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ウィアツェペカ探索開始2

 そんな気の抜けるようなやり取りを交わしつつも、男は整備された道を迷いなくずんずんと進み、先へ先へと歩いていく。それに遅れないようについて行きながら、少女は男に問いかけた。


「ハンターさん、この辺りは全然見ないで先へ進んでますけど、人の手が入っているエリアは後回しにするんですか?」

「ああ。何にせよまずは奥だな」


 少女の方を見ることなく端的に答えた男に、やっぱりそうなんだ、と彼女は内心で呟いた。

 これがまだ彼のハントについていきたての頃であれば、どうして手前側から丁寧に見ていかないのかと追加で疑問を投げかけていたのだろう。だが、ハンターの仕事に同行して一年ともなれば、まだまだ素人の少女でも、それくらいの理由は判るようになっていた。

 そもそも人の手が入っていない場所の方が何かがある可能性が高い、という理由がまず一つ。そして、人を襲うような魔獣が奥地に棲んでいるから、というのがそれよりも大きな二つ目の理由だろう。

 広い範囲の探索というのは、当然ながら体力も気力も使う。持ち込んだ消耗品も、時間をかければかけただけ減っていくものだ。故に、今回のように長期に渡ることが予想される広範囲の探索の場合は、気力、体力、消耗品等に余裕がある初期のうちに危険な場所を探索しておく、というのが狩りの基本だ。


(私も大変な作業は先に済ませておきたいタイプだし、そういうところはハンター向きなのかもしれないなぁ)


 少女がのんびりとそんなことを考えながら男の後を歩き続けて暫くしたところで、人のための歩きやすい道は、小さな泉にぶつかって終わった。つまり、普段はこの辺りまでしか人が来ていないということだ。


「もう終わりか。本当に浅いところまでしか利用してねぇんだな」

「そうみたいですね。まあ、好んで魔獣に出会う危険を増やしたいなんて人はあんまりいないでしょうし」

「じゃあこっからは道なき道だ。遅れないように気を付けろよ」

「はい」


 はきはきと返事をする少女に頷きを返してから、男は整備された道を外れ、さらに奥を目指して進んでいく。少女も男の動きと足元に注意しながら、その後に続いた。

 今まで二人が歩いてきた道も、最低限整備されているという程度でそこまで人の手が入っているような状態ではなかったが、道を外れた先は木々や草がより鬱蒼としており、完全に手付かずの大自然という様相だった。

 そんな自然の中、男は背後の少女を時折確認しつつ、茂る草をかき分け、苔むして緑に染まった倒木を踏み越えていく。

 男の方は流石なもので、草木を相手にした道中も酷く静かだが、少女はというと、がさがさと葉擦れの音を響かせている。とはいえ男も、ハンター業に同行し始めてまだ一年の相手にとやかく言うつもりはない。それを証拠に彼は、痕跡を大きくしてしまうのを承知で、後ろから来る少女が歩きやすいようにと、かき分けた草を少し強めに踏み締めてやっていた。

 移動の最中、暫くは無言で歩いていた二人だったが、ふと男が口を開いた。


「現状はアシレの木が多くて、青い森っつーよりは白い森だな」

「そうですねぇ。この辺りの気候を考えたらアシレとかシーカが多いのはよくあることですけど。この一帯は土地も高めですし」


 そう返しながら、少女はぐるりと周囲を見回した。

 アシレというのは、比較的寒くて標高が高い土地に多く見られる、三又に分かれた薄緑の葉と滑らかな白い木肌が特徴の常緑広葉樹だ。

 頭上はそんなアシレの木の葉に光が遮られ、木漏れ日があってもなお薄暗さを感じるような様相だが、立ち並ぶ木々の幹の大半が白であるため、実際の明るさよりは幾分か明るく感じられる。少々特殊と言えば言えなくもない景色ではあるが、これを見て青い森だと言う者はまずいないだろう。


「そんなに判りやすく“青い森”だってなるようなものなら、とっくに誰かに先を越されちゃってそうな気もしますよね。……というか、そもそも“青い森”の青いって何のことを言ってるんでしょう?」

「さあなあ。幹なり葉なりが青い木が生えている場所でもあるのか、何かの要因で一時的に森がそう見えるとかなのか……。とはいえ、エルド地方の有名な青の草原(フィアレッテ)みてぇな例もあるしな、呼び方を鵜呑みにしきって良いのかは正直難しいところだ」

青の草原(フィアレッテ)って……、珍しい青い草形綺水晶がびっしり生えてる大水晶窟でしたっけ」

「ああ。実物見れば名前の言わんとしていることは判るが、何も知らずに青の草原って言葉だけから想像して、あの広い洞窟内の光景はまず浮かばねぇだろう。……ちなみにあんたは、幹や枝葉が青い樹木に心当たりはあるか?」


 男はそう言いながら、少女を窺うようにちらりと振り返った。植物全般の知識においては男よりも少女の方が遥かに博識なので、少女ならば何か知っているかもしれないと思ったのだ。

 しかし彼女は少し考えこむように視線を泳がせたあとで、いいえ、と首を横に振った。


「幹が青みを帯びている、メルナっていう木なら知ってるんですけど……。でもあれは、正確には少し青みを帯びた黒っていう感じで、あの色合いを青って言い切るのはちょっと。それに、メルナはもっと暖かな南方の海岸近くに生える木なんですよね」

「そりゃあ、こことは環境が違いすぎるな」

「はい、だから流石にこの場所でメルナを探そうっていう話にはならないかと」

「みてぇだな。つってもまあ、今の状態で憶測重ねて先入観持ちすぎるのも良くねぇか。取り敢えず、この件は置いておくことにしよう」


 そう言って話を切り上げた男に、少女がそうですね、と返す。

 狩りにおいて、事前に様々な可能性を考慮しておくのは重要なことだ。起こり得る事態を可能な限り想定し、入念な準備をして、あらゆる状況に対応できるように努める。これが狩りを成功させる上での基本だが、しかし今それをするには、手がかりが少なすぎる。“青い森”にしろそこに眠るお宝にしろ、それらの正体の検討もついていない現状必要なのは、幅広い気づきとクリティカルな発想だ。そういうものなしに根拠のない想像を下手に重ねれば、それはただの固執に繋がりかねない。こういう思い込みというのは、無意識のうちに正常な思考を蝕み、目を曇らせてしまうものだ。

 こうして少しの会話を終えた二人は、喋るのをやめて再び黙々と歩みを進めた。

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