ウィアツェペカ探索開始
次の日、必要な物を買い足した二人は、大山の麓に広がる森、ウィアツェペカへと向かった。
大きな街を三つ飲み込めるほどに広大で深いこの森には、意外にも村人たちも頻繁に足を運ぶらしい。なんでも、ここで採れる動植物などは、村の大切な糧なのだそうだ。そのため、村から森までは簡単に整備された人のための道があり、それは森の中まで続いていた。
といっても、さすがに人のための道は森の浅い部分までしか存在しない。この道は、人が歩くための利便性を保つとともに、一種の境界線を示しているのだ。
整備された道を越えて森の深くに分け入れば、その先には危険な猛獣たちと、それよりも更に危険な魔獣が待ち受けている、とは、今朝方立ち寄った店で聞いた話である。整備された道には、危険な場所と安全な場所とをはっきり区別させるための用途もあるということだ。
幸いなことに、人に害なす類の凶暴な魔獣は森の奥深いところを縄張りにしているらしく、むやみに森の奥へ足を踏み入れさえしなければ危険性は限りなく低い。逆に言うと、森の奥地へ進んだ場合、身の安全の保障はないということである。故に奥地はまともに人が踏み入ったことがなく、ほぼ未開の地となっているらしい。
そんな店主の話を聞いた男は、それはなんとも有難いことだなと思った。
ほぼ未開の地であるというのなら、先に同職が“青い森”の宝を見つけてしまっているという可能性は低いだろう。そもそも秘宝など存在していなかった場合を考えても、下手に荒らされていない未開の地の方が、ある程度の実入りは見込めそうだ。
店主としては、魔獣がいて危険だから絶対に奥の方までは行くな、という忠告のつもりだったのだろうだが、ベテランのハンターである男にとって、魔獣は恐れる対象ではなく獲物の一つだ。それに店主の方も、男がハンターであると知ると、ああそれなら、という顔をした。とはいえ、隣にちょこんといる少女も一緒に連れて行くつもりだと知った途端、危ない奴を見る目で苦言を呈されたのだが。まあそんなことをいちいち気にしているようでは、最初から仕事に同行などさせないので、店主の言葉は適当に流しておいた。
「それじゃあ森の探索を始めるわけだが、あんた、基本的に俺の傍を離れるなよ」
辿り着いた森の入口でそう言った男に、少女がぷくりと頬を膨らませる。
「もー、判ってますって。昨日から何度も聞きましたよ、それ」
心外ですと言いたげなその様子に、本当だろうなと男は念を押すように言った。
それにますますむくれてみせた少女は、唇を尖らせながら、ぴっと男を指さす。
「ハンターさんは、私のことを子供扱いし過ぎです。この見た目ですから、人の目があるときは寧ろそうして貰った方が良いですけど、今みたいに他に誰もいないときは子ども扱いする必要ないじゃないですか」
「相応の対応をしていると思うがな」
「そんなことありませんよー! 何度も言ってますけど、私はハンターさんよりもずっとお姉さんなんですからねっ」
「俺もそいつは何度も聞いたなあ」
何度も聞いたし、理解もしているのだが、どうにも年上とは思えないんだよなぁ、とは男の胸中の呟きである。彼女が人並外れた力を持っていることも、見た目通りの人間の子供にしては持ち合わせている知識が規格外なことも、十分身に染みて判っているのだが、だからといって年上っぽさが感じられるかというと、そんなことは全くないのだ。
「あんたが俺よりも年食ってるってことは判ってるし、見た目がガキだから侮ってるなんてこともねぇし、あんたの能力についても信用してる。つーか、そうじゃなけりゃこうして仕事に連れてくなんてしねぇよ」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘ついてどうするんだ」
まっすぐ少女を見下ろす男の顔はごく真面目で、その言葉は違わず本心である。それが判ったのか、少女は満更でもなさそうな様子で、それなら良いですけど、と言った。
「でも、だったらこの子供扱いはなんなんですか?」
「それがそもそもあんたの勘違いなんだが、別に俺はあんたのことを子供扱いなんてしてねぇ」
そう答えた男に少女が訝し気な顔をしたが、それを無視して男は言葉を続ける。
「子供だと思って何度も注意してるんじゃあなくて、あんたがあんただから言ってるって話だよ。お姉さんを主張するのは構わんが、それなら頑張ってもう少しそれっぽい振る舞いしてみせてくれ」
少女曰く、彼女は人前では見た目通りの振る舞いをするように努め、人の目がない場所では素の状態でいる、という風にはっきりと切り替えているそうなのだが、生憎男は未だにその差がよく判っていない。いや、確かにまあ、人前では見た目にそぐわない豊富な知識を出さないようにしていることくらいは、男も把握している。だが逆を言えば、それくらいしか判らない。そのため、少女の素自体が普段の見た目にそぐうものであるのだと、男はそう認識していた。
要するに、男は少女の見た目がどうこうではなく、そもそも子供っぽいその気質を思って、数度の注意を重ねているのだ。加えて言えば、少女は変なところで抜けているというか、うっかりしてしまうところがあるので、言い聞かせるに越したことはないとも思っている。
「……えっ、それ私を子ども扱いしているよりも失礼な話じゃないですか!?」
「よし、じゃあ行くぞ。森にも入ってないこんなところで、いつまでもぐだぐだ時間潰すのも勿体ねぇ」
「あっ、ちょっと! 話はまだ終わってませんよ、ハンターさん!」
少女の叫びをさらりと流し、男は森の中へ足を踏み入れる。少女は慌ててその隣に駆け寄りつつ、聞いているんですか、ときゃんきゃん鳴いていたが、はいはいとまともに応えようとしない男に、やがて諦めがついたらしい。もう知りません、と言ったあと、ぷっくりと頬を膨らませて黙った姿をちらりと見下ろし、そういうところだよなぁと男は思った。