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花房猫2

「お疲れ様でした、ハンターさん。凄いですねぇ」

「あんたの方もな。あんたが魔法で脅かしてくれたおかげで、前やった時よりも読み易かった。動物ってのは大体、理性的じゃないほどに行動が単調になるからな」

「えへへ、お役に立てて何よりです。花房猫にはちょっと悪いことしちゃいましたけど」

「いなかったはずの竜擬狼が近くにいきなり現れたんだから、そりゃあ肝が潰れただろうな。つくづくあんたの魔法は便利なもんだ。ありがとうよ」


 男の感謝の言葉に、少女はそれが私の取り柄なので、と少し照れたように笑った。

 そう、花房猫が見た竜擬狼は、少女が魔法で生み出した幻だったのだ。正確には幻というよりは、ないものをあると誤認させる、感覚操作系統の魔法と言う方が正しい。幻覚魔法のようなものではあるが、実際は幻覚を見せているのではなく、幻覚にはない臭いや気配などまでをも真にあるものだと認識させることができる、強力な魔法だ。その分ごく短い間しか効果がないのだが、今回はそれで十分だと男は判断した。たとえほんの短い時間でも、すぐ傍に竜擬狼がいるとなれば、花房猫が即座に逃げ出すことは目に見えていたからだ。


「それにしても、まさかこういう魔法まで使えるとはな。初めてあんたに会ったときも、一人で三種類もの魔法が使えるなんて珍しい奴だと思ったもんだが、とんでもねぇ。実際のところ、あんた何種類の魔法が使えるんだ?」

「うーん、どうでしょう。数えたことがないので判らないんですけど、何十とか……? さすがに百はいってないと思うんですが」

「……化け物かよ」


 思わず男が零した言葉に、少女が失礼な、と頬を膨らませる。

 だが、男がそう言うのも無理はない。魔法というのは比較的珍しい力で、扱えない人間の方が多い上、使えたとしても一種類の魔法がせいぜいなことがほとんどで、二種類の魔法が使えたらそれだけですごいと言われるくらいなのだ。そしてそれは、人間に限らずどの種族にも言えることである。一応、極稀に三種類以上の魔法を使える存在がいる、という話を聞いたことはあるが、男はこれまでそんな生き物に会ったことなどなかった。そういう背景がある中で、さらっと何十種類にも及ぶ魔法を使うことができると言われたのだから、男の反応は至極真っ当なものだろう。


「しかもあんた、俺が使うような魔法道具頼りの魔法じゃなくて、自分の魔力由来の魔法だもんな。種類も豊富、コストパフォーマンスにも優れてる、ってんだから羨ましい限りだ」


 男の言葉からも判る通り、この世界には、生来の魔力で魔法を使える者と、魔石などを加工して作った魔法道具を使用して魔法を使う者の、二通りがある。前者は比較的珍しいため、大半の人間は道具に頼って魔法を使うが、そもそも魔法を扱えない人間の方が多いため、後者の方も数が多いというわけではない。

 何故なら、生来の魔力由来の魔法は勿論のこと、魔法道具を使用する魔法を使う場合においても、個々の魔法への適性というものが必要だからだ。魔法を使えたとしても一種類がせいぜいであることが多い、というのは、この適性の問題が大きく関わってくる。

 生来の魔力を使って魔法を発動できる者の場合、その血なり身体なりに沁みついているのか、本能的に己が適性を持つ魔法を知っている者が多い。だが、魔法道具を使う者の場合は、世の中に数多ある魔法道具の中から、自分と相性が良い魔法道具を見つけなければ、魔法を使うことはできない。その自分と相性の良い魔法道具を探し出す、というのがとんでもなく困難であるため、魔法を使える人間というのはあまり多くないのだ。

 それに加えて、魔法道具は基本的に高価な上に、その多くが一度きり、あるいは数回程度しか使えない消耗品である。そのため、仮に適性があったとしても、余程金に余裕でもない限り、気軽にほいほいと使えるようなものではない。

 ちなみに男は、幸運にも相性の良い魔法道具を二つ見つけられたので、二種類の魔法が使える。どちらもハント向きの便利な魔法なので、いざという時は使うことにしているが、やはりコストの高さが難点だ。

 では少女の方はというと、彼女は自身の魔力で魔法を使うことができるタイプなので、男のように金銭的な負担を負うことなく魔法を使用することができる。


「やっぱりあんたがいると狩りの効率が格段に上がるから良いな」

「えへへへ、褒めても何も出ませんからね」

「別に何か欲しくて言った訳じゃねぇよ。……さて、それじゃあさっさとこいつを処理するか。ここらは茂みも多くて邪魔だから、花房猫の巣のとこまで戻って捌くことにしよう」

