第二百三十五話「争奏・第一番Ⅳ〜再生と破壊(上)〜」
任務:千夜聖戦の勝利、エレイナ・ヴィーナスの奪還、日本に侵入した仮面の男の討伐
遂行者:新生ネフティスメンバー総員、またそれに加担する者
犠牲者:0名
ゼラートが真に触れた途端、青白い光の波動が世界を包む。直後元の風景に溶け込むと同時に真の右拳の力が緩んだ。
「なっ……!? 力がっ、抜けて……」
そしてついに真は脱力し過ぎて道路の真ん中に座りこんだ。足を伸ばし、前かがみの状態でだらけてしまった。そんな真の目の前に、ゼラートは現れた。
「初めまして……かな。僕はゼラート・リル・テューレル。フィーナ皇女の末裔であり、自称アレス君の良き相棒。そして、
歪みを壊し、再築する者だよ」
「ゼラート、お前……どういう風の吹き回しだ! お前は北条側だろ!!」
だらけたまま憤慨する真に、ゼラートは何一つ表情を変えずにその様を見下ろす。
「別に僕はどちらでも無いよ。ただアレス君を倒すのはこの僕だけでいい。狙った獲物は誰にもとられたくないからね。たとえフィーナ皇女復活に命を賭ける者でもね」
「ふざけやがって……フィーナ皇女への裏切りの罪は重い程度じゃ済まされないぞ」
「これは僕が生きる理由さ。君達とは違って皇女にこの身を捧げてるわけじゃないしね」
ゼラートは両手を開き、二丁の白の銃を召喚して手中に収める。一方の真は脱力した身体を無理矢理動かすためか、或いは恐怖なのか、全身を震わせながらゼラートを睨み続ける。
「もうアレス君を狙わないというなら、見逃すよ。さっきも言ったけど、僕は君達の敵でも味方でも無いからね。正直この戦いがどうなろうと知ったこっちゃないよ」
「……俺が裏切り者に対して真面目に命乞いをすると思うか?」
「そっか。残念だよ、井川真君」
ゼラートは右手に持った銃を真の額に突きつける。少しずつ引き金にかけた人差し指に力が入り、発砲の時が徐々に迫る。
「何か言い残す事はあるかい?」
少し声のトーンを低くして言い放ったゼラートに対し、真は怪しげにニヤリと笑う。
「……ふっ、少しは自分の置かれてる状況ってのを考えた方がいいぞ。言っておくが俺はまだ負けてない。麻雀というのはピンチが訪れた時が一番面白いからな――!」
「っ――!」
刹那、真はだらけきった身体を震わせ、突きつけられたゼラートの銃口を左手で握り潰しながら立ち上がる。真紅のオーラを全身に纏い、左目からは血が頬を伝う。
「……まだ奥の手を隠してたって事ね。それは予想外だよ」
銃口が破壊された銃を光の粒子と化して消し、ゼラートは再度亜玲澄の目の前まで後退する。しかし、そんなゼラートにさらなる危機が訪れる。
「今だ、リリー!」
「もぉ〜、待ちくたびれたよぉ……ふわぁ……」
突如、ゼラートの背後から眠そうに目を擦る白の長髪の少女が現れた。下半身がダイヤモンドのような透明の鋭い岩で出来ており、足が無い代わりにふわふわと空中に浮いている。
「……!!」
(外見に反して魔力気配が尋常じゃない……魔力総量だったら本気のアレス君以上だな。ここは何とかしてアレス君を守る事に徹しないとかな……)
ゼラートは左手に持った銃を右手に持ち替え、リリーに向かって一発撃ち込む。だがリリーは左手を巨大な岩の盾に変形させ、難なく防ぐ。
「おっとっとぉ……もぉ危ないなぁ〜、か弱い女の子にそんな事しちゃダメなんだよぉ〜?」
「……あの子は間違いない、『契約』の部類だね」
――契約。それは、各々に秘められた魔力回路の核との取引。自分の身のものを犠牲にし、それに相応した魔力を得る。代償は肉体や精神、感情から記憶まで様々であり、生まれつきから自身の意思で交わしたりと用途も様々。その代償が大きければ大きい程得られる魔力量は比例して増加し、魔力回路も本数が増えて魔力回復等も容易に行える。言わば等価交換のようなもの。
「禁忌解放――」
……しかし、一度契約を交わした者はそれ以上魔力は増えず、魔力が尽きると同時に死ぬ。正に諸刃の剣に等しい――
「『岩封掌閉』」
刹那、地面から四本の岩で作られた腕が生えてきて、十字型に手のひらがゼラート達の頭上で一つになる。その後腕が周囲を覆うように岩の壁に変形し、ドーム状になる。周囲が真っ暗に染まり、魔力気配と視覚を除いた四感を頼りにリリーと真と戦わなければならない。
「……これはちょっとまずいね。流石に本気でやらないとかな」
「速く寝たいからさっさとやられてほしいなぁ……ふわあぁ……」
大きな欠伸を放ちながら話すリリーにナメられてると思ったのか、ゼラートは歯を食いしばり、どう対応すべきか全力で脳を働かせて考える。この最大の危機をどう攻略するかを――




