖を生ませる。そんな禁忌の上空でアースラは体勢を整えながらディアンナの嵐を肌に受ける。
「へぇ……お姫様も使えるんだね、禁忌魔法。王国の人間も隅には置けなくなるじゃないか。でもね、どれだけこの身を斬り裂いても結局私には一切効かないのさ。私がこの王様の身体から離れてしまえば……これらの傷による痛みは全部王様が背負う事になるからねっ!」
口調を自然と元に戻すアースラに、天の声のようにディアンナが話し返す。
『……構わないですわ。むしろ好都合ですわ。国王諸共貴方も同時に倒せるのですから!』
激しく吹き荒れる風が一層強くなる。アースラの肌を裂く速度と威力が高まる。しかしアースラの表情は何一つ変わらない。焦りどころか若干余裕があるかのようだ。
「欲張りなお姫様だこと。そんな君にとっておきのプレゼントをあげよう!」
アースラが両腕を正面に伸ばし、五本の指を絡めて強く握る。絡めた指の隙間から無数の光の筋が発生する。
「さぁ、『裁き』の時間だよ? お姫様」
『その時間までに跡形も無く斬り裂いてあげるわ!!』
『裁き』の時間が迫る中、確実にアースラの身体を斬り裂く風。しかし何度裂いても、どれだけ切り傷から血が飛び散ろうと、魔女の魔術は『裁き』までの時間の針を進める。
そして、ついにその時が――
「――『無獄』」
――――――
音も痛みも、感覚さえも一瞬で吹き飛んでは消え去り、ただ静かに制裁の光に飲まれていった。
「……おや」
目を開ければ、そこには地獄絵図が見えた。城は面影すら焼き焦げ、街と森は炎の海と化していた。無論人々は皆死体すら見受けられない。海の魔女ただ一人を除いて。
事実上、レイブン王国は壊滅してしまったのだ。
「は……ははっ……あはははははっ!!!」
海の魔女は高笑いを盛大に響かせる。ついに王国は終わったのだ。邪魔な人間共は消えたのだ。葬ったのだ。
「素晴らしいねっ……ここから私の欲に満ちた世界へと生まれ変わる!! ……おっと、忘れていた」
そう言うとアースラは右手で自らの左胸へと突き刺した。
「……んぐっ」
血を吐きながら、勢いよく心臓を抉り取っては握り潰す。それと同時にアースラは突き刺した左胸の穴から国王の身体を抜け出し、元の姿へと戻った。
「ここまでご苦労様、国王スーリヤ。残念だったねぇ、君の子供はもう殺しちゃったよぉ。君が生きてきたこの王国と共に……ね」
「き……さ、ま……ぁ!!」
心臓を奪われたスーリヤは意識ある限りアースラの方へと右手を伸ばす。しかし、届く前に右手が脱力した途端に意識が途切れた。
(私はただ……カルマに、妻に、家族に会いたかった。またあの頃のように、家族揃って笑い合っていたかった。それだけ、なのに……)
――あぁ、それだけのために私はアースラを作ったのだったな。妻が国民に暗殺された後、すぐにその寂しさを埋めようという自分勝手な気持ちだけで色々と勉強した。息子は学友やメイドに任せきりにして、猛勉強した。どうしたら妻を……妻の消えた寂しさを埋められるのか。
これ以上あんな悲劇を起こさないためにはどうすれば良いのか……と。
しかしその寂しさが、現実を受け止めきれなかったその心が、余された家族を守る事だけを考えていた身勝手な思いが、アースラなどというとてつもない化け物を作ってしまった。
(……ほんと、身勝手な王様だ)
「……ほんと、残念な王様ね」
まるで汚れた雑巾に触れるかのようにアースラはスーリヤの遺体を摘み上げ、燃え広がる炎の中に投げ捨てた。
「……さて、これで邪魔な人間がいなくなった。これだけ焼いておけばマリエルちゃんも生きてないはず。これで私の世界が再び誕生する! この星は今度こそ私の星となるのさ!! あっはははは!!!!」
「――随分と楽しそうだな」
突如、背後から人の声がした。ふと振り向くと、そこには見覚えのある黒髪の青年が立っていた。
「お前っ……何で……」
「何で、か。そりゃここは俺がお前の記憶を元に生み出した贋作の世界だからな」
「贋作……? はっ、何を言っているんだい君は! 立派な王国が燃え崩れるこの光景を見てしまったあまりのショックで幻覚を覚えたんじゃない!?」
「はぁ……いつまで勘違いしてやがる」
青年が指をパチンッと一度鳴らす。その刹那、アースラの喉元から一本の剣が生えるように突き出した。
「がっ……!」
「これで分かっただろ。ここは『黒光無象』による記憶の世界だ」
「あり得ないっ! スーリヤの身体に乗り移ってからお前の姿は見ていない! 城の周りにもお前らしき姿は無かった。なのに禁忌魔法が当たるなんて事が……あるわけっ……!」
「……無いな。本来ならあり得ない。だが、対象を星そのものにしたなら、話は別だろう?」
「は――」
「星の中に眠っていた、『海の魔女』が猛威を振るっていた頃の記憶を呼び覚ましただけだ。だが操作出来るのはあくまで記憶の中の世界……いわば『背景』だけ。当時生きていた人を呼び覚ます事は不可能だがな」
更に指を鳴らし、アースラの至る所から剣が突き出す。黒い血を流しながらアースラは悶え苦しんでいた。
「ぐっ……」
「そしてお前から生えてくるその刃は対象の今目に映る記憶の『濃度』と殺した『数』によって生まれるものだ。強く残る記憶が多ければ多いほど刃の本数が増え、その記憶の中で殺した命の数分刃は鋭く、強靭となる」
「……それで私の『裁き』に勝てるとでも? 今この星で正義を決めるのは私だよ。私が裁けば世界はそれに従う。お前もどれだけ記憶を操作しようと逆らえないんだよ!」
アースラは右腕を頭上高く上げては伸ばし、剣状に変形させると、周囲に凄まじい魔力を纒わせる。刀身は黒く光り、螺旋状に竜巻のような突風が刀身を包む。
「『黒き英雄』八岐大蛇! お前に裁きの鉄槌を下してあげるよ!! 消えろ……『神怒之流星』!」
振り下ろすと同時に突風が地面を抉りながら大蛇に迫る。彼はそのまま微動だにしない。ただ黙って、その時を迎える――
――刹那、突風はピタリと止まった。
「は……?」
どういう状況か全く理解出来ないアースラの視界の先には、右手を正面に翳す大蛇の姿だった。
「――そうだな、今の俺では『裁き』に抗えない。たとえ記憶を操作し、どれだけお前に剣を生やそうとも、その鉄槌を一度でも下されれば俺を殺せるだろう。だが……」
ピシッ――と、ガラスにヒビが走るような音と共に空に一筋の亀裂が走る。大蛇の右手が握る力を強める度に亀裂の数が増える。
「お前……まさかっ……」
「――記憶ごとその鉄槌を破壊すればいいだけの事だ」
亀裂が空から地へ、そしてついにアースラの身体にヒビが走る。
「っ――!!」
「マリエルを、その家族を死の危機へと追いやり、罪なき者に不条理な制裁を国王に下させたお前に全を裁く資格はねぇ。滅び散れ、もう蘇らない記憶と共に――『象崩散壊』」
―――右手が完全なる握り拳となった瞬間、世界は魔女の鉄槌と共に破壊された。
魔女の下した、不条理な死と壊滅の事実と共に。




