第11話 姫と王子vs暗殺者
「あ……ああ……」
暗殺者に怯えるミリア。
彼女は16年の人生で、文句なしに「強い」と評せる存在を二人知っている。
一人は兄ミルド。プラン王国王子にして、屈指の剣術使い。
もう一人(?)は師匠。熊をもやすやすと捕らえるカッコイイ触手。
目の前にいる暗殺者は、その二人に匹敵する雰囲気を醸し出していた。しかもそんな存在が、自分たちに殺意を向けている。ミルドや師匠がミリアを殺そうとするようなものだ。まず勝機は無い。
リアルな“死”への予感が、ミリアの心に突き立てられる。
暗殺者が無表情でつぶやく。
「リナート王国のエディ王子とプラン王国のミリア姫……。お二人がここで変死すれば……同盟はなくなるばかりか、以後両国の関係が悪化することは必然……死んでもらう」
前傾姿勢を取り、爪を構える。まだ距離はあるが、一瞬で仕留めにくるだろう。
ミリアは震え、歯の根が合わない。
どうすれば、どうすれば……。
私がこんなデートを企画しなければ……。恐怖と後悔がミリアの中で渦巻く。
「大丈夫だよ」
そんなミリアを包み込むような、温かい一言。
エディが前に出て、剣を抜く。
「このデート、楽しかった。だから命に代えても、君は僕が守る!」
エディは暗殺者を恐れていなかった。いや、恐れてないはずがない。エディに兄ほどの剣の心得があるとは思えない。
にもかかわらず、彼は暗殺者の前に堂々と立ちはだかった。
「ならば……王子から」
暗殺者が駆け出した。
凄まじいスピード。
――ガキィンッ!
一撃目はなんとか防ぐが、エディは吹っ飛ばされる。
「ほう、意外とできるな」
「くっ……!」
「だが、ここまでだ!」
二手、三手と攻防が続き、エディが尻もちをつく。絶体絶命。暗殺者が爪を振り上げる。
「エディ様ぁっ!!!」
叫ぶミリア。
自分はいったい何をやっているのだ。こういう時こそ教えを活かす時ではないのか。
思い出せ……師匠からの教えを!
「まず……いつでもウネウネ柔らかく!」
ミリアは得意のウネウネダンスで、暗殺者に走っていく。
「な、なんだ……!?」
「ミリア姫……!?」
突然のウネウネに、狼狽する暗殺者。このチャンスを逃すミリアではない。
「素早くしなやかに!」
柔軟性を利用したダッシュで素早く近づき、腹に渾身のキックを浴びせる。
「うごぉっ!?」
これで倒せるはずもないが、暗殺者がよろめく。
「狙った獲物は……逃がすな!!!」
――シュルルッ!
ミリアが暗殺者の首を絞めにかかる。
「なんだこいつはぁ!?」
そこは暗殺者も百戦錬磨、すかさず絞め技から抜け出し、間合いを取る。
「逃がしちゃった……!」
師匠なら今ので捕まえられただろう、と悔やむミリア。
「まさか、プランのお姫様がこれほど戦えるとはな……順番が変わった。先に始末してやる!」
暗殺者が今度はミリアを狙ってきた。
「死ねっ!」
暗殺者の爪――ミリアはかわす。
「なにぃ!? ――くそぉっ!」
連続攻撃。これもミリアはウネウネとかわす。
免許皆伝を得たミリアの柔軟性は、今や一流暗殺者にも通じるレベルになっていた。
手ごたえを感じるミリア。
「あ、当たらん!」
苛立ちを覚える暗殺者。
彼は忘れていた。自分の標的が一人ではないことを。
ザンッ……!
「うぐぅ!?」
エディがすかさず一撃を決めた。
「――ちっ! 王子め……!」
しかし、倒せてはいない。軽装とはいえ防具を身につけている。
エディがミリアの元に駆け寄る。
「大丈夫かい!?」
「うん、私は平気!」
「よし……二人であいつを倒すんだ!」
「分かった!」
ミリアとエディ、初めての共同作業は暗殺者退治となってしまった。
「おのれぇ……!」
暗殺者が猛攻を仕掛ける。が、ここはあえて守られるべきミリアが前に出た。彼女の方が暗殺者に対応できているからだ。
「師匠仕込みの柔らかさ、見せてあげる!」
ウネウネウネウネウネウネウネウネ……。
暗殺者の攻撃を――避ける、避ける、避ける、避ける、避ける。
当たれば絶命の攻撃をかわしまくる。
隙ができれば、すかさず――
「はあっ!!!」
ザシッ……!
