第百三十一話「運命の行き着く先」
――意識が途切れた。氷の弾丸と俺の剣が衝突して魔力爆発を起こしたと同時にプツンッと糸が途切れたように視界が暗転したのだ。
それにしても、何故蒼乃さんは今更智優美さんの事で俺に銃口を向けたのだろうか。シンデレラ宮殿での任務の際には蒼乃さんが俺に『お母さんの事を大事に思ってくれてありがとう』と言ってくれたはずだ。それが何でこんな事になったのか。
「夢死誘眠」
ふと、最後に北条の口から放たれた言葉を思い出す。あれを聞いた後すぐに眠らされた。そして気づけばベッドの上にいて、廊下を歩いてるところを蒼乃さんに殺されかけた。
今考えればあまりにも不自然だ。何故長崎の病院に突如として蒼乃さんが現れたのか。本当にこれは現実なのだろうか。夢なのか。全く分からない。もし夢だと分かるなら剣を心臓に突き刺して死んで、夢から覚ます事が出来るが、それが分からない以上無闇に死ぬことなんて出来ない。このまま未知なる道を突き進むしか無いのか。
どっちにしろ早くしないと取り返しのつかない事になる。死器というのがネフティス上に広まれば、今回のような事が再び起こりかねない。早く、早く目覚めなければ――
「はっ――!?」
目を覚ました刹那、俺の目の前に紫のオーラを纏った刀の切っ先が向けられていた。その奥を見つめると、信じられない事にそこには正嗣総長の姿があった。
「北条君から話は聞かせてもらった。君にはここで引導を渡してもらおう」
「総長……何故貴方が……」
まさか、もうネフティスに広まったというのか。だとしても一瞬すぎないか? それとも北条の情報拡散力が凄まじいのか?
それよりも、この状況を何とかせねば。今でさえ死ぬ瀬戸際まで来ている。助けを呼ぶか? それとも戦うか?
「くっ……」
身体に魔力が流れてこない。魔力切れだ。これでは神器召喚どころか魔法すら唱えられない。
枯渇しきった俺の心臓めがけて正嗣総長は刀を逆手に持ち、頭上に振りかぶる。総長はただ敵の骸を見るかのように無慈悲な顔をしていた。怒りどころか感情すら消え去っていた。
「……さらばだ、大蛇君」
ただそれだけを俺に告げ、一刺し。ザシュッという嫌な音と同時に耐えきれないような痛みが左胸に生じた。
「あがっ……ぁぁぁあああ!!!」
痛い。苦しい。辛い。憎い。あらゆる負の感情が全身を駆け巡って鮮血となって宙を舞う。赤い絨毯に真紅の血が滲み、更に赤みを増していく。
しかし、痛みに耐えているのも束の間だった。突如何かが刀によって吸収されていく。
「っ――」
もう痛みに声を上げる事も出来ない程全身が脱力してしまった。魔力諸共生命力を奪われた。全身が働かない。細胞の一つ一つが死んでいったかのようだ。見開いた目はただ無慈悲な正嗣総長の顔をじっと見つめたままだった。
「――せめて、ゆっくり眠るといい。これでもかつての君はネフティスの英雄だったのだからな。その栄誉は讃えなければ」
そっと左手で両目が閉ざされる。視界が一気に真っ暗になった。正嗣総長は刀を心臓から引き抜き、刀身に付いた血を振り払い、背中の鞘に収める。そして俺の顔を見もせずに立ち去った。
「大蛇……君……」
屍と化した俺の姿を見て、突如入ってきた少女はすぐに駆け寄る。
「ねぇ、しっかりして! ねぇってば!!」
二度と口を開くことのない俺に少女――エレイナは両目から大粒の涙をポロポロと溢しながら必死に俺の身体を揺らす。
「ねぇ……起きてよ……目覚ましてよおおおっ!!!!」
冷めきった俺の身体を強く抱きしめながら、少女は泣いた。
「何でっ……何で私はいつもこうなの!? どんな時も私が愛した人は皆殺されてっ! 未来を残したまま死んじゃって!! お兄ちゃんも正義君も皆ネフティスに殺されてっ……狂ってるよ、この世界は狂ってるよっ!! 残酷にも程があるよおおおっ!!!」
悲しみ、怒り、憎悪、絶望。あらゆる感情が少女を蝕む。それが具現化したかのように、少女の足元から黒い帯のようなものが生えてはそのまま包みこんだ。
「あっ……ああああああ!!!!」
この闇は深い愛故。愛すべき人、信じた仲間を殺された事への憎しみの権化。百合の如く美しき花は闇に墜ち、黒に染まる。
「滅ぼすわ……私から愛を奪った、この世界を滅ぼすわ」
プツンッ――――
また、意識が途切れた。もういつになったら夢から覚めるのだろうか。
もう嫌になる。早くこの無限地獄から抜け出したい。
愛する者の温もりを、忘れない内に――




