第二百十三話「兄弟(下)」
秘匿任務:行方不明者の捜索及び奪還、誘拐犯の討伐、謎の刺客黒神元利の討伐
遂行者:黒神大蛇、丸山雛乃
犠牲者:0名
禁忌同士の衝突と斬撃によって破壊され、白黒に塗りつぶされていた札幌の夜に背景が戻る。街灯とイルミネーションが街を照らす地で、たった一つの斬撃の爪痕を挟んで俺と元利が向かい合う。
「ほう……あの一撃で俺の禁忌を斬り裂くとは。おまけに逆式を先に解除してから斬った事で負の魔力同士の自爆を防いだと。あの頃からしたら大した成長だな、大蛇」
「……」
違和感。あの男の言葉から感じる、とんでもない違和感。亜玲澄や正義、ネフティスメンバー達とは違う変な感覚だ。何ていうか、この世界線における『イレギュラー』と言うのか。
「だが、まだ俺は10分の一程度しか本気出してねぇよ。だからもっと満たしてくれよ……!!」
元利が右手の魔剣を引いて構えたその時、俺は新たな絶望を覚えた。
元利の刀身が青白く光り輝いていた。間違いない、あれは……
「『終無之剣』」
「っ――!?」
あの技は、今まで俺が数多く経験した死に際に打ち当たる度に頼りにしてきた『最強の剣技』。まさかあの技を敵視点から見る事になるとは。
「ビビってんのか? お前も何度も使ってただろうに」
「ビビる? 阿保が、お前如きにビビってたら変えてぇもんも変えらんねぇよ!!」
突進してくるのなら、迎え撃つまで。俺は無数の魔力玉を全て周囲に集め、迎撃状態に入る。その後、元利はニヤリと笑いながら両足に体重を乗せて地を蹴る体制をとる。
「……ふっ、その口吐けるのも今のうちだ!!」
目にも止まらぬ速さで元利が力強く地を蹴った。同時に俺は右手を正面に向けて無数の魔力玉に指示するように飛ばす。しかし、既に狙った場所には元利の姿は無い。
ヒュンヒュンヒュンッとジェット機顔負けの空を裂く音のみが四方八方から聞こえる。
「ちっ、俺と同じく魔力が無いから気配が読み取れねぇ!」
無理に飛ばしてもどの道斬られて終わる。それに『終無之剣』は身体の限界が訪れるまで放ち続けられる『無制限連撃』……敵になるととても厄介な技だ。その対策となるにはやはり、あの神速に等しい元利の速度に対応し、一撃必殺を決めるしかない。
「はぁ……かったるいな!」
魔力玉を全て手中に収め、巨大な一本の槍を精製する。更に左手で『闇糸剣』を五本の指から伸ばし、鞭のように振って元利がかかってくれるのを待つ。
「その程度のもので、俺を捕らえられるというのか!」
一方の元利は速度を緩めないどころか段々と速度を上げている。
「死ねっ……!」
風を斬る音。あの男から感じる僅かな禍々しい気配だけを頼りに、俺は左手に全意識を注いでひたすら探る。
「――そこかっ!!」
気配を捕らえてすぐに、左手の指から伸びる糸を振り払う。糸はちぎれ、凄まじい速さで回転しながら横一列に並んで飛んでいく。
これで剣を弾く音が聞こえたら奴の居場所が分かる……と思っていたが、何も聞こえない。
(避けられたっ……!? いや、あるいは……)
「――あるいは、『そもそも動いていないか』」
「っ――!?」
刹那、正面から元利が現れて魔剣を俺の心臓に突き刺した。
「まんまと騙されてたな、分身に」
あの周囲を飛んでいたのは分身……なのに本物は分身が動く前と全く同じ位置にいた。これはもう、剣を構えていた時には本物と分身が同化していたとしか考えられない。
だが、今更考察した所で何も変わらない。
「黙れ……せめて相討ちにしてやるよ」
今度は右手に全意識を集中させ、巨大な槍を投げるように右腕を振り下ろす。
「『闇堕之聖槍』」
巨大な槍が元利に向かって放たれる。だがそれは同時に俺自身に向かって放っているようなもの。用は自爆行為だ。
「っ……自分ごとあの槍に貫くつもりか!」
「おっと……逃がすかよ。兄弟仲良く地獄に落ちようぜ、兄貴」
必死に魔剣を振り下ろす元利の右腕を両腕で抑える。一秒でいい。僅かでも元利の動きを封じられれば……あの槍は必中する。
「地獄に落ちる……? はっ、何言ってるんだ。ここが地獄みてぇなもんだろ、俺達転生者にとってはな」
「は……?」
転生者。今俺の耳は元利がそう言ったと認識している。
「お前もそうなんだろ? 黒神大蛇……いや、厄災竜ヤマタノオロチ」
その名を聞いて、俺は完全に呼吸が止まった。あの男は俺が転生者という事どころか過去の俺の名前も知っているのだ。それも、一番最初の。
「……全部お見通しってことか。なら今更隠す事も無いだろう。そうだ、俺は転生者八岐大蛇。この不条理極まりない世界を変える男の名だ!!」
「厄災竜から一変、今度は世界の叛逆者と来たか。なら見せてみろよ。お前の『不条理極まりない世界を変える力』とやらを」
「言われなくとも……見せてやるよ!!」
抑えている元利の右腕から右手を離し、再度振りかぶる。だがそれと同時に左手だけでは元利の魔剣を抑えられずにそのまま魔剣が右脇腹の方へ滑るように抉った。
「っ――!」
ザシュッという嫌な音と感触が同時に感じ、更に痛みで歯を食いしばる。それでも槍を何としてでも元利に命中させるべく、更に右手に力を加える。
「おおああああああ!!!!」
必ず穿つ。ここで奴を確実仕留める。
……いや、誘拐犯やエレイナの行方についても知っていそうだから気絶程度に留めておくか。
いやでも、殺す気で行かなければこっちが殺られる。
「串刺しになる前に殺すっ……!」
俺の身体を元利の剣が青白い光を放ちながら容赦なく斬り裂いていく。
「ここでっ……終わらせるっ……!!」
力を振り絞り、強く右手で空気を掴む。刹那、槍が俺の胸部を貫通し、同時に元利の胸部をも貫いた。
「あがっ……ごふぉっ!」
互いに槍に刺されたまま地に倒された。槍が深く地面に突き刺さり、身動きが取れない。
「……ふっ、最後は結局根性戦かよ…………下らねぇな」
「言ってろ……この穢れきった運命変えるためならどんな手も使う覚悟だ…………」
ふと魔力が途絶え、巨大な槍が爆発するように消えていった。それでも二人は動く事無く、そのまま意識を失った。




