第百二十二話「目覚めからの悪夢」
西暦2005年 長崎県佐世保市――
魔剣エリミネイトをこの身体に取り込み、生徒会役員3人をリタイアさせる事に成功した俺達は、次第に戦闘不能によるリタイアとなった。結局は相討ちということだ。むしろ生きているだけでも奇跡みたいなものだ。
はぁ……結局俺もリタイアか。恐らくあの場にいた全員そうだろうな。ロスト・ゼロ作戦は一体どうなるのだろうか。ミスリア先生とエレイナで残りの生徒を何とか出来るのだろうか。
だが生憎俺の身体はもう動かない。ただこうして心配しては無事に作戦が成功する事を祈るしか無い。
「うっ……」
真っ暗な視界が徐々に白くなり、天井に張り付くタイルの線が徐々に見えてくる。その後に首から下にかけて布団による暖かさを感じる。
そうか……俺は今まで眠っていたのか。たった一人、この病室で。
「……目覚めたか」
「お、お前は……」
長めの銀髪に雪のように白い肌、そして黒く光る獲物を捕らえるかのような瞳。そして白衣を身に纏う男が目の前に現れた。俺よりも年は上……近いところでいうと博士と同じくらいだろうか。
突如見舞いに来た男を誰か分からぬまま、再び喋りだす。
「私はネフティスNo.6の北条だ。突然だが、君達を強制的にリタイアさせるよう学校側に言っておいた。その怪我でこれ以上戦えないだろう」
「あ……えっと……」
おい待て。この白衣の男があの北条銀二か。優羽汰やベディヴィエルからの話でしか聞かなかったが、俺が思っていたのと全然違う。もっとこう、裏で何かを企んでいるような人かと思っていたが、人の心は多少なりともあるようだ。
「礼はいらない。これでも君はネフティスの一員だからね……」
「は、はぁ……」
どう答えたらいいかも分からず、とりあえず反応するしかない。それを気にもせずに、北条は目の前の窓から長崎の街並みを眺めながら話し続ける。
「……だが、それも今日までだ」
「……は?」
いきなり何を言っているんだこの男は。『今日まで』とは一体どういう事なんだ。
俺の心の中を読むかのように、北条はこちらを向きながらその事について口を開いた。
「今君の身体には死器と呼ばれる、何よりも強大な禁忌が取り込まれている。当然我々ネフティスとしてもこの血祭り以上に放っておけない程に危険な神器だ」
「なっ……!?」
死器……聞き覚えの無い言葉だ。
「死器は古から伝わる、現存する悪魔の武器。様々な力を犠牲にする代わりに神器解放並の力を本領発揮以前に発動する事が出来る。だがそれ故に使用者もろとも死器が暴走し、国や世界をあっという間に壊しかねない」
「……要は禁忌魔法の武器バージョンということか」
「その解釈で構わない。しかし、あの『常夏の血祭り』で君はその死器を身体に取り込んだ。それも最強の死器……『殺歪剣』をな。今の時点で我々ネフティス側からしたら、君自身も死器という扱いになる」
待て待て、意味が分からない。そもそも死器なんて言葉……博士からも総長からも何一つ聞かされていない。あの男から初めてその単語を耳にしたというのに、何故か既にネフティスがその存在を知っているような話し方をしている。
やっぱりさっきのは取り消しだ。こいつは何かしら裏で企んでいる。死器なんていう架空の言葉を口実に、ネフティスを翻弄して俺を殺す気だろう。
「はぁ……悪いがこっちは今起きたばかりだ。あんたの言ってる事など2割も分からん。
何が死器だ、何がネフティスも放っておけない危険な神器だ。危険なら何故ネフティス養成学校であるアルスタリアの校内に存在してあった? どの道戯言言うのも程々にした方がいいぞ、ネフティスNo.6」
「英雄とはつくづく生意気なものだな。そもそも今のお前は英雄ではなく死神だ。本来これ以上生かしてはいけない存在と化したのだ。これ以上お前に説明する義理もない」
あぁそうかよっと言葉にするかのように俺は右手で軽く振り払う。その後、何故か北条の右手が突然真紅色に染まる。同じ病室の人達は逃げたり布団にくるまったりと慌てふためいている。
「何をする気だ……北条!」
「……英雄もどきの死神に分からせなければな。本物の英雄というものを。人を救うだけが英雄ではない。あらゆるものを支配し、全てを統べる力を持つ者こそが真の英雄だっ!!」
――その刹那、目の前が真っ赤な光に包まれる。全てを焼き尽くすかのように。脳から意識が途切れる。身体の感覚が失われていく。
「夢死誘眠」
全てが、消えていく――
 




