第二百三十二話「争奏・第一番Ⅰ〜戦神VS雀士(上)〜」
任務:千夜聖戦の勝利、エレイナ・ヴィーナスの奪還
遂行者:新生ネフティスメンバー総員、またそれに加担する者
犠牲者:0名
――ゼラートとの取引で、時の魔法……即ち『白時破象』を引き渡した今の亜玲澄は、『二重人格』を使わない限り、体術でしか戦えない。
それでも妹を救うために、『黒き英雄』の相棒は死の宿命に刃を向けた――
「――邪魔はさせんぞ」
「……っ」
ネフティス総員及び政府、警視庁、各自衛隊に通達――
西暦2005年12月23日午後15時30分 東京都足立区 北千住駅 転送装置前
エレイナ・ヴィーナスを攫った謎の組織の一員と思われる仮面をつけた男が転送装置から出てきたのを白神亜玲澄が発見。メンバー10名は至急戦闘用意、その他ネフティス関係者は政府と連携し、メディアを通じて都民に避難勧告を促すかつ指定された避難場所に逃げるよう指示。警視庁及び自衛隊も同様とし、足立区に警備を配置する。
追加任務:日本に侵入した仮面の男の討伐
遂行者:新生ネフティスメンバー総員、またそれに加担する者
◇
『ここで緊急ニュースを放送します。政府は今日午後15時30分頃、足立区北千住駅前に強大な魔力を持ったテロリストと思われる人物が現れました。万一に備え、政府は地球防衛組織ネフティスの戦闘員を数名派遣するとの事です。また、足立区一帯に避難勧告が出されています。駅の近くにいる方はこのまま動かないでください! その他の方は学校などのそれぞれ指定されている場所へ避難してください!!』
「……なぁ、何かすげぇ事になりそうじゃねぇか?」
「まさか渋谷みてぇにならねぇよな……こんなの続いたらマジで首都崩壊も時間の問題だぞ!!」
「……ねぇこれからクリスマスなのに何なのこのニュース」
「たかがテロリストだけなのに大袈裟すぎない? 今も仕事中なのに……」
――今、全国一斉に各番組が中断され、このニュースが放送されていた。それを見た国民の中には恐怖に怯えたり、今後の未来を見据えて絶望する者もいれば、たかがテロリストで……と、事の大きさを把握できていない者もいた。
だがどちらにしろ、これから訪れる未来は一緒である。あとはその未来が何事も無く収まるのか、渋谷の二の舞になるか……日本の未来は全てネフティスにかかっていると言っても過言ではない。
そんな規模の危機を抱いたまま、千夜聖戦は日本を巻き込んだ。僅かしかない勝利を信じて――
◇
東京都足立区 北千住駅前――
普段なら感じる人気も、今となっては全く持って感じられない。故に冬の冷たい風が容赦なく亜玲澄と仮面の男を容赦なく襲った。それでも寒さに微々たる反応もせず、両者は睨み合う。
「……どうやら妹が世話になってるようだな」
「妹……? あぁ、エレイナ・ヴィーナスの事か。さてはお見舞いでもしに来たのか?」
「あぁ、しばらく顔見て無かったからな。それにいつ死んでもおかしくねぇらしいからせめて一度くらい見ておきたくてな……」
「そうか……なら――」
刹那、目の前にいたはずの亜玲澄の姿が無かった。男は顔には出さなかったものの周囲を探す。
だがその時だった。
「――だからさっさと死んでくれよ」
「――!」
亜玲澄は背後から普段より二段階近く低い声で仮面の男に囁いた直後、男が振り向いたと同時に顔面に黒い閃光を纏った右拳で思い切り殴る。
(『黒壊』かっ……!)
男は大きく吹き飛ばされ、ガラス張りの柵に背中を強打する。割れる音をたてながら破片が道路に散らばっていく。
(声が聞こえるまで全く気付かなかった。気配を消す魔術を使ったのか、いや……)
「……時を止める魔法を俺だけに留めたと言ったところか」
今の一撃で右目の部分が粉砕された仮面を取っ払い、黒髪の中年が素顔を現した。
「並の魔術師じゃないな。さてはネフティスの一員か。ならば名乗ってやろう……俺は『火星再革組織ヴァーチェ』メンバー、五等星の井川真。我らが英姫フィーナ・リル・テューレルの復活を夢見る者よ!」
自己紹介を挟んできたと思った直後、真は左足で思い切り地を蹴り、突進しながら亜玲澄の顔面目掛けて右手の人差し指を正面に突き刺す。
「……!」
(あのおっさん、指指してきて何をしてくる気だっ……!?)
――亜玲澄の鼻先と真の指先が触れようとした、その刹那。
「『東』」
「――っ!?」
真の指が右に払った途端、真の姿が消えた。これはどういう仕組みなのか。
「『南』」
「なっ……!」
(今度は視界が反転した。いや、反転したのは俺の方か……!?)
「『西』」
「っ――!?」
今度は駅側に大きく吹き飛ばされる。そして何より、着地する気配がない。まるで等速直線運動をしているかのようだ。
「『北』」
「うおっ……!」
また反転した。これで元通りと思った時だった。
「『風牌』」
突如、全方向から風の刃のような見えない斬撃が亜玲澄を襲った。全身から鮮血が飛び散る。咄嗟に両腕で顔を守ったので幸い目の負傷は免れた。だが負った傷は浅くも冷たい風が一層痛みを強くさせる。
「ふんっ!!」
「くそっ……!」
更に上から真が踵降ろしを腹部に喰らわせ、地面に突き落とした。
「がっ……」
(くそっ、馬鹿力すぎんだろ! それに訳分かんねぇ魔術使いやがって! マジで倒せるのかこんな奴……!?)
「……ふっ」
亜玲澄に焦りが走ったからか、真は余裕の笑みを浮かべた。
そう、それは勝利の確信――




