第7話 隣国リナートとの同盟
風が涼しい季節となった。ミリアが師匠と出会ってから、半年の月日が流れていた。
父と母がミリアを呼び出す。
娘の触手化を認めるほど温厚で寛容な両親であるが、いつになく真面目な雰囲気だ。
「ミリアよ」
「はい」
「隣国リナート王国との同盟がほぼ正式に決まりそうだ」
「ホントですか!?」
めでたい話題である。
プラン王国は東の隣国リナートとは、長年つかず離れずの関係だった。
仲が悪い……というわけではないが、隣同士なので様々な利害がぶつかり合い、なかなか手を取り合ってというわけにはいかなかった。
それがついに、同盟一歩手前のところまで来たのだ。
この同盟が上手くいけば、プラン・リナートは世界的に見ても一大勢力の一角になることは間違いない。
だが――
「これには条件がある」
「なに?」
「ミリア、お前にはリナートに嫁いでもらうことになる」
「……っ!」
プランとリナートは同盟を結ぶ。
その条件としてミリアは異国に差し出され、二つの王家は姻戚関係となる。国同士が手を結ぶのだから、この政略結婚は当然のなりゆきといえる。
母が続ける。
「もちろん、すぐにというわけではないわ。何度かあちらの王子とお会いして、デートを重ね、婚礼という順序になるわ」
「はい……」
乗り気とは言い難いミリア。
行ったこともない土地に嫁ぎ、会ったこともない男と結婚するのだ。不安になるなという方が無理だろう。
同じ場にいたミルドもなんと声をかけていいのか分からなかった。
自分はいずれこのまま国王の座を継ぐだけだが、妹は異国に旅立とうとしている。
「ミリア……」
このつぶやきのか細さに、剣豪王子としての面影はなかった。
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こういう時、ミリアが頼る相手といえば、やっぱり師匠であった。
政略結婚について相談する。
「ほう……リナートの王子と結婚か」
「はい……」
「お前がプランからいなくなれば、寂しくなるな」
「そういってもらえると……嬉しいです」
寂しそうにうねる師匠、ミリアの表情は暗いままだ。
「お前の気持ちはどうなんだ?」
「私の気持ち?」
「結婚したいのか、したくないのか。どっちだ? 俺になら気兼ねする必要はあるまい」
「なにしろ相手に会ったことがないんで……よく分かりません」
「そうか」
だけど、とミリアは続ける。
「プランとリナートが同盟を結べばどれだけの利益になるか、どれほど歴史的な偉業になるのか、私にも分かってるつもりです。だから、結婚から逃げたいとか、嫁ぎたくないとか、そういうつもりはありません」
「俺はお前に触手としての免許皆伝を与えたが、姫としてもだいぶ立派になったな」
「そうですか? ありがとうございます!」
だんだんといつもの調子が戻ってくる。師匠はホッとする。
「しかし、もし相手がどうしようない奴だったら……どうする」
「難しい質問を投げつけますね、さすが師匠!」
「触手ならば、どんなショックも想定はしておかないとな」
「すり抜けます!」
「ほう」
「相手がどんな酷い王子だったとしても、持ち前の柔軟性ですり抜けてみせます! スルスルって!」
「さっきの言葉を返そう。いい答えだ。さすが俺の弟子だ!」
「はいっ!」
最後には、いつものようにウネウネする二人であった。
ストレス解消にはこれが一番である。
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ミリアとリナート王国王子が初めて対面する時が来た。
記念すべき第一回は、リナートからプラン王国に来てくれることになった。
普段着ているものとは違う、宝石を散りばめたドレスを着飾るミリア。
「似合ってるぞ~」
ミルドも半ばからかうように微笑む。
「緊張するなぁ、王子様に会うなんて初めてだし」
「俺も王子なんだが」
「お兄様は脳剣だからノーカン!」
「の、脳剣……」
がっくりしつつ、いつも通りのミリアにホッとする。
メイドのリンが呼ぶ。この子もずいぶん逞しくなった。
「ミリア様。大広間へ行きましょう。さあ、どうぞ」
「分かったわ」
「酷い奴だったら、俺が叩き斬ってやるから安心しろ!」
「そんなことになったら、国民みんなが安心できない世の中になっちゃうよ」
冗談だと笑うミルドだが、この兄はやりかねない……と思うミリアだった。
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場所はかつて触手ダンスを披露した大広間。
美しく着飾ったミリアは、リナートの王子を待つ。
胸が高鳴る。この高鳴りは、期待か不安か、あるいはその両方か。
大勢の従者を引き連れ、リナートの王子は現れた。
優しそう。これが第一印象だった。
「初めまして、ミリア姫」
「初めまして」
リナートの第一王子・エディ。
年齢は17で、サラサラとした銀髪、色白で、柔和な笑顔を浮かべている。剣の達人である兄ミルドに比べると線が細い。
ミリアも一礼し、微笑む。立派な姫と評してよい微笑である。
他の者はともかく、体育会系のミルドは露骨に軟弱者を見る目つきだ。
少しは隠せと思うミリア。
「ミリア姫、今日この日をリナート王国とプラン王国の友好の第一歩といたしましょう」
「もちろんです」
両国陣営の家臣たちが沸き立つ。
ミルドは面白くなさそうな顔をしている。
両者の心はさておき、とにかくこれで二つの国は同盟に向けての第一歩を歩み出したこととなる。
この日、ミリアとエディの会話は形式通りのことを話したのみで終わった。
政略結婚に必要なものは愛などではなく、波風を立てないことなのだから。
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会談の後、ミルドが言った。
「あいつはダメだな」
吐き捨てるような口調。
「体も細いし、気も弱そうだし、まるでいいところがなかった。剣も王族の嗜みとしてやってる程度だろう。あれが次の王じゃリナートは危ないかもしれないぞ」
本人がいないからといってボロクソに言う。いや、本人に言ったら大変なことになるのだが。なにしろ同盟を結ぶ相手国の次期国王なのだから。
「ミリア、断ってもいいぞ。リナートと同盟なんかしなくても、俺がこの国を強くしてやるからさ!」
ミリアは「お兄様が次の王なのも不安」と口に出しかけて言わないでおいた。
とにかくミルドにとって、エディの印象は最悪だった。色白の軟弱お坊ちゃんとしか映らなかったようだ。
兄とは違い、ミリアの印象は違っていた。
上手く言えないが、決して軟弱者などではないと思った。上手くは言えないが――
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「師匠!」
「おお、ミリア。婚約相手と会ったのか?」
「はい、昨日初めて会いました!」
「印象はどうだった」
「ええっと……体は細くて、色白で、気が弱そうでした!」
「少しは褒めてやれ。未来の旦那になるかもしれないのだぞ」
うねりつつ、苦言を呈する師匠。
「なにしろほとんど会話してないもので。だけど……」
「ん?」
「とても穏やかで優しそうな人だなって。あと……お兄様は軟弱者だって言ってたけど決してそうじゃない気がして……。なんて言えばいいのか……」
「無理に言葉にする必要はないさ。とにかく悪い奴とは思わなかったんだろう?」
「そうです!」
師匠は思案するようにうねると、優しくこう言った。
「俺がお前を評価する理由の一つに、その素直さがある。素直だから、俺の無茶な指導にも音をあげずここまでついてくることができた」
「師匠……」
「そんなお前がそう判断したのなら、おそらく間違ってはいない。自分を信じろ!」
「はいっ!」
ミリアの心に火が灯る。
師匠に勇気をもらった。
まだエディとはほとんど話せていないが、なぜかやっていくことができるような気がした。