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第1話 師匠、私触手になりたいんです!

 ある日森の中、ミリア姫は熊と出会っていた。


「ア、アハハ……」


「ガルル……」


「えぇっと……。“お姫様お逃げなさい”ってことは……ないよね?」


 ミリアは花も恥じらう16歳にして遊び盛りのおてんば姫で、城近くの森で遊ぶのが日課だった。

 しかし、今日はいさかか深入りしすぎてしまった。

 黒い毛皮の熊が、牙をむき出して威嚇してくる。


「ガルルッ!」


「ひえっ!」


「ガアアッ!」


 ミリアは逃げ出した。

 桃色のドレスと金髪をなびかせながら、姫らしからぬ猛ダッシュ。

 背を向ける、走る、という熊に対する二大タブーをいきなりやらかした。

 当然、熊は追いかけてくる。


「はぁっ、はぁっ、いやぁぁぁぁっ!」


 ミリアも脚力や体力には自信はあるが、さすがに熊にはかなわない。

 もうダメ、追いつかれる。私、食べられちゃう! そう思ったその時だった。


 ――シュルルッ!


 どこからともなくツタのようなものが伸びてきて、熊に巻きついた。


「ガウッ!?」


「え……?」


 ミリアが目を向けた先には、魔物がいた。

 イソギンチャクのような、触手の魔物だった。無数の触手のうちの一本で、熊を捕らえたのだ。


「クマ公、果物は十分食ってるだろう? 人間を追い回してからかうのはやめておけ」


「ガル……」


 触手の魔物は渋くダンディな声だった。

 あれほど恐ろしかった熊が、触手の前では大人しくなってしまった。のそのそと自分の住処へと戻っていく。

 戸惑いつつも、ミリアは触手に話しかけた。


「助けてくれてありがとう……」


「勘違いするな」


「え」


 意外にも冷たく突き放すような言い草だった。


「身なりを見れば分かる。お前はこのプラン王国の姫だろう?」


「うん、そうだけど」


「この森の動物が姫に怪我をさせたともなれば、大規模な駆除作戦が行われることは明白。そうなると俺にとっても面倒だ。だから助けたまでのことだ」


「……」


 大事だったのはミリアの命ではなく自分の生活。触手はそう言い放つ。


「どうした? 分かったらとっとと帰れ」


 ウネウネと動きながら触手は帰宅を促す。

 だが、ミリアはそうしなかった。


「お願いがあります」


「ん?」


 次の瞬間、ミリアはとんでもないことを言い出した。


「私を弟子にして下さい!」


「!?」


 このわけの分からない発言に、さすがの触手もうねった。いや、既にウネウネしているが。


「お前……何を言ってるんだ?」


「だから、弟子にして下さい!」


「な、なぜだ?」


「私、あなたのうねり具合になんかこう……ビビビッときたんです。私、あなたを目指したいと思ったんです。つまり、触手になりたいんです!」


 まさかの宣言に、ウネウネと触手がこんがらがる。


「落ち着け、人間は触手になれない」


「なれます!」


「いや、無理だから……」


「いえ、諦めなければきっと……!」


「諦めた方がいいと思うんだが……」


 いくら理路整然と説得しても退かないミリア。

 押し問答が続く。熊でさえあっさり退けた触手も、さすがにこれには閉口した。口はないのだが。

 いくら断ってもミリアは運命だのなんだのいって粘るのだ。


「分かった……弟子にしてやろう」


 ついに認めてしまった。


「やった! ありがとうございます、師匠!」


 目を輝かせるミリア。妥協しちまった……という具合にうねる触手。

 しかもいきなりの師匠呼び。切り替えが早い。

 この時をもって、触手の魔物はミリアの“師匠”になってしまった。


「さっそくなんですけど師匠!」


「……なんだ?」


「師匠みたいな柔らかい体を手に入れるには、どうすればいいですか?」


 どうすればいいですか、と聞かれても人間の弟子など取ったことないのだから答えようがない。

 かといって弟子にしちゃったわけだし、無下にするわけにもいかない。

 ウネウネと悩む師匠。


「まず……えぇと、そうだな。酢をたくさん飲む」


「お酢ですね! お城のキッチンにあったと思います!」


「それと……ストレッチ。柔軟体操をすれば人は柔らかくなれると聞く」


「なるほどなるほど……」


「あと……柔軟な思考を身につけろ。物事を柔らかく考えられるようになれ。心が柔らかくなれば、きっと体も柔らかくなる」


「分かりました!」


 酢を飲め・ストレッチしろ・柔軟な思考を身につけろ。

