まぼろしの流星 ~ 幸運のシューティングスター
前半が「ぼく」のお願いごと
後半が「おじいちゃん」の不思議な体験
の2部構成となっております。
■■現代 米国メーン州のとある田舎町■■
「あ、流れ星!」
お星さまがいっぱいの夜空に、またひとつ光があらわれた。
「ほら、早く願い事をしなさい」
あっ!そうだった!おじいちゃんに急かされて、ぼくは慌てて両手を組んで、流れ星に祈った。
冬のお庭はとっても寒いけど、おじいちゃんが背中から抱っこしてくれてるから、あったかい。
ぼくは、いっしょうけんめい、何度も何度も心の中でお星さまにお願いした。
そして顔を上げると、もう流れ星は消えていた。
「坊主、ちゃんと、お願いは出来たかい?」
「うん!」
「どんなお願いをしたのかな?」
「うーん、ひ・み・つ」
本当は『大好きなおじいちゃんがずっと元気でいますように』ってお願いしたんだ。
でもそんなこと、おじいちゃんには、はずかしくて言えない。
「そっか、坊主の願いが叶うといいな」
ぼくがお願いを教えなくても、おじいちゃんはぼくの頭をやさしく撫でてくれた。やっぱりぼくは、やさしいおじいちゃんが大好きだ。
「ねえ、おじいちゃん。本当にお願いは、かなうかな……?」
ぼくは心配になってきた。だってぼくは、やさしいおじいちゃんと、ずっと一緒にいたいんだ。
「大丈夫、きっと願いは叶うよ」
「ほんとに?」
「本当さ。ワシも昔、流れ星にお願いしたことがあってな、その時はちゃんと願いは叶ったんだ」
「おじいちゃんは、どんなおねがいしたの?」
「坊主は、昔ワシが飛行機に乗っていたのは知ってるね」
「うん。パイロットだったんだよね!ぼくも大人になったらパイロットになるんだ!」
「そうかい。坊主もがんばってお勉強すれば、きっとなれるよ」
おじいちゃんは嬉しそうにまた頭を撫でてくれた。うーん、お勉強はきらいだけど、パイロットになるには頑張らなきゃ。
「それでそれで、おじいちゃんは、どんなおねがいしたの?」
ぼくは、おじいちゃんのお願いごとが、とっても気になった。
「昔、ワシが飛行機で飛んでる時にな、すごく深い霧につつまれた事があったんだよ」
「霧って、あの白いモヤモヤしたの?」
「そうだよ。その時は周りは真っ白になってな。ワシはもう、どこを飛んでいるか全然分からなくなったんだ」
たいへん!そんなんじゃ飛行機が落っこっちゃう!
「それで、どうしようか困っていたらな、流れ星が見えたんだ」
え?霧の中なのに?
「不思議だろう?ワシは白い霧の中を飛んでいたはずなのに、なぜか流れ星が見えたんだよ」
おじいちゃんは、なつかしそうに星空を見上げた。
「じゃあ、おじいちゃんは、その流れ星におねがいしたんだね」
「そうだよ。『どうか霧を無事に抜けられますように』ってね。そうしたら奇跡が起きたんだ」
「奇跡?」
「そう、まさに奇跡だった。目の前に突然、飛行機が現れたんだ……それは見たことの無い、不思議な飛行機だった……」
おじいちゃんは昔を思い出すように目を瞑った。
「それで!それで、どうなったの?」
すごいワクワクする。続きを早くききたい!
