第5話 魅せろ! 触手ダンス!
ミルドvs師匠から二日が経った。
王宮にて、ミリアが両親とミルド、その他城勤めの面々を呼び出した。
大広間に、大勢の人間が集まる。
この大広間は例えば王侯貴族を集めた晩餐会や、選りすぐられた芸術作品の展示会場に使われることが多い。
私的な用件で使われることはまずないが、今回は特別に許された。
「皆さん、お集まり下さりありがとうございまーす! これより、この私ミリアがダンスを披露いたします!」
「おお、楽しみだ」
「頑張ってね」
拍手を送る両親。どうやらミリアの様子がおかしかったのは、ダンスの稽古をしてたから、と解釈した模様。
他の家臣たちも同様のようだ。
「それじゃ、音楽お願いね。ダンシング、スタート!」
宮廷音楽家の奏でる音楽に合わせ、踊り出すミリア。
初めのうちは飛んだり跳ねたり回ったり、オーソドックスな踊りを続けた。
元々おてんばで外を駆け回ってたこともあり、動きにキレがある。この時点でかなりのクオリティである。
「素敵です!」とメイドのリン。
「お上手ですぞ、姫様」老執事セバスも褒める。
だが、だんだんと――
「ほっ!」
ミリアの背中がグニャリとエビ剃りした。後頭部がお尻につくぐらいに。
皆が目を丸くする。
ミルドだけは「すげえ」と心の中でつぶやく。
「はっ!」
グルン。
ミリアの首が絶対に曲がってはいけない以上の角度、曲がった。
「よいしょっ!」
右足を上げる。これもバレリーナ顔負けの上がりっぷりである。
だが、彼女からすればまだまだ序の口。
ミリアの柔軟性はこんなものではない。
――ここからが本気! 師匠、今こそ成果を発揮します!
「せーのっ!」
ウネウネウネウネウネウネウネ……。
全身をうねらせるミリア。
軟体動物か何かのようにうねっている。
宮廷音楽家も演奏を止めそうになるが、なんとか続行した。さすがプロである。
ウネウネウネウネウネウネウネ……。
ミリアは止まらない。心底楽しそうだ。
「これはどうなってるんだ……?」
「夢でも見ているの……?」
絶句してしまう両親。
とはいえ、ミリアのリズミカルなうねりっぷりに、一同が魅了されているのも事実だった。驚きはすれど、踊りをやめろという者は一人もいない。
「――はいっ!」
華麗にステップを決め、ミリアがフィニッシュを決める。
やり切った。踊り切った。自分を全て出した。
ミリアの顔は達成感に満ちていた。
確かに驚いた。仰天した。しかしそれ以上にミリアのダンスは素晴らしかった。
――拍手が沸き起こった。
**********
城内の一室。応接に使われる小部屋にて、ミリアとミルド、そして父母の四人がいた。
ダンスの後、両親がミリアを呼び出したのだ。
「ミリアよ……」
「はい」
「さっきのダンス、あれは一体なんだ?」
「そうよ。あの体は……どうなってるの?」
「私……私……」
ミリアは大声で叫ぶ。
「触手を目指してるのっ!」
驚く両親。よくぞ言ったとばかりに頷くミルド。
ミリアは堰を切ったかのように、何もかもを打ち明けた。森に入ったこと、師匠との出会い、触手を目指して修行したこと……一部始終を。
これを聞いた父はしばらく目をつぶってから、口を開く。
「ミリアよ……」
「は、はいっ!」
「お前の触手になるという願い。王という立場からはとても賛成できん。一国の姫があのようにうねってしまうなど、とんでもないことだ。
例えば、国際的な晩餐会であんな真似をすれば、その晩餐会は失敗に終わるだろう」
「はい……」
「しかし」
「?」
「父としては嬉しくもある。お前が一つの目的に向かってまい進するところなど、初めて見るからな」
「お父様……」
父は一拍置いてから、
「触手を目指すというお前の気持ち、許す!」
「えっ!?」
「許す!」
「も、もう一回!」
