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花房猫、いただきます

「おおー」


 新鮮な肉を前に、少女が感嘆の声を零す。うっとりとした目付きはさながら恋する乙女のようだが、その視線の先にあるのは物言わぬ肉の塊たちなのだから、色々と残念な光景だった。

 とはいえ男からすれば、その様子ももう見慣れたものだ。特に気にもせず、彼は肉塊を前にさてどうするかと思案した。


(さっと味付けして木の枝にぶっ刺して火で焼くのが一番手っ取り早いし、それでも十分美味いが……。……結構面倒だっつってた魔法を使わせたし、そうじゃなくてもこいつにとっちゃ初めての花房猫だ。もう少し手を加えたやつを食わせてやるか)


 手を加える、と言ってもこのような場所で本格的な調理ができるわけではないのだが、ある程度やりようはある。

 調理方法を決めた男は一つ頷き、未だうっとりと肉を見ている少女に声を掛けた。


「俺は丁度いい葉っぱを見繕ってくるから、あんたは全部の肉に塩振ったあとで、適当に木の枝に刺しておいてくれ。結構な量があるが、あんたの胃袋考えたらこれくらいは二人で食い切れちまうだろ」

「了解ですっ。任せてください」


 威勢の良い返事に、流石やる気満々だな、と少し笑った男は、花房猫から切り取った花房を持って一人その場を離れ、先程の川へ向かった。

 そこで脂でぬるつく手を綺麗に洗った男は、次いで周辺の木々などから男の両手程の大きさで少し厚めの葉を選んで摘み、それらと花房を川でざっくりと洗った。おまけのように思われがちな花房だが、花房猫をきちんと食べるのなら、これは欠かせない重要な食材だ。


(こんなもんか)


 あんまり待たせては少女の腹が鳴いて騒がしくなってしまうかと、洗った葉と花を抱えた男は足早に少女の元に戻った。すると、遠目にもそわそわと落ち着かない様子が窺えた少女が、男の帰還に気づいて期待に輝く目を彼に向け、同時にその腹からそこそこ大きな音がぐぅと鳴り響く。


「……くくっ」

「し、仕方ないじゃないですかっ」


 あまりにも予想通りのタイミングで響いた腹の虫につい噴き出した男に向かい、少女が恥ずかしそうに声を荒らげる。悪い、と言いながら笑いを噛み殺そうとした男だったが、直後追撃のように再び彼女の腹が空腹を訴えたせいで、その努力は水の泡となった。

 抵抗虚しく笑い声を上げてしまった男に、少女が目を吊り上げて彼を睨む。


「ハンターさん、そろそろ怒りますよ!」

「はっ、はははっ! あー、判った判った、悪かったって」


 確かにこれ以上は本気でへそを曲げてしまいそうだと思った男は、どうにか笑いを収めて謝罪したが、そんな彼に少女はじとりとした目を向けるだけだった。その顔に、そう簡単に許してあげませんからね、と書いてあるのを読み取った男が肩を竦める。


「美味いもん食わしてやるから許してくれや」

「……私の取り分多めでお願いしますね」

「元々そのつもりだよ」


 その言葉に少女の気分が僅かに浮上したのを確認してから、男は手早く調理へと移った。焚き火の周りに肉が刺さった木の枝を刺して並べ、そうやって肉を焼いている間に、先程摘んできた葉の数枚に、洗った花房から千切った花を敷いていく。

 肉を刺した枝を時折回転させ、色んな方向からしっかり火を通していった男だったが、表面が軽く焼けてきたあたりで、肉のうちの半分ほどを引き上げてしまった。まさか生焼けの状態で食べるのだろうか、と思った少女が凝視する隣で、男は引き上げた肉を木の枝から外し、花を敷いた葉の上に乗せ、さらにその上にも花を散らしてから、端を折りたたんでしっかりと包んだ。そこに更に他の葉を何枚も巻き付けることで一番内側の葉を保護してから、それを焚き火の中に放り込む。


「あっ、包み焼きにするんですね」

「ああそうだ。良い肉だからただ焼くだけでも十分なんだが、こうした方がより旨い」

「そうなんですねぇ……」


 辺りに漂い始めた肉が焼ける匂いに、少女は先程の怒りなどすっかり忘れ、今にも涎を垂らしそうな顔でうっとりと肉を見つめた。そんな彼女の様子にまた少し笑いそうになった男だったが、折角持ち直した機嫌を損ねるわけにはいかないと、今度はしっかり笑いを堪えた。それに、男の方もこうして肉が焼ける匂いを嗅いでいると腹が鳴ってしまいそうだったので、あまり少女をとやかく言えたものでもない。

 そんなことを頭の片隅で思いながら、肉が焦げないように枝を回していた男は、不意にその内の一本を地面から引き抜いて、少女に差し出した。


「ほらよ。花房猫の肉は火の通りが早いから、これなんかはそろそろ食える」

「ハンターさんが捌いてくれたのに、私が先に頂いても良いんですか?」

「もう他のも火ぃ通るから、遠慮せずにさっさと食いな」

「……それじゃあ遠慮なく、頂きますね」


 そう言って串焼きを受け取った少女が、ふうふうと息を吹きかけてから、熱さを警戒するように慎重に口に運ぶ。そして、小さな口があむりと肉に食いついた瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。

 真ん丸になった目がばっと男に向けられ、何かを言いたそうな素振りを見せるも、口の中に物が入ったまま喋るのは躊躇われるのか、それは言葉にならない。かと言って、喋るためにすぐに飲み込んでしまうのは惜しすぎた。結果、彼女は目を見開いたまま物言いたげにしつつも、口を開くことはなくひたすらもぐもぐと咀嚼を続ける、という間抜けな姿を晒すことになった。

 そんな彼女の様子がおかしくて、男は落ち着けよと笑ってから、自分用の串焼きを手にしてかぶりついた。


(ああ、やっぱ絶品なんだよなぁ)


 口の中いっぱいに広がる旨味に、男の目が思わずと言った風に柔らかく細まる。久方ぶりに食べる花房猫の肉は、空きっ腹であることも相まって、より一層美味しく感じられた。

 と、そこでようやく肉を飲み込んだ少女が、驚きと喜びの入り混じった声を上げる。


「すっごく美味しいです! 味付けは塩だけなのに、ちょっと甘い感じがして、でも凄いさっぱりしてて、だけどぜんぜんパサパサもしてなくて! えっ、いくらでも食べられそう……」

「だから言ったろ、めちゃくちゃ旨いって」

「いえ、確かにそう聞いてましたし、すっごく期待してましたけど、期待以上で本当にびっくりです」

「はは、良かったな」


 そんな言葉を交わしてから、焼き上がった肉をまとめて大アムラの葉の上に置いた二人は、会話もそこそこに黙々と串焼きを口に運び続けた。

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