第百三十二話「死器を閉ざす結界」
あぁ、またか。もう何度目になるのだろうか。これは一体何なのか。さっきの正嗣総長の攻撃の痛みも残っている。夢に近い現実。いや、夢と現実の狭間と言うべきか。言ったとしても結局俺自身でもよく分からない。
気づけばこんな馬鹿な事ばかり考えていた。今まで俺がしてきた事が無意味になったような気がした。何のために生きているかも、自分でもよく分からなくなってきた。
――やっぱり、人間……概念如きでは運命などに打ち勝つ以前に抗う事すらも出来ないのか。死ねと言われたら死ぬしか無いのだろうか。
俺――黒神大蛇は、ただずっとこの事を考えていた。
◇
西暦2005年8月10日 長崎県長崎市――
私――涼宮凪沙は長崎市にある病院に着いた。その病院は、ネフティスNo.6北条銀二が『死器』を取り込んだ大蛇君を眠らせた場所でもある。
「待っててね……大蛇君」
建物自体は普通の病院だ。だがとてつもなく禍々しい気配が入る前から感じ、両足が震える。でもこうしている内にも大蛇君は今も苦しんでいるはすだ――
今から約7時間前、ネフティス本部――
私は長崎へ向かうためにネフティスを出ようとした寸前、博士に呼び止められた。そこで博士から知りもしない言葉が放たれた。
「廻獄結界?」
「うん。それは『死器捕獲用』の神器だよ。対象となる死器、あるいは死器を取り込んだ肉体を強制的に破壊不可の結界に閉じ込める。結界自体に攻撃力が無い代わりに一つの事に特化された特殊なものなんだ」
「それで大蛇君は殺されるの……?」
「恐らく北条は様々なものと組み合わせて殺すだろうね」
「……」
廻獄結界……ただでさえ恐ろしい神器なのに、加えて追い打ちをかけるとなると、流石の大蛇君と言えど致命傷は避けられない。
「それを壊す方法ってないの?」
その質問にマヤネーン博士は大きく首を振った。分かってはいたけど、それでもこのまま見殺しにするのは嫌だ。
「今長崎に向かったところで、大蛇君が助かってるかどうか……」
半分諦めかけている博士に、私は本心で思った事をそのまま言葉にしてぶつけるように叫んだ。
「そんなの行ってみないと分かんないよ! 仮に助からなかったとしても、ここで見殺しなんて絶対嫌だ!!」
「凪沙ちゃん……」
何が廻獄結界だ。何が北条銀二だ。何が運命だ。未来なんて誰にも分からないではないか。でも、このまま仲間を見捨てるのだけは同じネフティスメンバーとしての私のプライドが許さなかった。
「……行ってくるね、博士。絶対助けるから」
「……」
まるで子供のわがままを聞くかのような顔をしながらため息を吐く博士に、そっとそれだけを呟いた。
そして私は長崎へと向かった――
◇
「――よし、行こう」
一つ深呼吸を入れ、私は病院の中へと足を踏み込んだ。重い扉を開け、中に入ってもそこにはただ受付に待合室があるだけで、一見普通の病院にしか見えない。
「ん〜、普通の病院だよな……」
キョロキョロと辺りを歩き回っていると、直後、一筋の閃光が全身を過った。
「――!!」
これは間違いない、魔力の気配。それも禁忌魔法と同等のものだ。
「2階からだね……!」
右足で床を強く蹴り、一気に2階まで飛んだ私は自分の直感を頼りに走りながら気配を探る。しかし、探している最中にその気配が消え去った。
「えっ……?」
どういう状況か分からなくなった最中、右ポケットに入っている携帯電話が鳴り出した。博士からの着信を確認し、電話をかける。
「もしもし博士〜?」
『凪沙ちゃん、大変だ! 大蛇君が総長に殺された!』
「えっ、ちょ、それどういう事!?」
『落ち着いて聞いてくれ、今大蛇君は予測通り結界の中に閉じ込められている。そして彼は恐らく上位クラスの睡眠魔法、あるいは禁忌魔法を喰らっていると見て良い』
「そんな……」
顔に焦りの色が滲み出てきた。焦っている事すら気にせずに私は看護師達を避けながら必死に大蛇君を探す。
『それと、これらを踏まえて一つ分かった事が……』
「待って博士、大蛇君がいる部屋見つけた!!」
部屋の前に『黒神』と手書きで書かれた名札が刺さっている。間違いない、この部屋だ。
分かった瞬間、私は扉を開いて大蛇君の場所を確認する。
「大蛇……君……?」
しかし、そこには彼の姿は無かった。その代わり、ベッドをも覆い尽くす程の黒いキューブ型の物体があった。
「これが……廻獄結界……っ!?」
『凪沙ちゃん! 聞こえるかい、凪沙ちゃん!!』
あまりに想像だにしなかった状況に電話越しの博士の声が耳を通らなかった。
でも、これを壊せば大蛇君が助かる……!
その期待と結界から放たれる恐怖が私の心を揺さぶっていた――