「その飛行機はね、ワシの飛行機の前に出ると、翼を振ったんだ。まるで『ついてこい』って言うみたいにな」
こんなふうにね、と言っておじいちゃんのは手のひらを目の前でフラフラゆらしてみせた。
「ワシは藁にも縋る思いでその飛行機についていったんだ。そうしたら……」
「霧が晴れた?」
「そう。あんなに濃かった霧が晴れて、目の前に目的の飛行場が見えたんだ。あの時は助かったと思って本当にホッとしたよ」
「それで、その不思議な飛行機はどうなったの?」
「それがな……気が付くと、その飛行機は居なくなっていたんだ。夢じゃないよ。ほら、これがその飛行機の写真だよ」
おじいちゃんは懐から古びた写真をとり出して見せてくれた。そこにはたしかに、ぼんやりと飛行機が映ってた。
ぼく知ってるよ。おじいちゃんがこの写真をお守りみたいに、いつも大事にしてることを。
「きっと、神さまが、助けてくれたんだね!」
「そうだね。きっとワシの願いが届いて、神様が遣わしてくれたんだろうな……だから安心しなさい。坊主の願いもきっと叶うよ」
よかった。やっぱり願いはかなうんだ。
大好きなおじいちゃんが、ずっと元気でいますように。
■■1950年12月 房総半島沖 上空■■
「ホーリーシット!何も見えねえ!」
「畜生!シチューの中を飛んでるみてえだ!」
「やかましい!とにかく計器から目を離すな!水平を維持することに集中しろ!」
パニックに陥る部下達を隊長のローリング大尉が怒鳴りつける。
「まったく、若造どもめ……」
ローリングは溜息をついた。第二次世界大戦が終わってもう5年が経つ。世代交代も進みローリングの様に戦闘経験のあるパイロットも減りつつあった。今彼が率いているパイロット達も戦後に配属された若造ばかりである。
普段は粋がっていても、ちょっとした事で今みたいに冷静さを失ってしまう。こんな有様では朝鮮半島でまともに敵と戦えるか知れたものではなかった。
ローリングの所属する米空軍 第8戦爆航空団 第36戦爆飛行隊は、すべてF-80C『シューティングスター』を装備した部隊である。
F-80Cは、いわゆる第一世代のジェット戦闘機である。1950年の今では既に最新とは言い難い。それでもソ連の最新鋭機Mig-15を除けば、まだまだ北朝鮮の戦闘機相手に戦える実力はあった。
ローリングの率いる中隊は、ローテーションで朝鮮半島へ進出する前に、訓練のため芦屋基地から木更津基地に向かっている所だった。だが目的地を前にして、中隊は突然深い霧に包まれてしまった。
コンパスも効かず、基地との無線もつながらない。高度を上げてみたが状況は変わらない。不思議な、通常では考えられない現象だった。
とにかく針路と高度を維持すれば、いずれこの霧を抜けられるはず。ローリングはそう信じて飛び続けた。だが一向に霧は晴れない。燃料計に目をやると針は確実に「Empty」に近づいている。
このままでは燃料切れで落ちるしかない。こうなれば神頼みしかないな、そう思ってローリングが見上げると、そこに光が見えた。
「……流れ星?」
その光は尾を引いて空を流れていく。日中、しかも霧の中で流れ星が見えるなど有り得ない事だが、その時ローリングには不思議な事にはっきりとその光が見えた。
「どうかこの霧を無事に抜けられますように……」
藁にも縋る思いで、ローリングは流れ星に祈った。すると目の前の霧の中に影が現れた。
「なんだ?」
その影の正体は航空機らしかった。ローリングらの前を先導するように飛びながら翼を振っている。どうやら付いて来いと言っているらしい。
その機体はプロペラ機だった。翼が半ばから上に折れ曲がった逆ガル翼を持っている。逆ガル翼のプロペラ機といえば海軍か海兵隊のF4Uに違いない。ローリングはそう思った。
「リーダーより各機、12時方向の機体が見えるか?」
「いいえ大尉、何も見えませんが?」
「こちらも同じく見えません」
「同じく、くそったれな霧しか見えません」
「そうか……俺の方からは前方に一機の航空機が見える。おそらく海軍か海兵隊のF4Uだ。付いて来いと言っている。どうやら迷子の俺たちを助けに来てくれたようだ」
歓声をあげる隊員らの声を聴きながら、ローリングはポケットからカメラを取り出して前方の機体の写真を撮った。命の恩人だ。後でたっぷり酒をおごってやらねば。
しばらく進むと霧が徐々に晴れてきた。それに合わせるかのようにコンパスも正常に戻る。眼下にようやく姿を見せた海岸線から、どうやらローリングらはいつの間にか木更津基地のすぐ近くにまで来ていたようだった。無線も復活し基地から慌てた様子の通信が入る。
基地にひとまず無事を連絡し、ここまで導いてくれたF4Uに礼を言おうと見まわすと、いつの間にかその機体は姿を消していた。
