第百八十五話「鈴白の脅威」
最優先緊急任務:ネフティスNo.2錦野蒼乃と北条銀二の討伐及び『完全蘇生体』錦野智優美の討伐、死器『葬無冥殺之機神鈴白』の討伐
遂行者:錦野蒼乃、北条銀二を除くネフティス全メンバー
犠牲者:???
「すずしろ……」
こんなの勝てるわけない。渋谷はもう終わりだ。いや、日本に限らず世界壊滅はもう目の前だ――人はこの兵器を見た時、こう思う事だろう。無論、俺――黒神大蛇もその一人だ。ここが俺の終着点なのだと運命が耳元で囁いた気がした。
「行きますよ、鈴白」
「――!!!」
鈴白は悲鳴のような音をたてながら、両手を開く。そこから巨大なレーザーが放たれ、突き当たりまでの道を破壊した。俺も凪沙さんもレーザーが来る前にギリギリで避けたものの、今の一撃で足場が消えた。
「これ逃げるしかなくない?」
「俺もできればそうしたいですよ。ですが片方は鈴白が、もう片方の道は破壊されています。おまけにバイクも失ったので増援が来るまで耐える他ないですね」
「そんな……」
そう、これはもう死を宣告されているようなものなのだ。抗う術など無いし、二人ともこれでも相当のダメージを背負いながらここまで来ている。仮に万端の状態でも勝てないと分かるのに、この状態でどう勝てというのだ。本当に理不尽だ。
「――!!」
「ま、また来るの!?」
「ちっ!」
またレーザーが来る。どうせ今いるこの歩道も破壊されるのだ。このまま死ぬくらいなら、がむしゃらにこの運命に抗うしか道は無い。
「これに全てを賭けるしかねぇな……」
そう呟くと同時に俺は鈴白の正面に立ち、奴の注意を引きながら魔剣エリミネイトにありったけの魔力を籠める。それに応えるように黒い刀身が青白い光を纏った。その時、俺の耳元から何者かの声が聞こえた。
(助けて……)
「っ――!」
(少女の声……エレイナか? 芽依か? いや違う。なら一体誰なんだ……って、今はそんな事を考えている暇は無い!)
声の幻覚を気にしている俺の頭を左右に振り、全て忘れる。今は目の前にいる兵器に集中する。手のひらから再びレーザーが放たれたその時、俺は強く地を蹴る。
「どっちに転ぼうがもう構わねぇよっ!『終無之剣』!!」
この技はアースラの時も、ミスリア先生の時も、洗脳された正嗣総長の時も……俺の生死を分けるあらゆる場で放っては助けられた、最強の奥義。それにどんな兵器だとしても、俺の全てが尽きるまで永遠に続くこの技なら、いずれ倒せる。ここからは遥か遠くにある希望に行きつくまでの戦いだ。
「焼き尽くしてっ!」
「――!!!」
太陽に近い色の光線が迫る。それを『八之竜眼』で研ぎ澄まされたあらゆる感覚を駆使してレーザーの動きを読んでは躱す。
(次のレーザーは5秒後に来る。そして背後から智優美さんと北条っ!!)
「ちっ……!」
「動きを読まれたっ!?」
俺の感覚通り、後ろから北条と智優美さんが迫っていき、俺は一旦意識を二人に向ける。先に攻撃を仕掛けてきた智優美さんの左腕を掴み、力の限り投げ飛ばす。
「っ――!」
「そこだっ――!」
「くっ!!」
一息つく間もなく今度は北条の鎌が俺の首目掛けて振り払われる。間一髪で姿勢を低くとって避ける。直後に右足を軸に回転し、左足での回し蹴りを右頬に喰らわせる。
「ぐっ――!」
「終わりだ!」
ここはチャンスだと悟った刹那、その後ろで嫌な予感を感じた。
(あと1秒後、レーザーが来る。今すぐ避けろ!)
「くそっ!!」
あと一歩のところで鈴白が邪魔をしてくる。あの兵器さえ無かったら今北条を倒せたというのに。
「――!!!」
再びレーザーが放たれた。すぐに壊れ果てたビルの一角に逃げるが、レーザーの方向が俺のいる位置と異なっていた。
「は……?」
(機能不全になったのか。はたまた暴走したか。いや、違う。あっちの方向は……!)
