第二百十五話「誰も知り得ない魔術」
秘匿任務:行方不明者の捜索及び奪還、誘拐犯の討伐、謎の刺客黒神元利の討伐
遂行者:黒神大蛇、丸山雛乃、マヤネーン・シューベル
犠牲者:0名
同時刻 北海道札幌市――
しんしんと雪がゆっくり落ちては積もっていく。歩く人々の足跡だらけの地面を踏みつけながら、黒のコートを羽織った茶髪の男――網野は先程大蛇と元利が戦っていた場所まで歩く。
「ったく……あのバカは何言っても通じねぇな」
深いため息が霧のように白く街の夜空を一瞬濁らせる。男が言っているあのバカとは、言うまでも無く元利の事だ。ラーメンを食べた帰り際に「偶然弟を見かけたから少し挨拶に行く」と言ってすぐにボロボロにされてる様だ。本当に、あの男は苦労をかける天才と言うべき存在だ。
「……仕方ねぇ奴だ、回収してすぐに治療だなありゃ」
また深いため息を吐きながら血を流しながら倒れている元利の元へ向かう。その時、網野は驚きの光景を目にした。
「もう一人倒れている……だと!?」
そう、元利の上に倒れる瓜二つの男。恐らく元利の言っていた弟がこの人なのだろう。しかも、明らかに体格や顔つきも学生……それも高校生のそれだ。更に言えば死器持ちの元利に対して素手でここまでやったというのか。
「まだ若いのにな……大した弟だ」
ふっ、と笑いながらゆっくり弟を元利から離して隣に置く。その後両手を正面に翳し、魔力を手のひらに流し込む。若葉色の光が元利と弟を包み、一瞬で傷を癒やす。その後元利を左肩に背負い、雪が降り注ぐ夜空を見上げた。
「……悲劇は再び訪れる。あまり時間は残されていない。運命の船は既に本来の現実へと進んでいる。ここからどう舵を切っていくか楽しみだ、ネフティスの者よ」
「――舵ならすぐに切るさ」
「っ――!?」
突如背後から今の発言に対する返答らしき声が聞こえ、網野がふと振り向く。そこにはベージュのコートを着た銀髪の青年がいた。
「やぁ、久しぶりだね網野君」
「マヤネーン……何故お前がここに?」
「そんなの単純さ。あそこにいる大蛇君を回収するためさ」
「大蛇……」
元利の弟の名を、網野は呟く。
「本当にそれだけか?」
「うん、それだけだよ。君達が何か危害を加えなければね」
「……危害?」
「例えば、君が左肩に担いでいるその人とかね」
マヤネーンが元利の方に指を指した直後、覚醒するかのように目を覚まし、網野を左足で蹴飛ばした。
「どけっ――!」
「っ――! おい元利、何してっ……」
元利は右手から死器『異想剣』を召喚し、倒れている大蛇に向かって突進する。
……が、しかし。
「――はいストップ、そこ動くな」
「ぎっ――!?」
マヤネーンが正面に右手を翳す刹那、元利はピタリと動きを止めた。まるで透明の壁にぶつかったかのように。
「君達だろ? エレイナちゃんともう一人の誰かを誘拐し、クリスマスに僕達に決戦を申し込んだのは。あのビデオメッセージに映っていた仮面の男が最終的に指示したんだろうけど」
マヤネーンはそのまま右手から赤黒い光を生み出す。無論、元利は身動きすらとれない。
「何をする気だっ……」
網野はその場から一歩すら動けなかった。元利のようにマヤネーンに止められているわけでもないのに、何故か自然と身体が動くのを拒否していた。
「言ったでしょ、大蛇君を回収するって。その邪魔をするなら容赦しないよ」
マヤネーンの右手に収束する光がより一層強まる。同時に動きを封じているので、これから元利に迫る未来はとっくに分かりきっていた。
「――ついでに君達に見せてあげるよ。誰にも知り得ない、僕の魔術を……『黒死輪光』」
「――!!」
赤黒い光が爆発するように発光した刹那、波動砲となって一直線上を貫いた。地面に跡がつき、直線上に建てられていたビルの集落を一撃で塵にした。
「元利っ……!!」
援助に向かいたくても、出来ない。今のマヤネーンからは異質な覇気を感じる。故に恐怖で動けない。
……マヤネーン・シューベル。ネフティスで一番恐るべき存在は彼なのかもしれない。
「……さて、もう終わりかい?」
マヤネーンは余裕の笑みを浮かべながら呆然としている網野を煽った。
網野はただ歯を食いしばる事しか出来なかった。最強を隠していた、唯一の同期を前にして――