「F4Uだって?この基地にそんな機体は無いぞ。海兵隊もおらん。何かの間違いじゃないか?」
基地司令に到着の報告をした際に、ローリングは先ほどの顛末も報告した。だが司令は怪訝な顔をするばかりだった。
だが間違いなくローリングはF4Uに導かれてこの基地に辿り着くことができたのだ。礼の一つも伝えなければ気が収まらない。その後ローリングは訓練の合間に他の基地に問い合わせもしてみたが、該当する機は一向に見つからなかった。
「そういえば、まだゴーストファイターを探しているんだって?」
数日後、モヤモヤした気持ちを抱えたままローリングは基地のバーで飲んでいた。相手はこの基地に来てから親しくなった海軍のパイロットである。ライダーという名の大尉だった。
「ああ、そうなんだ。なにしろ命の恩人だからな。一言でも礼を言いたいんだが……見つからずに困っている……」
ライダーとグラスを重ねた後、ローリングは愚痴をこぼした。
「たしかにF4Uは海軍と海兵隊が使っているが……ここにも近隣の基地にもF4Uは居ないな」
「もしかしたら、連絡業務とか故障なんかで偶々来ちゃいなかったかもと尋ねまわったんだが、当たり無しだ」
「写真か何かはあるのか?」
「ああ、有るにはあるが……ほら、こいつだ。ピンボケだから部隊番号も分からんぞ」
ローリングは懐から写真を取り出しライダーに渡した。その写真はあの時撮った写真を引き伸ばしたものだった。霧の中のためほとんどシルエットしか映っていない。部隊番号どころか機体の細部すら不明瞭な写真だった。
「おいおい、まじかよ……」
だが、そんな写真にもかかわらず、ライダーは写真を見るなり驚いた。
「どうした、何かわかったのか?」
ライダーの様子にローリング勢い込んで尋ねる。
「ああ、一つだけ分かった事がある。いいか、これはF4Uじゃない」
「え?なんだって?」
逆ガル翼からてっきりF4Uだと思い込んでいたローリングは驚いて聞き返す。
「だから、この写真の機体はF4Uじゃない。恐らくだが……これは『RYU-SEI』という機体だ」
「RYU-SEI?聞いたことがない名前だな」
「そうだろうな。何しろ日本軍の使っていた機体だからな」
「日本軍だって?おいおい冗談は止してくれ。対日戦は5年前に終わってるんだぜ。俺がこの写真を撮ったのは、ほんの数日前だぞ」
「冗談は言わんよ。お前は欧州戦線だったから日本機や海軍機に詳しくないだろうが、こっちはずっと太平洋で戦ってたんだ。F4Uにも乗ったし、日本機のシルエットは嫌と言うほど覚えさせられたんだぞ。それに……」
ライダーは言葉を切ると、昔を思い出すように遠くを見る目をした。
「それに?」
焦れたようにローリングが急かす。
「俺は終戦間際に一度だけ『RYU-SEI』の実機を見たことがある。あれは美しい機体だった……見惚れるほどにな。だから絶対に間違えんよ」
「じゃあ、どうして日本機が俺の目の前に現れたんだ?どうして敵を助ける様な真似をしたんだ?」
「さあな。ところでお前は『RYU-SEI』の意味を知っているか?」
「俺が知ってる訳ねえだろ!」
ふざけるなとローリングは声を荒げる。
「その日本語の意味はな、『シューティングスター』だそうだ」
「シューティングスター……つまり俺のF-80と同じ名前だと?」
「そうさ。もしかしたら、同じ名前って事で親近感でも湧いて、気まぐれに助けてくれたのかもしれんな」
そう笑ってライダーは写真をローリングに返した。
「せっかく助けてもらった命だ。無駄にすんなよ」
ライダーは最後にそう言い残すとグラスを空けてバーを出ていった。
残されたローリングは返された写真を改めてじっと見つめていた。
この2年後、ローリングは作戦中に被弾した機体をギリギリまで操縦し、中国軍の重砲陣地に突っ込ませて味方の地上部隊を救う活躍をみせる。その最後の瞬間にライダーの言葉を思い出したローリングは機体から脱出し、重傷は負ったものの地上部隊に救われ生還を果たした。
この功績によりローリングは少佐に昇進するとともに名誉勲章も授与された。除隊したローリングはメーン州の田舎に帰り、子供や孫たちに囲まれて穏やかな老後を過ごしたという。
ライダー大尉は、松本零士氏「ザ・コクピット」の「流星 北へ飛ぶ」という話に登場するキャラクターがモデルです。作中では流星に見惚れて追っかけて、最後に墜落してしまいます。
ローリング大尉は、被弾したF-80Cで中国軍の重砲陣地に特攻して、味方を救う代わりに戦死した方がモデルです。
史実の流星は、終戦間際に木更津基地に配備され、終戦当日の8月15日に最後の特攻作戦を行っています。
普段は架空戦記ばかり書いているので、こんな童話?になりました。