「――凪沙さんっ!!」
まずい、しくじった。今放たれたレーザーの先には凪沙さんがいる。それに錦野ファミリー3人も凪沙さんに迫ってくるのが見える。
「死させねぇよ……せめて俺より先にはなっ!!」
レーザーは凪沙さんが避けてくれるのを願うとして、そこを突いて殺しにかかる北条達を止める事なら俺にもできる。先程の回し蹴りで右足首の痛みが更に強くなった気がするが、今は奴らを止めなければ。
俺は北条の背後を狙って再び走り出し、近くの崩れたビルに飛び移ってすぐ左足で思い切り蹴って速度を上げる。
「っ!? こっちにレーザーが来る!」
幸い、凪沙さんはレーザーが来ることに気づいた。しかし、その後ろには北条と智優美さん、それに相棒である蒼乃さんの姿が見えた。
「蒼乃ちゃん……どうしてっ……」
「ごめんなさい、凪沙さん。これは私の使命なのです。その邪魔をするのであれば、貴方にも死んでもらいます」
「……そっか」
(凪沙さん……?)
何やら凪沙さんの様子がおかしい。まるで全てを受け入れるかのような、諦めがついたような……現状を知った上での、何もかもが吹っ切れたかのような表情を浮かべていた。
(凪沙さん、まさか……)
そう予感した直後、凪沙さんは蒼乃さんに微笑みかけながら言った。
「いいよ、殺しても。だって私は蒼乃ちゃんの相棒だもん。相棒のしたいことを命に代えてでも叶えてあげるのも一つの任務だもんね」
「っ――!!」
やっぱり、そうだと思った。でも気持ちは分からなくもない。俺だって仲間を守るためにこの命を賭けているのだから。何より凪沙さんにとって、蒼乃さんはかけがえのない相棒であり、親友に近い存在だ。その深い絆があるからこそ、凪沙さんは命を差し出す覚悟を決めた。
「それに、今生きててもどの道あの化け物にやられるだけだからね。あの兵器に殺されるくらいなら、私は蒼乃ちゃんに殺される方がいいな。むしろ、それが叶うなら本望だよ」
「凪沙さん……」
「くそっ……何言ってんだ凪沙さんっ! 早く避けろ!!」
必死に凪沙さんに訴えかけようとするも、北条が俺の行く道を阻む。
「おとなしくすることすら出来ないのかね」
「黙れジジイっ……ぐずぐずしてる暇なんかねぇんだよこっちは!!」
北条の鎌を必死に受け止めるも、中々前に進めない。これじゃ凪沙さんは殺される。早く蒼乃さんを止めないと。
(凪沙さんが殺されるまであと4秒だ――)
「くっそぉぉぉぉぉおおお!!!!」
俺はやけくそに北条に向けて剣を振る。その全てが鎌と短剣で防げられ、剣を速さも落ちていく。
――そして、宿命の時は刻一刻と迫っていく。
(また俺は見殺しにするのか……アレスが死んだ、あの遊園地の時のように!)
「もういい……最後の足掻きだっ!!!」
そう覚悟を決めた俺は魔剣を両手で握り、北条の鎌を全身を使って思い切り弾き飛ばす。直後右手で剣を逆手に持ち、ありったけの力で蒼乃さん目掛けて投げる。
(あと2秒だぞ――!)
「おぁぁぁぁああああああ!!!!!」
左胸から鮮血を吹き出しながら投げられたエリミネイトは勢いよく風を斬り裂きながら蒼乃さんの背後を奇襲する。
「っ――!」
蒼乃さんはすぐさまそれに気づき、身体を左にずらして避ける。剛速球のように滑空する剣は崩れ落ちた店の看板に派手な音を鳴らしながら地面に突き刺さった。そして俺は一瞬生まれた蒼乃さんの隙を逃さないよう、凪沙さんと蒼乃さんの間に入り込むように身を乗り出す。
「大蛇君っ……!」
「邪魔です――!」
「そりゃこっちの台詞だ裏切り者めっ!」
凪沙さんの前に着地し、頭上で氷の銃を構える蒼乃さんを睨む。そして右手を翳し、指を鳴らす。
「『禁忌逆式』……!」
「――!!」
俺が逆式を発動させたと同時に、正面と左から2つのレーザーが交差した。
「大蛇く――!!」
凪沙さんの声が途中で途切れ、代わりに全てを破壊する光線の二重音が俺の両耳で奏で合った。