「はい!」


 目をきらきらとさせて元気よく返事をした少女に、男が小さく笑う。


「テンション高ぇな、あんた」

「凄く楽しみなので!」

「そりゃ何よりだ。んじゃ、これ持ってってくれ」


 そう言った男は花房猫の背から生えている花房を切り取って少女に手渡すと、自分は死体をひょいと抱え上げた。花房猫は見た目よりも軽いので、平均的な雌の成獣くらいならば、男にとっては大した重さではない。

 そうして花房猫の巣があった場所まで戻ったところで、男は少女にすぐ近くの川で水を汲んでくるように指示を出した。


「すぐそこに俺がいるとはいえ、ちゃんと周囲の気配には気を配れよ」

「判ってますよ! じゃあ汲んできますね!」


 少女は花房を丁寧に草の上に置くと、ジジ山羊の革でできた水筒を持って川に向かっていった。その後ろ姿は、花房猫への期待からか鼻歌でも歌い出しそうな様子で、男は一瞬、あんなんで大丈夫だろうか、と思ってしまった。だが、いくら浮かれているとはいえ、彼女が気を配れという忠告を忘れてしまうような馬鹿ではないことはよく知っている。

 まあ放っといても大丈夫だな、と判断した男は、グローブを手から外すと、早速花房猫の解体に取り掛かった。

 血抜きは済ませてあるので、まずは内臓を処理すべく、胸から腹を切り開く。そして、内臓を傷付けないよう、特に胃や腸、膀胱などを破いてしまわないように気をつけつつ、慎重に取り出していった。花房猫の糞尿は臭いが少ない方ではあるが、それでも肉を汚してしまうのは勿体ない。

 男が無事に内臓を取り終えると、その辺りで少女が戻って来た。それを見た男は、次の指示として、火起こしと湯沸かし、それから近くに生えていた大アムラの葉をいくつか採ってくるよう頼んだ。それから、花房猫を持って彼女と入れ替わるように川へと向かい、そこで腹の中や毛皮を洗う。

 手際よく作業を済ませた男が戻ると、火起こしをしていた少女が一度手を止め、男の方を見た。


「大アムラはどうすればいいですか?」

「おお、その上で皮を剥いでくから、そこに一枚敷いてくれ。残りは切り分けた肉を置く皿にするから、横にでも置いといてもらうか」

「判りました」


 成長した大アムラの葉は非常に大きいので、仕留めた花房猫はその上に十分収まる。

 少女が敷いてくれた葉の上に花房猫を置き、男は今度は皮を剥ぎ始めた。花房猫は脂身が少ないが、それでも作業を続ければ、ナイフの切れ味はどんどん悪くなっていく。なので男は、少女が沸かしてくれた小鍋のお湯に時折ナイフを浸け、脂を溶かすことで切れ味を回復させながら、作業を進めていった。


「何回見ても、そのナイフでぺりぺり~って皮を剥いでいくの、不思議な感じがします」

「そうか?」


 横から男の皮剥ぎ作業を眺める少女の言葉に、男は手の動きを止めないままで疑問符を浮かべた。対する少女は、男の手の動きをじっと観察しながら、そうですよ、と言う。


「だって凄い簡単そうに、ささーっとやっちゃうんですもん。それなのにちゃんと綺麗に剥がれていって、なんかちょっと魔法っぽいです」

「魔法たぁ随分大げさだな。皮剥ぎなんて慣れだ、慣れ」

「そんなものですか?」

「ああ。折角だしあんたも練習がてらやってみるか? 花房猫は剥ぎやすい方だぞ」

「気になりはしますけど、今は遠慮しときます。慣れない私が時間をかけたせいでお肉の鮮度が落ちちゃうのは嫌なので。折角ですし、ハンターさんが手早く処理してくれた美味しいお肉を食べたいです」


 迷うことなく返された言葉に、男が少しだけ呆れた顔をする。


「飯のことになると本当にブレねぇなあんたは」

「それはもう。でも、気になるっていうのは本当ですよ。できることが増えるのは私も嬉しいですし、また別の機会に教えてください」

「おうよ」


 そんな風に言葉を交わしながらも、男は淀みない手つきで花房猫の皮を剥ぎ終えた。そのまま頭部を外し、骨を断ち、どんどん肉を切り分けていっては、大アムラの葉の上に並べていく。


「花房猫は骨を断つのにそう労が要らんから助かる」

「へぇ。ちなみにハンターさんが今まで解体するのに一番大変だったのって何です?」

「あ? そうだな、俺自身が解体したやつだと……、あー、アブザムって猪みてぇな魔獣がいるんだが、あれは大変だったな。皮も骨も硬ぇし、脂はすげぇし、そもそもでけぇし。あんときゃ十人がかりで引き摺って運んで、解体するのも専用の道具を使って大人数でやったもんだ。疲れたが、肉は割かし美味かったし、牙は良い値になった。……よし、終わったぞ」

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