第二百一話「変わり果てた世界」
――救急車のサイレンの音が微かに聞こえる。事故でも起きたのだろうか。分からない。俺には分からない。確かに分かるのは、俺が死の崖っぷちにいるという事のみ。白く染まりかけた地面に身体を預け、眠るように意識を失う。また目覚めてはサイレンの音が耳に入り込む。
「――よし、この人で最後だ! かなり酷いな……慎重かつ迅速に運ぶぞ、せーのっ!!」
突然身体が浮く。すぐに別の地面に置かれ、走るように勝手に身体が平行に動く。同時に救急車の赤い光が強くなっていく。また掛け声と共に山を登るような感覚に陥った後、動きを止めた。
――それ以降の記憶は無い。
◇
北海道札幌市――
少しずつ雪が降ってきたこの地に、二人の男が立ち会った。全身を黒で覆い、仮面を被た男。もう一人は対極に白い衣服で身を包み、黒髪をなびかせる青年。その隣には天使のような淡栗の長髪に白い肌が際立つ一人の女性が立っていた。
「――約束通り、エレイナ・ヴィーナスはお前に引き渡す。これであんな下らん戦いを終わりにしてくれるんだろうな」
「ほう……これが『女神の末裔』か。話には聞いていたがやはり実物は格が違う……こいつは俺が持っていく。そして貴様との約束を果たそう、桐谷優羽汰」
仮面の男は優羽汰の左手を解き、エレイナを奪い取る。そしてそのまま人混みに紛れて消えた。
「北条の陰謀を終わらせるためなら、どんな手も使ってやるさ。全てはこの国のため。民を守るため。そして……あれを蘇らせるために」
◇
西暦2005年 11月3日 東京都足立区 地球防衛組織ネフティス本部――
白衣を羽織った銀髪の男とスーツを着た女性が誰もいないネフティス本部に足を踏み入れた。普段とは違い、ただ足音だけが響き渡るこの本部は何故か新鮮だった。
「――変わっちゃうんだね、ここも。生徒達が憧れていた英雄達も皆消えていくんだね……」
「正嗣総長がネフティスを辞めてから2日しか経ってないけど、やっぱりあの人がいてこそネフティスが陰から日本の治安や命を守っているって思い知らされるよ」
誰もいないモニター室を見つめながら、マヤネーン博士とミスリア先生が会話を重ねる。
今回のハロウィン戦争事件で、ネフティス総長桐谷正嗣は辞任、副総長の錦野蒼乃、この事件を引き起こした主犯でありネフティスNo.6の北条銀二は死亡。また、アルスタリア学園の生徒も半分以上が犠牲となり、こちらも責任を負われて学園自体が約2年に渡る閉校される事となった。
ネフティス史上最悪の結末を迎えた今、新たにネフティスメンバーが創られようとしていた。
「今年は閉校の事もあるから、急遽生徒全員をネフティス側に送らないといけないからこっちも大変でね……まぁ君の方が大変だろうけど」
「大変だけど、いち早く元に戻さないといけない。エレイナちゃんと優羽汰君の行方も分からないし、おまけに君の言うファウストやゼラート、数珠丸が政経の存在も気になる。この戦いが終わったとしても、まだネフティス自体の戦いは終わってないからね」
「へぇ……もうメンバーが4人も空いちゃったのかい? それは大きいねぇ。おまけに敵は多いと来た。これはもう大変ってレベルじゃ無いよねぇ。まぁでも、そこは君で補えるんじゃない? 『始祖の指輪』持ってるんでしょ?」
「…………」
……また一人、厄介な存在が増えた気がした。
 




