第8話 楽しいデートがしたい!
それからというもの、ミリアとエディはデートを数回重ねた。
「さあミリア姫、今日も楽しくデートをしよう」
「はい、エディ様」
「今日は天気がいいね。日の光を浴びながら、二人で並んで歩こう」
「本当ですね。太陽も私たちを祝福してくれているみたい」
デートといっても、大勢の兵と従者を伴ったいたって形式的なものである。
自由時間どころか、自由に話すことすら認められていない。これらの会話もほとんど台本通りといってよい。
なにしろ異国人同士、なにが失言になるか分かったものではないからだ。
言うまでもなく、触手ダンスなんて絶対に許されない。披露するな、と固く言われている。
プラン王国の名所を巡る。商業都市バルゴ、ハイフーン遺跡、レッカ花畑……。
リナート王国の名所を巡る。大都市ミュース、ボルドーの滝、古城マイオス……。
しかし、何も楽しくない。何の感想も抱けない。
このまま無味乾燥なデートを繰り返し、お互いのこともよく分からないまま、自分たちは結婚しなければならないのか。
ミリアは思った。
エディともっと親密なデートをしたい。二人きりでデートをしたいと――
だったら……こういう時は師匠に相談だ!
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「……というわけなんです」
無理難題と分かっていた。
だが、師匠はあっさりとこう返した。
「すればいいじゃないか、デート」
「へ?」
あまりにもあっさりだったので、かえってミリアは困惑してしまう。
「だって私たち、仮にも姫と王子ですよ?」
「相手のエディとかいう王子に手紙でも出せばいい」
「プライベートでデートしたいってですか? 無理ですよ、お手紙も中身をチェックされちゃうんです。私が変なことを書かないようにって」
理路整然と、師匠の計画をダメ出しする。
すると、師匠はあざけるようにうねった。
「昔のお前だったらそれでも諦めなかったと思うがな。俺に弟子入りした時の粘り強さはどこにいった?」
「うっ……!」
「頭を柔らかくして考えてみろ。ただ手紙を送るだけじゃ無理なら、どうすればいい?」
「ただじゃない手紙の送り方をする……」
「そういうことだ」
――シュルルッ!
師匠は近くの木から果実を獲った。よく熟しており、つややかな赤色をしている。
「あ、どうも。ありがとうございます。いただきます」
「なにを言ってる。お前にごちそうするために獲ったんじゃない」
照れるミリア。
「これを使え」
「分かりました! 果物で検閲係を買収ですね!」
「どうしてそうなる! 頭を柔らかくしすぎだ!」
また照れるミリア。
「果汁を使った炙り出しという手がある」
「あ……!」
「果汁で文字を描き、ペンで書く文章にそれとなく隠しメッセージがあるとほのめかしておく。これなら秘密のメッセージも届けられるんじゃないか?
古典的な手法だが、検閲する奴もまさかお前が炙り出しで手紙を書くとは思わんだろうしな」
「たしかに! 私なら絶対思い浮かびませんし!」
「だろう」
「ありがとうございます、師匠。私……炙り出し、やってみます!」
その日の夜、さっそくミリアはエディに手紙を書いた。
表立った内容は、「あなたを愛してます」だの「デート楽しかったです」だのの形式ばったもの。
そして、果汁で「あなたと二人きりでデートしたいんです。いい方法はないでしょうか」と書いた。
一応ヒントとして「あなたのあぶるような愛を我が身に受けて光栄です」という不自然極まりない一文を添えた。
しかし、手紙は果汁の文字が気づかれることなく、リナートに送られていった。
あとはエディが気づくかどうか、だが……。
**********
数日後、エディから返事が届いた。
ドキドキしながら封を開くミリア。
手紙の異変にすぐに気づいた。
「炙り出しになってる!」
さっそく炙り出しをチェックするミリア。気になる内容は――
「デートのお誘い、どうもありがとう。
僕としてもミリア姫とはもっと楽しいデートをしたかった。
影武者に頼めば、一日ぐらいは城を抜け出し、プラン王国に向かえると思う。
来月の10日はどうだろう?」
エディはミリアの想いに気づいた。しかも具体的に計画まで立ててくれた。
やはり彼は、兄が言うような軟弱者などではない。
「通じた~! 嬉しい~!」
未来の旦那の頼もしさを知り、思わずベッドの上でうねってしまうミリアであった。
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ミリアは大喜びで師匠に報告した。
「これも師匠のおかげですよ! 二人で楽しくデートできます! 炙り出しってすごいですねー!」
喜ぶミリアとは対照的に、師匠は神妙にうねる。
「しかし……気をつけねばならんぞ」
「え?」
「プランとリナートの同盟……快く思ってない国は多い」
「それぐらい私でも分かってますよ」
「だとして、それを潰すために最も効果的な方法はなんだ? お前とエディという王子に消えてもらうことだ」
「……!」
ミリアは「まさか……」とつぶやく。
「世界を甘く見るな。野望や謀略といった邪悪で巨大な触手がうねっている。プランやリナートにだってスパイは潜んでるはずだ。
そんな連中にとって、王子と姫がお忍びデートなど、まさに触手の前に獲物を差し出すようなものだ」
「そうですね……」
「俺はデートを勧めはしたが、かなり危険なものになる。覚悟しておけ」
「はい……!」
お忍びなのだから兵士たちには頼れない。かといって無防備でデートをするわけにはいかない。
「となると、打つ手は一つしかないな」
「なんでしょう」
「お前には……頼れる兄がいるじゃないか」
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お忍びデートを成功させるには、兄に頼るしかない。
しかし、不安もあった。エディを快く思っていないミルドに相談しても、素直に引き受けてくれるかは分からない。
「あいつとデートぉ? ふざけるな!」
などと返される恐れもあった。
――が、それは杞憂だった。
「あいつとデートぉ? いいじゃないか!」
「え、いいの?」
「いいも何も、俺は大賛成だ。あんな大勢で決まったところを歩くデートなんかなーんも楽しくないだろ!」
ミルドも、ミリアが公式デートを全く楽しんでいないのは察していたようだ。
お兄様のくせに……と内心つぶやく。
「それにしてもあのエディとかいうやつ……影武者使ってまで、プランに一人で来るなんてなかなか度胸あるじゃないか。ちょっと見くびってたか」
エディを認めるような発言まで飛び出た。
「でしょ! 彼は軟弱者なんかじゃないのよ!」
「そこまでは言ってないけどな。俺はまだ認めてねえ」
やれやれ、この兄は……と呆れてしまう。
「とにかく当日の警護は任せておけ! 俺ら王子部隊が全力で、お前とリナートの王子を邪魔しないように守ってやるから!」
「ありがとう、お兄様!」
頼もしい警護役ができた。兄と王子部隊がいれば当日は安心だろう。ミリアは胸を撫で下ろした。