 むろん、全て今思いついたデタラメである。が、ミリアは信じた。


「しばらく師匠の教えに従ってみます! 成果が出たら、また来ますからね!」


「うん、またおいで」


 出来ることなら二度と来るな、とは言わないでおいた。



**********



 ミリアが暮らすプラン王国は平和な国である。

 父である国王も善政を敷いており、兵隊も精強を誇り、それを示すかのように彼女が住む城も明るい色を基調としたものとなっている。

 こんなお国柄だから、仮にも姫であるミリアが一人で森歩きなどできるといえる。


 城に戻ったミリア。さっそくキッチンに向かう。

 コック帽をかぶった料理長ロベルトが夕飯の下ごしらえをしていた。口髭がトレードマークの、腕が確かなベテラン料理人である。


「ロベルトー!」


「なんですかな、姫様」


「お酢、ある?」


「酢でございますか? それはもちろんございますが……」


 料理長がボトルを手渡すと、ミリアはなんと――


「これ飲ませてもらうね!」


「え?」


 止める間もなく、ラッパ飲みした。お前は酒場のオヤジかというぐらい豪快に一気飲みする。


「ぷはぁっ! んまいっ!」


 ポカンとする料理長。


「うふふっ、これで少しは師匠に近づけたかな」


「師匠……?」


 そのまま城内をスキップするミリア。

 酢を飲んだことで身も心を軽くなったようだ。気のせいかもしれないが。


「あ、お兄様だ」


 前から歩いてきたのは、ミリアの兄・ミルドだった。

 年は二つ上の18歳。兄妹だけあって、ミリアの面影はあるが、男らしい顔つきと体つきをしている。


 妹から挨拶されたというのに、ミルドは渋い顔をする。


「お前、またどこか遊びに行ってただろ」


 兄はいきなり説教モードだった。


「今は隣国との同盟が上手くいくかどうかの大事な時なんだ。俺らの力が必要になることもあるかもしれない。遊ぶのもいいけどよ、お前も少しは王族としての自覚を持てよな」


 事実、森で遊んでた挙げ句熊に追い回されたミリアは一瞬うぐぅとなってしまう。が、すぐに立て直す。


「勉強そっちのけで剣の稽古ばかりしてるお兄様に言われたくない!」


「うぐぅ……!」


 ミルドは次期国王でありながら剣術が大好きで、若くして王国屈指の剣士でもあった。

 帝王学? 政治学? そんなもん知るかとばかりに剣の稽古に明け暮れる日々を過ごしている。

 まったくミリアのことを言えない兄貴なのであった。


「ちょっと汗臭いし、どうせまた中庭で稽古してたんでしょ?」


「え!? そんな匂うかな……」


 自分が酢の匂いがするのを棚に上げ、攻撃を開始する。


「しかも、最近じゃ強い兵士を集めて≪王子部隊≫なんて部隊まで作っちゃってさ。普通、王子が作るかな。自分の部隊なんて。お兄様ってナルシストなんじゃない?」


「う、うるせえっ!」


 何も言い返せず、ミルドは大人しく去っていった。剣は強いが口は弱い兄貴であった。


 兄貴を撃退し、自分の寝室に入ったミリア。

 師匠のアドバイス通り、ストレッチを行う。


「おいっちに! おいっちに!」


 ミリアは元々体が柔らかい方だが、全身を入念にストレッチする。首を曲げ、肩を上げ、手足を伸ばす。ストレッチをすればするほど、体がほぐれていく感覚を味わった。


「絶対、師匠のようになってみせる!」


 ミリアは力強くこう独りごちた。



**********



「お酢は飲んだし、ストレッチもやってる。あと必要なものといえば、柔軟な思考か……」


 ミリアは老執事セバスに話しかける。白髪頭で穏やかな性格の、大ベテラン執事である。


「セバス、お願いがあるの!」


「なんですかな?」


「なにかクイズを出してちょうだい」


「クイズ? かまいませんが……」


「ただし、これは思考を柔らかくするためのクイズね。柔らかくないと思ったら不正解にして!」


「ふぅむ……分かりました」


 なかなか妙な注文だが、セバスは困った顔一つしない。ミリアの妙な注文には慣れっこだからだ。

 少し考えてから、


「パンはパンでも食べられないパンはなんでしょう?」


「うーん……フライパン!」


「平凡ですなぁ。とても柔らかいとは言えませぬ」


「うぐぐ……」


 セバスの容赦ないダメ出しを受け、ミリアは引き下がった。

 まだまだ触手への道のりは遠い……。

連載形式となります。

よろしくお願いします。

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