第3話 ミリア大活躍! そして……
本格的に修行を始めてから一週間後、ミリアは城内を散歩していた。
もちろん、城ではウネウネしない。皆が驚くだろうし、問い詰められれば師匠の元に通っているのがバレてしまう。
触手を目指してます、なんてカミングアウトが通ると思ってるほど、ミリアも子供ではなかった。
前からメイドのリンが歩いてきた。
食器を運んでいる。
リンはどこかミリアに似ており、おっちょこちょいなところがあるメイドで、ミリアは嫌な予感がしていたのだが、その予感は的中してしまい――
「きゃあっ!」
転んで、食器をぶちまけそうになった。
このままでは皿が割れてしまう。そうなればリンは叱られてしまう。ミリアはリンが叱られるところは見たくなかった。
ミリアはこの刹那ですかさず、触手心得を思い出していた。
いつでもウネウネ柔らかく。
素早くしなやかに。
狙った獲物は逃がすな!
シュバババッ!
ミリアは空中に投げ出された皿やフォークを、柔らかな両腕で素早くつかみ取ると――
「はいっ!」
リンに、にこやかに手渡す。
「ありがとうございます……ミリア様!」
「ふふっ、割れずに済んでよかった。気をつけて運んでね」
「は、はいっ!」
「ふんふ~ん」
リンは感謝しつつ、「今のミリア様、ものすごく腕が曲がってたような……」と首をかしげるのだった。
また別の日、ミリアは庭を歩いていた。
チョキンチョキンと音がする。庭師が枝を切っている。
邪魔するわけにはいかないので、ミリアは「お疲れ様」と心の中で声をかける。ハサミで師匠の触手って切れるのかな、などと考えたりもする。
その時、強風が吹いた。風に流され、長めの枝がミリアめがけて飛んでいく。
「あ、危ないっ! 姫様っ!」
叫んだ直後、庭師は信じがたいものを見た。
グニャリ。ミリアは腰を大きく曲げ、いともたやすく枝を回避してしまった。
一瞬唖然としたが、すぐにミリアのもとに駆け寄る。
「申し訳ありません! 大丈夫でしたか!」
「ぜーんぜん平気! 気にしないでね」
ほっとする庭師。しかし、ミリアの異常な体の曲がり具合はなんだったのか……。目の錯覚だろうきっと、と自分に言い聞かせるのだった。
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ミリアがこんなことを繰り返していれば、当然王や王妃の耳にも入る。
彼女の兄である王子ミルドが両親に呼び出される。
「ミルドよ」
「なんでしょう、父上!」
父ミロスの言葉に、一体どんな任務かと張り切るミルド。この男のメンタルは王子というより、兵士や冒険者のそれに近い。
「このところ、ミリアについて妙な噂があってな」
「妙な噂?」
「なんと、ミリアの体がグニャリと曲がったというんだ」
「グニャ?」
「グニャでなくグニャリだ」
「グンニャリ?」
「グ・ニャ・リ!」
妙なところにこだわる父王。母である王妃マーサが続ける。
「あの子は昔からおてんばで私たちでもとらえどころのないところもあるし、お願いミルド、あの子に何が起こってるのか調査してもらえない?」
「分かりました! 父上! 母上!」
まったくあいつは何をやってるんだ……と思いつつミルドは承諾した。
剣豪兄貴、ついに動く。
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衛兵のような仕草で城を歩き、妹を見つけたミルド。さっそく声をかける。
「おい、ミリア」
「なにお兄様?」
「お前さ、最近様子がおかしくないか?」
単刀直入。普通なら世間話から入り、空気が弛緩したところで本題を切り出すなどの方法もあるが、ミルドにそんな器用な真似はできない。
「おかしいって何が?」
「毎日のように酢を飲んだり、セバスにクイズ出させたり……。あと、なんかグニャグニャしてるって噂もあるぞ」
ギクッとするミリア。
師匠のところに行く時は細心の注意を払っていた。さすがに触手を目指してるということを家族や家臣には知られたくなかったのだ。反対されるに決まってる。
「触手を目指すなんてとんでもない」と外出禁止にされてしまうのが一番恐ろしい。
「な、なにをいってるの、お兄様。グニャグニャって……そんなことあるわけないでしょ」
「確かに……骨に異常はなさそうだな」
「でしょ!? 妹をグニャグニャ呼ばわりするなんてひどいよ」
「……そうだな。悪かったよ」
ミルドは不意に、ミリアめがけて拳を放った。
むろん殴るつもりはない。当たっても痛くないようにした。
――グニャリッ。
反射だった。ミリアは持ち前の柔軟性で、拳をするりとかわした。
「――ッ!?」
「なにするのよ、お兄様! いきなり!」
「ちょっと待て、お前……今の動きはなんだ!?」
「それはその……」
「ものすごく柔らかかったぞ!」
「これはえぇっと……最近お酢を飲んだりストレッチしたりしてたから……」
「それだけでそんなになるかよ!? そんなんでそこまで柔らかくなってたら、今頃俺の部隊の隊員はみんなグニャグニャだ!」
ミルドも剣術をやっているので、柔軟性の重要さはよく知っている。そのため日頃から部下にストレッチは欠かさせていない。
なのに、ミリアほどの柔軟性を持った者とは出会ったことがない。
お兄様のくせに追及のやり方が上手いじゃないのよ……と内心悔しがるミリア。
「ミリア、答えろ! お前、何やってるんだ!?」
答える訳にはいかない。
「なんでもないってば! それじゃあね!」
「……」
兄の疑いの眼差しを背中にビンビン感じながら、ミリアはその場を後にした。
寝室に入って、ベッドでストレッチしながら考える。
このままではまずい。兄をどうにかしないと……。
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森にやってきたミリア。手を振って、元気よく師匠に挨拶する。
「師匠―っ!」
「来たか」
「今日もご指導お願いします!」
「……」
なぜか、神妙なうねり方をする師匠。
「何か?」
「いつもと様子が違うな」
師匠はミリアの焦りを一目で見抜いていた。
「なぜ分かったんです?」
「分かるんだよ。お前のうねり加減ってやつでな」
「……さすがですね、師匠!」
「何か悩みがあるなら話してみろ。俺は魔物だ、気兼ねなく話せるだろう」
本当は修行後に話すつもりだったと前置きしてから、
「実はちょっと大変なことになってしまって」
ミリアの表情に陰りが浮かぶ。
「お兄様たちが私のやってることに感づき始めてるんです……」
「……」
「だからこれからはあまり来れなくなるかもしれませ……」
「いや……どうやら感づかれてるどころではないようだぞ」
「え?」
「俺を見ろ。ブルブル震えている」
師匠の触手が震えている。寒さや怯えではなく、何かを感知しているといった感じだ。
「師匠、これは一体……!?」
「後ろを見てみろ」
師匠に言われ、ミリアが振り向くと、そこには――
「触手の魔物か……。そいつがお前をたぶらかしやがったのか、ミリア!」
顔に怒りの色を浮かべる兄、ミルドだった。
師匠は彼の気配を察知していた。
城を出てからずっと、ミリアは尾けられていた。
「お、お兄様……!」