失せし技術
少女が見つけてくれた道は、先ほどまでと同じような洞窟然としたものだったが、足をつける地面だけは綺麗に舗装されて平らになっており、更によく判らない照明のようなものが等間隔で天井に備えられているお陰で、カンテラの明かりを必要としないほどに明るい空間だった。
随分歩きやすくなったその場所を数歩を歩んだ男が、ふと思いついたようにちらりと後ろを振り返る。すると、先程消えた筈の岩壁が何事もなかったかのように鎮座して帰り道を塞いでいるのが見えて、彼はまたしても少し驚いて少女を見た。その視線に気づいた少女が、後ろを振り返ってから、ああ、と言う。
「解錠した者が境界を通過すると、自動的に壁が復活する仕様のようですね」
大して驚いた様子もなくそう言った彼女に、男はなるほどさっぱり判らんな、と呟いた。
男にとっては目を剥きそうになる程度には見慣れない光景なのだが、どうやら彼女にとっては大したことではないらしい。
それから互いに何を話すこともなく歩みを進めて、少しの時間が経ったところで、少女が唐突に声を上げた。
「さっきの、パネル――板のことなんですけど」
「お?」
突然どうした、と思った男が少女を見ると、彼女は前を向いたまま、気持ちを落ち着けるように大きく息を吸って吐いてから、男を見上げて口を開いた。
「あれ、貴方たち人間が言うところの失せし技術で作られたものなんです」
言われたそれに、男は珍しく呆けた顔をした。
「…………は?」
「あ、やっぱりそういう反応になっちゃいますよね……」
「いや待てあんた、失せし技術っつったら、三千年前に失われた超高等技術のことじゃねぇか!」
失せし技術。それは、遥か昔に失われて消えてしまった、今の世では想像もつかないほどに先進的で優れていたらしい技術の呼び名だ。らしい、という表現になってしまうのは、誰もその技術を解明できていないため、実際にどんな技術なのかいまいちはっきりしていないからである。
一応今の世にも失せし技術由来の遺物などは残っており、それらは総じて貴重な品としてコレクターの間で高値でやり取りされているが、そのほとんどが作動方法も判らないガラクタ同然の品だ。時折操作をせずとも自動で作動するようなものもあるが、それは本当に希少で、その中でも何がしかの強力な効果を生むものは、オーパーツと呼ばれている。つまり、希少な中でも更に希少なのがオーパーツなのだ。それ故に、人類が現在入手しているオーパーツというのは数えるほどしかなく、そのほとんどが各国の王族の管理下にある。
(オーパーツってのは数が少ない分、選定基準も固まってなくて実はピンキリだって聞くが、少なくとも物質を消したり出現させたりするさっきの板は、間違いなくオーパーツと呼んで良い代物だ。それを意図も容易く操作してみせたとなると……)
事の重大さを理解した男が、低く唸った。
「……あんた、絶対に俺以外にこのこと話すんじゃねぇぞ。いや、本当なら俺にだって話すべきじゃなかったんだが……」
失せし技術を解し扱える者がいると知れれば、間違いなく国家単位の権力が総出で動く。男は少女と知り合ってまだ日が浅いが、彼女が争いだとか権力だとかが似合わないほどに穏やかな性質であることは知っているし、そういうものに無理矢理巻き込まれる彼女を見るのは好ましくないと思った。
そんな彼の言葉に、少女が男を見上げてぱちぱちと瞬きをする。それから彼女は、にっこりと嬉しそうな笑みを浮かべた。
「真っ先にそう言ってくれるハンターさんだから、お話したんですよ」
さすがにちょっと迷いはしましたけど、と続いた言葉に、男は一瞬虚を突かれたような顔をしてから、盛大な溜息を吐いた。
「あんた、俺を買い被るのも大概にしとけよ……」
「買い被ってなんかないですよ。これでもハンターさんより長く生きてますからね。人を見る目は確かなんです」
えへんと胸を張ってみせた小さな身体に再びの溜息をついた男だったが、この件についてそれ以上何かを言うことはしなかった。
その後も他愛のない話をしながら歩いていた二人は、再び行き止まりになった道を前に足を止めた。
まだそこまで長くは歩いていない筈だが、はて、と思った男が、ちらりと少女を見る。またどこかに板が隠されていて、先程のように目の前の岩壁が消えでもするのだろうか、などと男が考えていると、一歩前に出た少女が、男を振り返って手招きをしてきた。
男が素直に少女の元へ向かうと、彼女は壁に隠されたパネルを探し出して、さっとそれを操作した。すると、シュンとどこか空気の抜けるような音が背後から聞こえ、男が慌てて振り返ると、今来た道を塞ぐように壁ができていた。結果、小さな部屋のように空間が区切られることになり、彼は一瞬閉じ込められたかと焦ったが、少女が平気そうな顔をしているのに気づき、そういう訳ではないのだと悟る。
そしてそれから間を置かず、僅かな振動と腹の底がそわりとするような浮遊感を感じて、男は少女に向かって口を開いた。
「なあ、これ今何が起きてるんだ」
「今いるこの部屋ごと、地下に潜っています」
「は?」
「この部屋自体が昇降機になっているんですよ」
なんてことはない調子で答えた少女に、男は僅かに目をすがめた。
昇降機自体は珍しいものではないため、男も利用したことはある。だがそれは水力や風力を使ったもっと規模の小さいもので、こんな大人が十何人は余裕で入れるような空間を動かすものなど見たことがない。男が知っている昇降機は、足場をトルク鉱石などのワイヤーで吊るのだが、これだけ大きなものを吊り下げるとなると、そんじょそこらのワイヤーでは無理だろう。いや、そもそもワイヤー自体使っているのだろうか。微かに聞こえる駆動音の中に、ワイヤーが擦れるような音はまったく聞き取れない。それに、こんな地下でどこからどうやって動力を得ているのか。
(いやまあ、失せし技術だからって言っちまえばそれまでなんだろうが……)
岩壁が一瞬で消えたのも意味が判らなかったが、この昇降機も大概だ。これで一切魔法を使っていないというのだから信じ難い、と思った男は、そもそも魔法でこれを再現するのは不可能なのだから、魔法が使われていないのは当然か、と思い直した。
「なぁ、聞いていいか」
「はい。お答えできることならお答えします」
「あんたにとって、この程度は普通……、っつーか、日常的なものなのか?」
男の疑問にきょとりと目を瞬かせた少女は、すぐに首を横に振った。
「いえ、日常的なものではないですね」
「その割には慣れてるように見えるんだが」
「んと……、この技術に関するものを一回も使ったことがないわけじゃないですし、使い方を始めとする知識も持っているんですけど、普段使いしてきた、っていうわけじゃないんです。だから慣れているというよりも、ただ本当に知っているだけなんですよ」
その言葉を聞いて、男がさらに問いを重ねようとしたところで、部屋を揺らしていた細かな振動が止まった。
視線を男から壁の方に移した少女が、着いたみたいですねと呟く。つられて同じように壁に目を向けた男の前で、壁に光の線が走り、洞窟の岩壁と同じように一瞬でその姿を消した。
そうして飛び込んできた光景に、男と少女は小さく息を飲んだ。
壁が消えた外の空間に、薄青い水のような色をした草木の姿が窺えたのだ。




