第4話 剣豪兄貴vs触手師匠
ずかずかと歩み寄るミルド。
「俺はこの国の王子ミルドって者だ。お前は?」
「触手の魔物だ。一応……この森の主のような存在だ」
「そうか。この森はなるべく手つかずにしとこうって方針になってるから知らなかった。妹にあれこれ仕込んで、体を柔らかくしたのはお前だな?」
「そうだ」
「待って! 違うの! お兄様!」
「お前は黙ってろ!」
ミルドが睨みつける。
師匠もまた、ミリアを制止するように触手を動かす。
「触手の魔物よ。どういった経緯で妹と知り合ったか教えてもらいたいんだが?」
「いいだろう」
師匠はうねりながら全てを話した。
ミリアを熊から助けたこと、ミリアを弟子にしたこと、そして修行をつけたことを。
「なるほど……妹はお前に危ないところを助けられたわけか。それはどうもありがとう。兄として礼を言うよ」
だが、とミルドは続ける。
「それでも、ミリアは一国の姫だ。それが森で魔物と遊んで、まして人間離れした柔らかさを身につけるなんて、はっきりいって異常だ。
ここはいさぎよく師弟関係を解消してくれないか? この件はそれで全て解決する」
ショックを受けるミリア。しかし、ミルドの言う事は筋が通っているし、仕方ないことでもある。
ここで師弟関係が終われば、なにもかも丸く収まる。
ところが――
「悪いが、断る」
「なんだと?」
「俺は一度、ミリアを弟子にした。ミリアが自分から望むのならともかく、部外者に言われてはいそうですかと弟子を見捨てるわけにはいかない」
「師匠……!」
ミリアは感動する。が、同時にこれは兄を敵に回すことを意味する。
「弟子を見捨てず、自分の命を捨てることになってもか?」
「悪いが、俺も若造にそうたやすく討たれるほど弱いつもりはない」
うねりながらの挑発に、ミルドが顔をしかめる。二人の間に亀裂が入ったかのような緊張感が生まれる。
「いいだろう……! だったら俺は妹を健全な姫道に引き戻すため、お前を討伐するまでだ!」
鞘から剣を抜く。白刃がギラリと光る。
「やってみるがいい」
うねる師匠。剣を構えるミルド。
今、熱き戦いの火蓋が切られようとしていた。
二人の迫力に、ミリアは口を挟めず、息をするのも忘れていた。
慎重に間合いを測るミルド。
初対面だが、目の前の師匠の強さは肌で伝わってくる。
「小細工は柄じゃない……。正々堂々……勝負ッ!!!」
ミルドが動いた。猛然と斬りかかるが、師匠も素早く応戦する。
何本もの触手がミルドを襲うが、ミルドはそれを全て切り払う。
「ああっ……!」
兄の剣さばきを目の当たりにし、改めて驚くミリア。
「今のをかわすとは、少々ショックだ。本気でやらねば危険なようだ……触手乱舞!」
先ほどより更に速度の上がった無数の触手による攻撃。が、ミルドは体にいくつかの傷を負いながらもどうにかかわす。
「こっちも本気でやってやるッ!」
呼吸を整え、無数の触手のうち一本を斬る。
ザンッ……。
「し、師匠ッ!」
思わず叫んでしまうミリア。だが、師匠は冷静だった。
「心配するな、再生できる」
斬られた部分の触手はすぐさまニュルニュルと再生した。
ミルドが笑う。
「触手はいくら切っても無駄かよ。触手を生やしてる本体を倒さないといけないわけか」
「それを出来る者が今までいなかったからこそ、俺は今もこうして森で暮らしている」
冷や汗をにじませるミルド。
「これほどの好敵手は……初めて会ったかもな。いや、好敵触手か!」
「こちらもだ……ワクワク、いやウネウネしてきた」
師匠のウネウネはバリケートのような様相。これを突破するのはミルドといえど容易ではない。
戦いが再開される。
触手が入り乱れ、剣の絶技が繰り出され、どんどんヒートアップしていく。
ミリアはただ見守るしかなかった。しかし、このままでは愛する兄か愛する師匠のどちらかを失ってしまう。
「行くぞォ、触手ッ!!!」
「……来い」
戦いが最終局面に入った。
ついにミリアが動く。触手見習い姫の取った行動は――
「やめてええええええっ!!!」
ウネウネウネウネウネウネウネ……。グニグニグニグニグニグニ……。
踊った。
手足と首、いや全身を使って渾身の触手ダンスを始めた。
これには百戦錬磨のミルドも、いつも冷静な師匠も困惑してしまう。
「ミ、ミリア……お前なにやってんだ!?」
だが、すぐに気を取り戻して、
「ハッハッハッハッハ! すごい柔らかさだな! さっすが俺の妹!」
「フッ……成長したな」
兄は笑い、師匠も笑うようにうねった。
戦いが収まった。
「よかった……二人とも……」ホッとするミリア。
ミルドは師匠を見ると、頭を下げた。顔つきがすっかり穏やかになっている。いつもの強く優しく、口喧嘩の弱い兄である。
「あんたの強さ、そして妹の柔らかさ……どうやら本物のようだ。試すようなことをしてすまなかった」
「え、試す?」
首を傾げるミリア。
「俺がここに来た理由はお前を邪魔したかったわけじゃない。お前を妙な道に引き込んだ奴が、どんな奴なのか試したかったんだ」
「でも、さっきまでのお兄様、明らかに本気じゃなかった?」
「本気だったよ。本気で決着をつけたいと思うぐらいには」
「光栄だな」とうねる師匠。
「触手さん、これからもどうか妹をよろしく頼む」
「分かった」
兄と師匠が握手を交わす。
「よかった……。だけど、お兄様!」
「な、なんだよ」
「試すなら試すで、もっと平和的な方法もあるでしょうよ!」
「ん~……そうかもしれないけど。ほら、俺って……剣しか取り柄ないし……」
「もう! 相変わらず脳筋なんだから! いや、脳剣なんだから! 脳みそまで剣!」
「うぐぐぐ……」
何も言い返せなかった。相変わらず口が弱い。
「コラコラ、あまり自分の兄を悪く言うものじゃない。お前を心配したからこその行動なんだ」
「ごめんなさい、師匠!」
「おいおい、俺の言うことは聞かないのに師匠の言うことは聞くんだな」
「なんたって私の師匠だもの!」
森の中に笑い声が響き渡る。
――だが、まだ問題が解決したわけではない。
「ねえお兄様、私どうしたらいいかな?」
「父上母上はもちろん、みんなお前のことを心配してる。だから、打ち明けるべきだとは思うが……いい方法が思いつかないな」
「だよね……」
触手に師事し、触手を目指している。これほどカミングアウトの仕方が難しい秘密もなかなかないだろう。
すると、師匠がうねる。
「いきなり『触手を目指しています』では、なかなかショックなものがあるだろう。何かのついでに、お前の体の柔らかさを見せるのがいいのではないか」
「ついで?」兄妹がハモる。
「例えば……」
師匠は二人にある作戦を語った。