希少種の少女
酒場でのやり取りの後、情報屋からウィアツェペカの更なる情報と地図を買った男は、少女を連れて自宅である一軒家へと戻った。
小さめのその家は、仕事柄開けていることが多いので、男一人だった頃は掃除もあまり行き届いておらず、お世辞にも綺麗とは言えない有様だったのだが、少女が来てからは彼女がせっせと掃除や整理整頓をしてくれるので、そのお陰で随分と快適な場所になった。
「ハンターさぁん、お腹が空きました~」
帰宅早々にそう言ってソファにぺしょりと頽れた少女に、男が呆れた声を出す。
「あんたさっきステーキ貪ってただろうが」
「あんなのじゃ全然足りないって知ってるでしょ~」
少しだけ拗ねたように言った彼女に、男が判った判ったと言ってキッチンに向かった。
「俺の腹は膨れてるし、そもそも晩飯時っつーには遅いからな。簡単なもんで良いな?」
「はい~。でもできれば美味しいものが良いです」
「あんたな……」
少女の間の抜けた声に呆れつつも、男は今朝市場で買ってきた雨音牛の肉を手早く捌いて香辛料を振りかけてから、油を敷いたフライパンに雑に並べた。じゅうじゅうと音を立てて焼かれていく肉が焦げないように注意しつつ、同時進行で男の肘から先ほどの長さはあるパンをスライスして釜に放り込む。それから付け合わせに野菜くずで適当なスープを作った彼は、それらを鍋やフライパンのまま、どんとテーブルに置いた。
「ほらよ」
「わーい! ありがとうございます!」
飛び起きて食卓についた少女に、その向かいに座った男が頬杖をつく。
「しかし、ほんとによく食うな」
「仕方ないじゃないですか。沢山食べないとエネルギー不足になっちゃうんです。私の種族、燃費が悪いんですよねぇ」
「あーそりゃ何度も聞いたよ。あまりに燃費が悪くて本来の姿を保つのも大変だから、省エネのために今みたいなちっさい姿してんだろ」
そう言った男に、口いっぱいに詰め込んだパンを飲み込んでから少女が口を開く。
「はい。あとは、人間に紛れられるように、人間の姿をしているっていうのもありますよ」
ここまでの会話から判る通り、少女は実は人間ではない。具体的な種族名は男も教えられていないのだが、古くから存在している長命な種族で、環境の変化に伴って種族内で特異な病を発症したせいで数がぐんと減ってしまい、今では百に満たないほどしかいない希少種である、ということくらいは聞いている。
数を減らした彼らは、生き残るために人に擬態し、人に紛れて生活をしているそうだ。ただし、その姿は例外なく、この少女のように十五足らずほどの見た目をしているらしい。なんでも彼女の種は、活動のために特殊なエネルギーのようなものを大気中からとり込む必要があるのだが、そのエネルギーが環境の変化で激減してしまったせいで、体サイズが大きいとエネルギーのやり繰りが大変なのだそうだ。
そういう理由で幼い姿を保っている彼らだが、それでもエネルギーが満ち足りているとは言い難く、仕方がないので、特殊なエネルギーの代替として大量の食物を摂取することで、なんとか活動を維持しているらしい。
さすがに酒場のような人目があるところでドカ食いをするような真似は控えている少女だったが、男と二人きりのときは、今のように成人男性が食べる量の二倍は超える食料をぺろりと平らげてしまう。お陰様で、男は跳ね上がった食費に頭を悩ませることになった。
という訳なので、この少女は実は見た目のような年齢ではない。実際は男よりも遥かに長い時を生きている大先輩なのだ、とは彼女の談であるが、男としては、普段の言動やら行動やらを見る限り、外見と中身でそこまで大きなギャップは感じないなぁ、というのが素直な感想だった。
「それにしても、メルシアさんはなかなか疑うのをやめてくれないですね」
「やめてくれないっていうか、あれはもう完全にあんたが普通じゃないってのを確信してるだろうな」
「ええ! 私の正体がバレたら困るんですけど、どうしましょう……」
本気で困った顔をしながらも食べることはやめない少女を生温い目で見つつ、男はそこまで心配しなくて大丈夫だろ、と言った。
「ああ見えて、物事の分別はきちんとしている奴だからな。俺やあんたが話さない以上、無理矢理詮索するようなことはしねぇし、隠れて調べるような真似もしねぇよ。言葉の通り、信頼できるようになったら話してくれ、ってのが嘘偽りない本音さ」
「そうですか? まあハンターさんがそう言うならそうなんでしょうね」
それならあんまり心配するのはやめます、とあっさり言った少女に、それはそれでどうなんだ、と思った男だったが、別に彼女も誰彼構わず話を鵜呑みにするわけではなく、男の言葉だからこそ信じ切っているというのは理解しているので、咎めるようなことはしなかった。その代わりに、明日からのことについて話を切り出す。
「取り敢えず今日はゆっくり寝るとして、明日起きてからが、ちぃと忙しいぞ。なにせ今回は目的地に行くだけで時間がかかる上、情報屋から聞いた限り随分規模がでけぇ森が相手みたいだからな。十中八九ガセ情報だとしても、探索を雑に済ますって訳にもいかねぇし、その辺りを踏まえた探索日数とこっからの往復に必要な日数とを考えると、トータルでおよそ一ヶ月がかりのハントになる。となると、それ相応の準備をしなきゃなんねぇってこった」
「なるほど、なんだかわくわくしてきましたね!」
「……呑気なもんだな……」
美味しそうに料理を食べながら目をきらきらとさせる少女に、男は明日の準備を思ってやれやれと溜息をついたのだった。