「許すぅ!」
「やったぁ!」
あまりの嬉しさと信じられなさに、つい三回も言わせてしまった。言う方も人がよすぎる。
「ただし……あまり大っぴらにウネウネするな。やはり分かっていてもビックリするし、姫には姫としての気品が必要だ」
「はいっ!」
母も口添えする。
「そうね……。触手を目指しつつ、立派な姫になることを目指してみなさい。あなたなら、きっとできるわ」
「はい、お母様!」
触手を目指すというミリアの夢は、晴れて両親公認となった。
二人きりになった兄妹は本音をつぶやく。
「しっかし、よく許してくれたよね。許さないと思うよ、普通」
「まあ俺たちの両親だしな」
「言えてる!」
この兄妹にして、あの両親あり。ミリアは納得した。
**********
ダンスを披露して以来、ミリアは城では姫としての教育をしっかり受けつつ、時折師匠のところで修行するスタイルとなった。
わがままを聞いてもらえたのだから、その分義務も果たさねばならない。
触手を目指すことを認められたおかげで、かえって姫としての自覚に目覚めたようであった。
家庭教師の講義が終わる。
「今日のレッスンはこんなところでしょう」
「先生、ありがとうございました!」
「いえいえ、ミリア様も以前に比べ、ずっと真面目に私の講義を聞いて下さるようになって……」
「今までは本当にごめんなさい! 私、これからは立派な姫になれるよう努力します!」
「期待していますよ」
モノクルを光らせ、家庭教師がうっすら微笑んだ。
ミリアは喜んで師匠のところへ報告に行く。
「師匠―っ!」
「ミリアか。どうだった?」
「お父様もお母様も、師匠のもとでの修行を認めてくれました!」
「よかったな」
「ただ、あまり大っぴらにウネウネするのは控えるようにって言われましたけど」
「正論だな」
ですよねー、と舌を出すミリア。
「だが、認められたのはお前の力だ。もしも中途半端なダンスだったら、不気味がられるだけで、認めてもらえなかったかもしれん。それは素直に誇っていいことだ」
「はい!」
「じゃあ今日もウネウネするぞ、ついてこい!」
「もちろんです!」
ミリアと師匠のウネウネ開始である。
ウネウネウネウネウネウネ……。
「今日はいつもよりいいうねり方だぞ。生き生きしている」
「やっぱりお父様やお母様、みんなに認めてもらえたことが大きいんでしょうか!」
「うむ、俺もうかうかしてられんな。うかうかせずウネウネせねば」
「負けませんよ、師匠!」
ウネウネウネウネウネウネウネウネウネウネウネ……。
**********
ミリアは美しくなっていた。
人間離れした柔軟性を得たおかげか、その副産物として、あらゆる所作が整っている。
老執事セバスが声をかける。
「姫様、近頃ますます美しくなられましたな」
「そうかなー?」
「これも触手トレーニングのおかげかもしれませんな」
「ホント!?」
「ええ、関節や筋肉が柔らかくなったことで、全身がリラックスし、それが姫様の美しさを引き立てているのでは……」
「セバスったらお上手なんだから!」
あ、そうだとミリアはあることを思い出す。
「セバス、また頭を柔らかくする問題出してよ。前はダメ出しされちゃったから」
「かしこまりました」
一礼し、セバスは意地悪く微笑むと、
「パンはパンでも、食べられないパンはなんでしょう?」
前と同じクイズを出した。
この時、ミリアの中で触手がうねる。
以前はフライパンと答え、柔らかいとは言えないと指摘されたが、今は違う。
「お腹すいたなぁってつぶやいたら、もっとお腹すいてそうな子がよろよろと歩いてきて、手渡してくれたパン!」
「た、たしかにそれは食べられませんな……」
セバスも思わず納得してしまった。
老執事へのリベンジ成功である。
いや、成功なのだろうか? ――成功である!