2話 離島
この世界には魔族の生活圏である魔界、そして人族の生活圏である人界、そしてもう一つ、入れば誰も戻ることは出来ないと言われる絶界と呼ばれる3つの世界で分けられている。
絶界は魔界や人界と違ってまさに全種族未踏の地である。その理由は周りに巣食う魔物が強すぎるからという理由の他に誰も侵入することが出来ない程の濃霧に覆われているという理由がある。
正直、魔物が強いだけでは誰も足を踏み入れないということは無いだろう。後者の濃霧という時点で誰も住みたいと思わないのである。
俺はそんな所に向かっていた。理由は簡単、まず魔界には入れない、そして追放されたと言えど元敵国の王子が人界で暮らすのは気が抜けない。人族に変装して人界に行くにはいくが、住むところは分けておきたいのだ。
転移の魔法さえ使えば、絶界と人界を行き来することだってできるし、冒険者をすれば金を稼いで暮らすこともできるだろう。転移の魔法を開発しておいてよかった。
「ここが絶界か」
飛翔の魔法を使いながら濃霧に包まれた海域を眺める。本当に全体が霧で覆われているのだろうか。
ギャオオオオッ!!!!
霧の向こうから雄叫びが聞こえる。聞いたことも無い魔物の鳴き声に俺は一層緊張する。
帰るところが無い今怪我はしたくない。そのため、あまり戦いたくは無いのだ。
「こっちか?」
俺は濃い霧の中を魔物に見つからないように手探り状態で彷徨っていく。俺の白い髪と同じくらい白いその霧は俺の視界の一切を奪う。
「聞いた通り本当に何も見えないな。ちょっと飛んだだけでもう帰る方向が分からなくなった」
まあ、帰ることは無いから別に良いんだがな。魔界での心残りはギレンという名を付けてくれた母の墓参りが出来ないということと仲間の安否だけだ。
「そういえばギレンという名も変えないとな。戦争に言ってはいないものの魔界では有名だったしバレる可能性がある」
何にしようか。ギレン、ギレン、ギ、レン。レン。
「レンにするか。これなら人界でもバレないだろう」
ごくごく普通の名前。それでいて呼びやすい。
「この服も魔族の服だからな。分かる人が見ればわかってしまうし変えたい所なんだが……」
果たしてこの絶界にそんなものがあるだろうか。それにまだ島があるとも限らないし。
そう思っていると、前方から激しい魔力の奔流が迫ってくるのが分かる。
「もしかして俺の存在がバレたのか!?」
俺は転移で飛んで避難しようと考えたが、少ししておかしいことに気付く。周りの座標がてんで出鱈目なのだ。これで転移を使ってしまえば俺の体は亜空間に放り込まれてしまう。
しかし、魔力の奔流はすぐ近くまで迫ってきている。
「こんなに近づくまで気付かないなんて。この霧は魔力さえも遮る力があるのか」
時すでに遅し。俺の頭には打開策が思い付かないまま、呑み込まれてしまうのであった。
「ぐわあああああッ!!!!!」
グワングワンッと衝撃が体を揺り動かす。その激しさに俺は簡単に意識を手放してしまうのであった。
*
ザザーン。
「……ここは?」
気付けば俺の体は砂浜の上に倒れていた。体を起こして周りを見渡す。先程まであった深い霧が嘘のように晴れ渡った良い天気だ。
どうやら俺はあの奔流に飛ばされてこの島に運よく流れ着いたようだな。
俺は立ち上がると、パンッパンッとズボンに付着した砂を払って島を散策するべくその場から歩いていく。
「絶界がまさかこんなに平和な所だったとはな。思っていた斜め上過ぎる」
そう言いながら歩いていく俺の目の前に羽の生えた大きな魔物が見える。
「前言撤回。やっぱり思ってた通りだ」
そこには伝説で聞いた通りの姿をしたドラゴンが俺を威嚇するように立っていた。
「転移」
シュンッと俺はその場から姿を消す。どうやらあの霧の中で無ければ魔力阻害は無いらしい。
俺はドラゴンの後ろへと転移して手を魔力でコーティングすると、ドラゴンへと振りかざす。
バシュッ!
呆気なくドラゴンの首は落ち、そのまま息絶えてしまう。
「少し驚いたがこの程度なら大丈夫だな」
服も魔力で覆っているため服に返り血がつくことは無い。
「これで今晩の飯ゲットだな」
見知らぬところに飛ばされたというのに呑気なままのギレン改めレンであった。