エディが斬る。
「ぐ、ううっ……!」
ミリアの異常な柔らかさと、エディの経験こそ浅いが基本に忠実な剣。相性はバッチリだった。
暗殺者は思考する。
とにかく厄介なのはミリアの方だ。ミリアを先に仕留めないと、エディからの攻撃に対処できない。
暗殺方針が決まった。
ますますミリアはウネウネしている。だいぶ体が温まってきたようだ。
「さあ、来なさい!」
「舐めるなよ、小娘!」
暗殺者が爪で斬りかかる。これをミリア、ウネリとかわすが――
「そこだッ!」
グサッ!
暗殺者の爪がミリアの腹部に刺さった。ミリアがどう避けるか、まで読んで攻撃したのだ。
「ミリアーッ!!!」叫ぶエディ。
「ううっ……!」
ミリアは呻きながらも、師匠の言葉を思い出す。
狙った獲物は――
「逃がすなぁっ!!!」
ニュルルル……ガシッ!
ミリアは全身で暗殺者を捕まえた。
「し、しまった!」
今しかない! ――エディが猛然と斬りかかる。
「うわあああああああっ!!!」
ズバンッ!
見事な一撃が決まった。うめきながら崩れ落ちる暗殺者。
しかし、ミリアもその場に倒れてしまう。
「大丈夫かい!?」
「や、やったね……エディ様……」
「ミリア……しっかり、しっかり!」
「う、ん……」
エディは背後から殺気を感じる。
「――!?」
暗殺者は死んでいなかった。
「ぐ、ぐふっ……! 容易いと思っていた……任務に、こうも手こずるとは……」
重傷は負っているが、意識ははっきりしており、まだ殺気は宿っている。
ここが正念場と剣を構え、暗殺者の目をまっすぐ見据えるエディ。
「……来い!」
「大丈夫だよ、エディ様」
「え?」
「だって……頼れる援軍が来てくれたもん」
いつの間にか、三人の近くにはミルドが立っていた。
ミルドは怒っている。顔に青筋を立て、本気で怒っている。ミリアもこんな兄を見るのは初めてだった。
「てめえ……」
「き、貴様……ッ! いつの間に――」
「俺の妹と……弟に……なにしてやがるゥゥゥゥゥッ!!!」
「く、くそっ!」
抵抗も空しく、トドメを刺される暗殺者。
無傷ならばともかく、二人に散々消耗させられた体で、ミルドの相手になるはずもなかった。
だが、喜んでる場合ではない。
「ミリア、大丈夫か!?」
「ミリア姫!」
すると、ミリアは――
「んー? 平気だよ」
「え!?」
驚く男二人。
「で、でも……僕が見た時、爪でお腹を刺されて……」
「大丈夫! お腹にこれを巻き付けてたから!」
ミリアはシャツの下から触手を取り出した。
師匠からもらった触手を、ずっとお腹に巻き付けていた。これが防具となり、ミリアを守ったのだ。
「触手……?」
エディには何が何やらだが、ミルドは全てを察して笑った。
「大したもんだ、お前の師匠は……。この場にいなくても、お前を助けてくれたんだからな」
「うん!」
ミルドはエディに向き直ると、
「それとお前もな……」
「僕、ですか?」
「戦いぶり……見てたよ。お前がいなきゃ……ミリアは死んでたかもしれない。ありがとう! お前は俺以上の……勇者だ!」
「いえ……! あなたこそ聞きしに勝る腕前でした」
認め合う義理の兄弟。
あ、そうだ、とミリアが切り出す。
「エディ様、予定にはなかったけど……ぜひ私の師匠を紹介したいの!」
「師匠……?」
「そりゃいい! 弟よ、妹の師匠に会ってくれ!」
「分かりました!」
乗り気の兄妹に、よく分からないまま付き合う異国の王子。デートのフィナーレは「師匠紹介」に決まった。




