おにぎり抱っこ
俺と理央が教室に入ると、生徒達の視線を感じた。
チラチラと盗み見ている。
過去に経験した嫌な視線ではない。
探っているような視線であった。
「ゆーさく、朝ごはんたべよ? しらすのおにぎりあるよ! にしし」
俺たちが嫌な視線を向けられるのは慣れている。
男女問わず、こんな変な視線を向けられるのは初めてであった。
好かれていないのは今に始まった事じゃない。
篠原みたいに俺の事が嫌いな生徒は沢山いる。
理央はカバンからおにぎりの包みを二つ取り出した。一つを俺に手渡す。
「ああ、ありがとな! 今日の昼はみんなで弁当食うんだろ? ボランティア部しねーとな」
「にしし、ゆーさくの好きにすればいいよ」
理央がそう言って、大きいおにぎりを頬張る。……エビのしっぽが見えた。天むすだと?
……一口欲しいな。
「理央、お前のおにぎり一口――」
俺が言い終わる前に、理央はニコニコ顔でおにぎりを俺の前に差し出した。
「ん、ゆーさく食べな? 美味しいよ!」
「ありがとな、頂くぜ――」
おにぎりを受け取ろうと思ったとき、男子生徒の人影が現れた。
「ああ、やっと普通の友達が出来たんだね? 早川さん――」
いけ好かない顔の男が現れた。爽やかな笑顔が似合うサッカー部のエースでバンドを組んでいるクラスの人気者のイケメン委員長じゃないか。
俺には話しかけていない。
理央だけを見ている。
理央の温度が一瞬で下がった。笑顔なんて無い。そこにあるのは冷たい表情だけだ。
「う、噂に聞いたんだ。隣のクラスの伊集院君と片桐さんと友達になれたんだってね? 早川さんにピッタリの友達だね。……ならきっと僕も友達になれるかな?」
無駄に白い歯がキラキラと輝く。
クラスメイトは固唾を飲んで見守っていた。
俺はため息を吐くだけだった。
このイケメンは、一年の頃から理央にちょっかいをかけてくる。
まあ、理央は可愛いからな。仕方ない。普通の男子だったら、理央の冷たい視線で怯むんだけだど、こいつは馬鹿だからすぐに忘れて再びちょっかいをかけてくる。
……俺と理央は友達だ。理央がこいつの事が好きなら応援するが。
ありえねーな。
理央の腕がプルプルと震えている。
あれはヤバい。怒りを拳にためている。
俺との朝食を邪魔されたのが心底ムカついたんだ。
ていうか、このイケメンは今まで散々な目にあったのに、なんだってここに来て理央に近づく?
……もしかして、俺以外に理央に友達が出来たから大丈夫だと思ったのか?
イケメン委員長は俺の見ようともしない。俺の事を暴力で物事を解決する最低のクズだと思っている。
……時任さんのいじめを見て見ぬふりをしていたお前の方が最低だけどな。
「さあ、早川さん、こっちに来てみんなで学生らしく楽しもう! ほらっ!!」
俺は理央が行動する前に、身体を動かした。
理央こいつの事を絶対殴ろうとしていた。流石に教室でそれは……。
理央の両脇を抱えて猫を膝に乗せるみたいに、理央を膝に乗せた。
俺の膝に理央はちょこんと座った。
「理央、食わせてやるぜ、よこせよ」
俺は理央の手からおにぎりを優しく取った。
それを理央に食べさせる。
「にゃ〜ん、美味しいにゃ!」
理央の身体の緊張は無くなって、再び笑顔に戻っていた。
俺の身体と腕を背もたれにして、嬉しそうに足をぶらぶらとさせる。俺の口の天むすを勢いよく突っ込んだ。
「ぶほっ!? 理央、もっと優しく食わせろ!?」
「了解でーす、ゆーさく少尉! にしし、早く止めてくれなかった罰だよ?」
「ったく……、でも超うめーぞ? やっぱおにぎりは理央の作ったやつが一番だな」
「にしし、いつでも作るからね!」
理央は上機嫌だ。
まあ、こんな風に俺の上に座るのは日常茶飯事だ。流石に教室ではやったことなかったけど、友達同士だし普通だろ?
なんだその顔は、イケメン委員長? 口が開けっ放しだぞ?
「な、な、な、な、なななな――――」
教室はざわついていた。
「ていうか、やっぱ付き合ってんのかな?」
「ラブラブ過ぎじゃん」
「あれが友達って……おかしくね?」
「三沢君、可哀想、あとで慰めてあげよ」
「三沢君は馬鹿だけど……顔がいいから許す!」
「伊集院君と友達って噂だけど本当かな? 紹介してくれないかな?」
「片桐さんもだろ? 美男美女揃いだな……むかつく」
「リア充爆発しろっ!! あっ、時任さんだ!」
教室の入り口で物音がした。
そちらをチラリと見ると、時任さんがバッグを床に落としていた。
……教科書が重かったのか?
「え、な、なにこれ!? わ、わ、私今日こそは一言話そうと思ったのに……、わぁぁぁぁーー!!!」
「ちょ、ちょっと、時任さん!!」
「まちなさいって! まだ負けてないわよ!! あなたには武器があるでしょ!!」
時任さんと時任さんの友達は教室の外へと走っていってしまった。
なんだこれ?
「……ふん、よくわからんが、とりあえずおにぎり食うか? おっ、そうだ、今度は伊集院と渚も誘ってみるか?」
理央はおにぎりをもぐもぐしながら、何度も頷いた。
そんな理央の顔を見ると、心が落ち着く。
「そうだよ、渚ちゃんを落とさなきゃだよ? ゆーさく、しっかりね!」
渚の事を考えたら、落ち着いた心が少しだけざわついてしまった。