6話 朝食
「……きて、起きて!」
「……ん?」
ぼやけた視界にピョコピョコと金色のアホ毛が目の前をはねる。
俺が目を擦りながら起き上がると、リンが覗き込んでいるのが見える。
「……おはよう」
「おはよう!もう!朝から元気ないわね!」
「それを言うならリンの元気がありすぎるだけだ」
まだ重たい瞼を無理矢理開き、ベッドから出る。ん?何やらいい匂いがするな。
「へえ、作ってくれたのか」
「作ったというか焼いただけだけどね」
恥ずかしそうに言うリンの向こうの方には二人分のステーキが並べられている。どうやらアイテムボックスに入れず、リンとの共用として保管庫に入れておいた肉を俺の分まで焼いてくれたらしい。
「だから机と椅子を作れと言っていたのか」
「別にそうじゃなくても机と椅子はいるでしょ。大体、何でも作れるくせに作らなさすぎるのよ。フォークとナイフすら無いもの」
昨日の夜のことを思い出す。俺は弱っている女の子に素手で肉を食わせていたのか。食べやすいサイズに切れば良いもんだとあの時は思っていたが今思うとナイフとフォークくらいは作ってあげればよかったなと後悔する。
「クラフト」
俺がそう呟くと、二人の座席の所に二人分のフォークとナイフが出来上がる。
「クラフトって材料が必要だと思ってたんだけど」
「俺は何も無くてもできるな」
「流石は魔界の王子さまってところかしら」
「その呼び方はやめてくれ。あまり好きじゃないんだ」
「あら、ごめんなさい」
魔族なら良いが、王子と呼ばれるとお前はあいつの息子なのだと言われている気分になる。
俺とリンはそれぞれの座席に座り、リンが焼いてくれたステーキを食べ始めようとする。
「レン、ちょっと待ちなさい」
「ん?」
いきなり俺の食べる手を止めてきたリンの方を見ると、こちらに向けて手を合わせている。そうしてお前もやれ、と言わんばかりの圧力をその身に受ける。
「何だ、その儀式は」
「魔界にはないの?食べる前はこうやって手を合わせて『いただきます』って言うんだよ」
「何の意味があるんだ、それは」
「こうやって命をいただくことに感謝するのよ」
リンの説明にいまいちピンとこないまま俺は手を合わせる。
「はい、いただきます!」
「いただきます」
それにしてもリンって美味しそうに食べるよな。そういえばいつの間に俺はリンと一緒に暮らすことになってるんだろ。体力が戻ったら人界に帰そうと思ってたんだが。
「リン」
「何?」
「人界に帰りたいか?」
「……ん~、人界に住むんじゃなくて単純に帰りたいかと聞かれたら帰りたいかな。でも、ここは入ったら二度と元の世界には戻れない絶界よ。いくらレンでも人界に行くのは無理でしょ?」
むしゃむしゃとステーキを口に運びながらリンがそう言う。俺の場合は魔界全土が魔王国で支配されているため、帰ろうにも帰れないが、人族はいくつもの国に分かれていると聞く。
リンは追放された国以外ならば帰ることは可能なのだが、どうやら聞いた感じだと帰ってみたくはあるが、住みたくはないといった感じだな。
「行けると言ったら?」
俺がそう言うと、リンはステーキを食べる手を止め、こちらを見つめる。
「行けるの?」
懇願するような、期待するような、そんな口調でリンは問いかけてくる。
「分からない」
俺が正直にそう答えると、緊張したリンの顔が一気に弛緩する。
「なーんだ。てっきりレンの事だからできるのかと思っちゃったよ」
そう言うと、またフォークをステーキに刺し、食事を再開する。
「もう一度聞くが、人界に行きたいかどうかなら行きたいんだな?」
「ん~、まあそうなるかな」
それなら安心だ。バリアを張っているとはいえここでリンを置いて行くのは心配だし。ここはまだ未開拓の地でもしかすれば俺の想像をはるかに超える程の強力な魔物が存在するかもしれない。
そんな奴がここに来たらバリアを壊されるかもしれない。魔界では絶対の安全領域であったとしても雑魚のようにドラゴンが飛び交うこの地では決して安全領域などではないのだ。
「じゃあ、人界に行けるようになったら一緒に行こうか」
「うん!」