第二百二話「夢に眠る刀」
――また、夢を見ていた。こういう時は何故か必ず夢を見る。それも全て、同じような夢だ。
だが、今回は今までと全く違っていた。虚無に囲まれたかのような、孤独の夢。光も闇も無く、ただ視界を妨げる白い霧が俺を包む。
「……!」
刹那、門が開くように濃い霧が左右に逃げていく。その先には白い布でぐるぐる巻きにされた一本の刀剣が地面に突き刺さっていた。
「何だこれは……」
夢なのに、夢にいる心地がしない。あの刀を見ていると、何だか元々この地で生きているような感覚に陥ってしまう。そうじゃないのは百も承知だ。
「刀……なのか?」
そろりそろりと、刀の方へ近づいていく。周囲を見渡しながら敵の警戒をしながら足を進める。そして、刀がある場所へと辿り着いた。
(何か白い布で巻かれている……鞘が無いのか。それにしても何故こんな所にこんなものが……)
そう疑問に思って一瞬手に取ろうと思ったが、俺の脳がやめろと指示をして動きを止めた。
「……今これに触れたら、嫌な予感がしてならない」
誰のものかも分からない刀。もしかしたら盗まれる事の無いよう、予めあの刀に魔術を仕掛けてあるかもしれない。武器も魔力も無い今の俺では対処しきれない。最悪死ぬ事だってあり得なく無いのだ。
「今はともかく、あいつらの元へ……」
意識がある以上、亜玲澄達の無事を確認するのが最優先だ。またどこかの縁でこの刀とは会えるだろうと思い込み、刀の横を通り抜けようとした、その時だった。
【――抜かぬのか】
「はっ――!?」
どこからか、声がした。男の声だ。まだ近くに人がいたのか。
【阿保め、何処を見ている。俺はここだ】
「……ここだと言われても困る。何処にいるんだ。姿を見せろ!」
どれだけ声をかけられても、男の声は頭上からしか聞こえない。今ここに在るのは俺と地面に刺さった刀のみ……いや待て、まさか。
【そのまさかだ。目の前にある刀こそ、お前を呼ぶ男の姿だ】
「そんなの……ありかよ……」
何となく、あの刀の不自然さに違和感を感じていた。俺しかいないであろうこの世界に、ただぽつんと刺さってあるのだから。
だが普通取れる訳が無いだろ。誰の物かも分からないのに勝手に取って盗むなんてとても出来ない。
「……で、まずお前は何者なんだ」
【何者、か。言っておくが俺は刀だ。何者も何も無かろう】
「はぁ……そうだったな」
【何だそのため息は。期待していたのか】
「そもそも刀に何を期待するんだ」
【随分生意気な小僧だな……まぁ良い。ともかく時間がないから俺の話を聞け】
「……話とは何だ」
【――西暦2005年12月25日、お前の悲劇が再び訪れる】
「っ――!?」
それを聞いた途端、俺は息を詰まらせた。12月25日……クリスマス当日に訪れる悲劇。あの日は確か――
「――ヤマタノオロチが、エレイナを殺した日だ……」
【そうだ。今もまた、それと全く同じ悲劇が待ち受けている。これは薄っぺらい予知なのでは無く、確定した未来のようなものだ。お前にそれを回避する手段など無い】
「手段……? そんなものは元から必要無い。これまで通り俺のやり方で貫けば良い話だ」
これまでもそうだ。俺は幾度の任務を達成させる以前に、どうしたら仲間が死なずに任務遂行出来るのかを常に考えながら今日まで来た。だから今回訪れるであろう悲劇とやらも、俺や仲間の力で何とか乗り越えられるだろう。
……そう思った俺の矢先に無慈悲な言葉の一撃が放たれる。
【神器も魔力もない今のお前に何が出来る。今のお前では悲劇を変えるどころかより多くの仲間を失う事になる。つまり、調子に乗るなという事だ小僧】
「……」
完全に親に説教されてる子供の気分になってしまい、俺は俯いてしまう。
【だが幸福に思え。お前の前に俺が現れた今、その悲劇を変えられるかもしれないからな。無論、どういう末路を迎えるかはお前次第だがな】
調子に乗るなと怒られた上に自己アピールも喰らわされた。ふつふつと屈辱故の怒りというものを全身から感じ始め、我慢するべく両手を強く握る。
「……それでお前は何が言いたいんだ」
【俺がお前の悲劇を変える手助けをしてやろう。今すぐ俺をその手で抜け。文句なら後でしっかり聞いてやる】
「何を言って……」
【いいから抜け。ここには俺とお前しかいない。抜いたら後に分かる。俺が何者なのかも、この後訪れる悲劇に繋がる未来もな】
俺を抜けとしつこいので、今度は遠慮なく右手を刀の柄を掴む。
「――エレイナを死の宿命から救うためだ。お前の力を借りようと何だってしてやるさ……!!」
【良い意気込みだが、口だけになってくれるなよ? 『黒き英雄』――】
――瞬間、プツンッと意識が途切れた。視界が暗転する。また、身体の感覚が消えていく。
夢から、覚めていく――




