第百二十六話「後悔」
禁忌魔法が解け、黒く塗られた世界が四散する。全身から突き出る黒剣に歯を食いしばりながら、俺は何とか踏みとどまる。
「ぐっ……」
どの道死ぬなら、己の禁忌魔法を自ら喰らってでも蒼乃さんに真実を伝えたかった。これで少しは伝わっただろうか。その後どうするかはもう運命に任せる。殺しても、見逃してもいい。
「『禁忌天変』」
唱えてすぐ四散した黒光無象が黒い波動と化して俺の身体に取り込まれていく。そのまま魔力が放出されないように全身の力を抜く。
本来この『禁忌天変』は、対象にあえて自分の魔力を取り込ませ、異物の除去や魔力の強奪をするための魔法だ。水星でトリトン王の暴走を沈めた時にもこの魔法を使っている。
だが、わざと途中でキャンセルする事で魔力が取り込まれてもすぐ空中に抜ける事を防ぐ事が出来る。要するに魔力が外に逃げる前に閉じ込めておくのだ。
「……ふぅ」
キャンセルした分肉体的に負担がかかるが、魔力で回復しているので実質プラマイ0だ。しかし身体の方はもう限界に近い。今すぐにでも倒れてしまいそうになる。
目の前に上を見上げる蒼乃さんの姿が見え、何とか近づこうと歩く。だが、蒼乃さんは周囲を見ても俺に気づきもしない。これは一体何なんだろうか。
「お母さん……だからあの時、帰るの遅れるって言ってたんですねっ……何で私に、家族に言わなかったんですかっ!
確かに大蛇さんに取り憑いてたあれはとても悪魔なんてものでは比較出来ない程恐ろしいものでしたけど、それでも他に方法があったじゃないですか! なのにどうしてっ……どうしてこんな無茶をしたんですか!!」
「蒼乃……さん…………」
きっと今の蒼乃さんには周りなんて見えてない。見えるわけがない。理由は至って単純、真実に気づき、遺言すら残さなかった母親を助けられなかった後悔に苦しんでいるのだ。もちろん相当昔の話なのだから蒼乃さんの当時の年齢ではこんな事なんて一ミリも考えついていない。
「お母さんはいつも大蛇さんの話ばっかりして……口を開けばすぐにその話ばかりでした。それだけ大蛇さんが大切だったのでしょう。ペアの凪沙さんや優羽汰さん、総長も同じ仲間として接していましたよ。
ですがお母さんが大切にしてきた大蛇さんは今地球をも滅ぼしかねない危険な存在になってるんですっ! あの時ネフティス全員で大蛇さんを殺していれば……お母さんは助かってた!!!」
突如蒼乃さんは俺に銃口を向け、何発も撃ちまくる。俺は動く事も出来ずに全弾命中する。
「大蛇さんがお母さんを殺してないのは分かりました。それに関しては誤解してしまい申し訳無いと思っています。
ですが、それと死器は別の話です。人々が死器の恐怖に陥っている以上、貴方を殺す義務が私にはあります!」
「っ――!!」
あぁ、本気だ。本気で俺を殺すんだ。それが真実を見た上での、蒼乃さんが出した答え。
――ならいい。俺も俺らしく、死神を演じてやる。
「……『死器解放』」
胸部から右肩、そして右手の指先にまで魔力が電子回路のような模様を描きながら通り抜けていく。手元に魔剣の形を具現化させ、手に収まる。
「これが……死器……!!」
青白いオーラを纏う刀状の漆黒の刀身。俺の神器反命剣と死器殺歪剣が一つに合わさったかのようなそれは、正に今の俺の全てが形になって現れている。
初めて見る死器にも関わらず、蒼乃はびくともせずに氷の弾丸を撃ちまくる。その全てを直接喰らいながらも、右手の動きは止めない。剣をそのまま頭上に掲げた刹那、青白い光が激しく燃え上がるように刀身を覆い尽くす。
「ここで賭けるしか……無いようですね!」
「……殺せるものなら殺してみろ、蒼乃さん!!」
互いに全ての魔力をこの一撃に乗せる。人々の危機から守るために。あるいは歪んだ夢から目を覚ますために。
ついに、それぞれの思いを込めた一撃がぶつかり合う――
「――――――――!!!!!」
声にならない声。音にならない音。そして相反なる魔力の衝突。ただ聞こえるは世界が崩れ散る音だけ――




