4話 漂流
結局あの後、俺の魔族の角を見て気を失った金髪の少女の体を家へと運び、ベッドを作ってそのうえで寝かせることにした。
「くー、くー」
静かな寝息を立てて眠る少女。恐らく俺と同じくらいの年だろうか。
俺は起こさないようにさっきとれたドラゴンの肉を一部だけ焼き、他の部分をまた保管魔法に入れておく。またドラゴンの肉を焼いたのは少女に食べさせるためだ。
「しかし、人族の娘がどうして絶界にいるんだ?」
少女の服を見るにただの民間人ではないだろう。それに防具も何にも身に付けていないため、冒険者とも違うように見える。
まるで人形の様な顔立ちの寝顔を見ながらぼんやりと考える。少女が寝ている今、目を離すことは出来ないため顔を見つめるのは仕方が無い事だ。けして好みの顔だからではない。
「んっ、ん~」
どうやら目を覚ましたようだ。
「起きたか?」
「ひゃいっ!?」
俺の声に背中をびくりとさせて大げさに少女は驚く。
「ま、魔族……」
「安心しろ。お前に危害は加えない。魔族と言えどもう魔界を追放された身だからな」
「近づかないで!」
少女は俺から逃げる様にして体を壁に寄せていく。
「そう怖がるな」
「黙れっ!魔族は私達一族を蹂躙した非情な存在!そんな者の言うことが聞けるわけが無いでしょ!私の父上をッ!兄上をッ!母上をッ!」
怒りの籠った目で見つめられる。どうやらとてつもなく嫌われてしまっているらしい。王子でありながら常に戦争に向かう事を拒んでいたが、やはり行って魔族の悪行を止めるべきだったか。
俺は少し後悔しながら、少女に語り掛ける。
「俺の同胞が迷惑をかけてしまったのはすまないが、それは俺がやったことじゃない。お前はそんな俺に償えというのか?」
「それは……」
理論ではないのだ。目の前に自分の愛する者を殺した者と同じ姿の者が居たとして、その者がどれだけ善良であるかなど関係ない。ただ、発散できない怒りをそいつにぶつけるだけだ。
「お前が言っているのは、もし自分の親が人間に殺されたときに人間全体を憎むと言っているのと同じくらいおかしなことだ。一回落ち着いてこれでも食え」
俺は少女のために焼いたドラゴンのステーキが載った皿を差し出す。
腹が空いているのだろう。少女は食い入るようにしてステーキを見つめながら、そのステーキに手を伸ばすのを我慢している。
ぐぅ~という少女の腹の音が聞こえる。かなり限界のようだ。
「ほらほら、食べないと俺が食べるぞ~」
あーんとステーキを口に運ぶとバクッと肉を食う。
「あっ」
もぐもぐと肉を頬張りながら少女の顔を見つめると、目に涙を浮かべてこちらを睨んでいる。
「やっぱり魔族は鬼畜生よっ!」
鬼ではない魔族である。
「残念だな~、もう一枚焼いてたのにそんなことを言われちゃったらまた食べちゃおっかな~」
そう言うと、また俺はステーキを口に運ぼうとする。
「ま、待って!」
俺はその言葉にピタッとステーキを運ぶ手を止める。
「どうしてだ?要らないんだろ?」
「……いる」
「ん?何て言ったか聞こえないぞ?」
「だから要るっ!食べるっ!」
俺の焦らす言葉に少女が叫ぶ。これ以上揶揄うのは良くないなと思い俺が皿を少女に差し出すと、少女は無我夢中で食べ始める。
「そんなに腹が減ってたのか」
「別に良いでしょ!」
少女は自分が必死に食べる姿を見られて恥ずかしかったのか顔を赤くしてプイッと横に顔を向ける。皿の上のドラゴンの肉は綺麗に平らげられていた。
「腹ごしらえもしたし、一応挨拶でもしておくか。俺の名前はレン。しがない漂流者だ」
「……リン」
ぼそりと小声で名前を言う。どうやら食べ物を与えたことで少し警戒心がほぐれたようだ。
「リンか。なんか似てるな」
「私じゃなくてあなたが似せたのっ!」
「先に言ったのにどうやって似せるんだよ」
リンは俺の言葉に言い返せずぷくーっと顔を膨らませる。どうやらまた怒らせてしまったらしい。
「今日からよろしくな、リン」
「……よろしく」
こうして俺は謎の少女リンとの和解に成功したのであった。