第百六十四話「悪夢は終わらない」
緊急任務:ネフティスNo.6北条銀二の討伐、地球防衛組織ネフティスを北条の支配から奪還する、謎の少女ピコとマコの討伐
遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、武刀正義、エレイナ・ヴィーナス、涼宮凪沙、サーシェス、ミスリア、アルスタリア高等学院全生徒
犠牲者:???
時は未だ深夜。雲一つ無い渋谷の空に悪魔を斬る轟音が鳴り響いた。同時に二人の少女の首が月の光に照らされ、鮮血を噴き出しながら地面に転がっていく。
「はぁ、はぁ……ぐぁっ………!」
二つの技を組み合わせたオリジナル連撃を繰り出し続けたからか、力が抜けると同時に身体が自然と地面になだれ落ちるように倒れる。
「はぁ、はぁ……大蛇、君っ……!」
突然倒れた俺に駆けつけようとした羽衣音も一歩踏み出したと同時に両膝を突く。紗切も立ち上がろうと刀を地面に突き立てながら懸命に両足を踏み込む。
もう皆、ピコとマコ……そして互いの戦闘によって満身創痍の状態だ。今日はもうとても戦えるような状況ではない。だが、俺の運命を狂わせた元凶はこの手で葬った。これであの遊園地が現れる事はもうない。死の運命から抜け出せたのだ。
「任務……完了、だっ……」
――しかし、運命の歯車が止まる事は決して無かった。
「やぁ……この子たちを倒すとは大したものだな、大蛇君」
「っ――!?」
左からコツコツと革靴の音を立てながら俺に近づいてくる。視界に僅かに見える白衣、後ろに揺れる銀の長髪、それを目立たせるかのような白い肌。そして、微かに香る煙草の匂い。
「嘘、だろ……何で、お前がここに……」
「わざわざこの渋谷の静かな一角に来てやったのだ。少しは感謝したまえ」
そう言って、白衣の男は仰向けに倒れる俺の目の前に立ち、勢いよく右手を伸ばして空気を掴んだ。
「あがっ……!!?」
「「っ……!?」」
刹那、身体が宙に浮き、首が締め付けられる。
「ようやくこの時が来たよ……我が愛人を殺めた君への復讐の時がっ!!」
「ぁ……ぁぁ……!」
愛人……? 俺が殺した愛人? 何を言っているんだ。俺が鮮明に覚えてる中で過去に殺した人なんて…………
――いや、まさかな。そんな事があり得るというのか。
しかし、その俺の嫌な予感はすぐに明白となった。
「君が殺した……錦野智優美は私の妻だった!」
「っ……!!」
「あの時何度も彼女に問うたのだ。何故君を……あの男を生かしておいたのかと! 私は最初から分かっていたよ。君が過去にどれほど多くの命を葬り、国を……世界を焼き尽くしてきた事か! その生まれ変わりと確信しただけでも全身の震えが止まらなかったっ……いつか裏切って、ネフティスごと今の日本を地獄に変えてしまうのではとっ!!」
また、首を絞める力が強くなる。刹那、ゴキッと鈍い音が直接脳に響いた。首の骨が折れた。俺の首がより絞めつけられ、頭が重力で後ろに倒れる。
「がっ……はぁ……」
「大蛇、君っ……!!」
「君が存在していなければ……本来私は智優美と娘の蒼乃と共に平穏な日々を暮らせたはずだった!! だが君はっ……己の宿命に抗うと同時に私達家族の運命を不条理に捻じ曲げた! 歪ませた!! 君がこの子たちを……私を殺すのと同じように、私には君を殺さなければこの運命は変えられないのだっ!!」
「…………」
……やはり、そうだったのか。だからあの時、俺をあの結界の中に入れて封印したのか。そしてそのまま朽ちるまで永遠に幽閉され、やがて命の花を枯らす。いや、そもそも最初から……俺がこの地に生まれた時から企てていたのだろう。全ては俺を、殺すために。
それが北条なりの、己の運命の抗い方なのだ。
「『空操魔術』……」
それにしても驚いた。まさかあの北条と智優美さんがそれほど深い関係にあったとは。それに蒼乃さんも、北条の血を僅かながら引いているということか。どうりでこのハロウィン戦争で北条側についたわけだ。凪沙先輩を敵にしてでも、愛する家族を裏切る事は出来なかった。あぁ見えて、蒼乃さんには家族を裏切る度胸が無かった。
……そうだろ? 蒼乃さん。
「『圧空絞殺』!」
「うぐっ……かぁっ……!!」
北条は目の前で雑巾を縦に絞るかのような動作をしたと同時に俺の全身が正に雑巾のように絞めつけられた。全細胞から痛覚のサインが鳴り響く。危険な意味での脳汁も物理的に溢れ出そうだ。
「っ……!!!」
捻り揚げの如くねじ曲がった右腕を動かし、懸命に人差し指を伸ばす。指先に魔力を籠め、黒い光が瞬き出す。
「ふっ……最後の足掻きってとこか。だが君の運命のレールは撤去した! この憎悪と共に……地獄の果てまで堕ちるがいい!」
「黙れっ……『黒光無象』」
これが命中すれば……いくら北条とて無傷ではいられないはずっ……!?
「……馬鹿が丸見えだな。私をただの魔術使いだと思ってくれれば困る!『天戮之斬鉾』」
瞬間、一突き。俺の禁忌魔法が放たれる前に北条の左手から現れた短剣の刀身が禁忌を突き破り、俺の胸部を貫いた。そして……
「おおおおおおお!!!!!!」
顎めがけて振り上げたり、俺の至る所に切り傷をつけ、短剣と同レベルの神器を軽々と振り回す。とても見た目からは想像出来ないほどの身体能力と速度で絞りきった俺の身体を斬り刻んでいく。
……あぁ、そうか。宿命の叛逆者は俺だけじゃねぇって事か。つまりお互い復讐者でありながらも復讐の対象者ってやつか。皮肉めいた話だ。
「『天穂日滅』」
「…………」
爆発するように鮮血が飛び散る。痛みもなく、ただ身体の中を巡っていた何かが失われる感覚しか味わえなかった。
北条の白衣が、短剣が俺の真っ赤な血で染まる。ねじ曲がったまま無数に分断された俺の身体はそのまま地面に転がった。周囲には血の池が広がっている。
――またか。また意識が……って、もうとっくに視界は真っ暗になっていた。きっと北条は俺の無様な姿を憐れみながら見下すように眺めてるのだろう。だがそれならそれでいい。
あとは俺の仲間が……俺の代わりにお前を殺してくれるだろう。
この後は、あいつらに全てを託すとしよう――




