ネジが外れている
この数日で色々な出来事があった。
それでも変わらないものがある。俺と理央との友情だ。
渚の心を開いてくれた理央には感謝するばかりだ。
俺は何も出来なかったな。
いつか、渚が感情を取り戻してくれたら……。昔みたいにゆっくり親交を深めるしかないか。
しかし、伊集院と渚の関係は一体なんなんだ?
本人が言わない限り聞くつもりはないが……。
今日は学校が休みだ。
理央は家の用事があるから今日は会えない。俺は理央にあげるプレゼントを探しに路面電車を使って、近くの街に出た。
俺たちが住んでいる漁港町と違って、ここならデパートがたくさんある。行くつもりもないが電車で乗り換えをしたら東京まで一時間もかからない。
理央がいなかったら渚と再び友達になれなかったしな。
俺はデパートの食品売り場を物色していた。
プレゼントは形が残らない物が良い。
一緒に食べて笑って喜んでもらって――そんな物が良いと思っている。
俺は有名菓子屋の焼き菓子を適当に買ってプレゼント用に包装してもらった。
――よし、これでゲーム屋に寄って帰るか……。掘り出し物あるかな?
デパートの前には噴水広場がある。ここは待ち合わせに良く使われている。
向かいには大手家電ショップがあった。
――ん? ナンパか?
正直この街は治安が良くない。女子高生のスカートは恐ろしく短く、チャラチャラした男子生徒が多かった。脇道にそれると、怪しい夜の店も多い。
大学生くらいのチャラ男が女の子にしきりに声をかけていた。
ふりふりした可愛らしい服を着た女の子は困りながらも返事をしていた。
嫌なのに返事をするからチャラ男がグイグイと迫る。
というか、あいつは――
「ねえねえ、良いでしょ? 俺っちここでは有名人なんだって! 友達の店でご飯おごるからさ!」
「あ、い、いや、こまり――」
「そうそう、君って可愛いじゃん! 名前なんて言うの!」
「い、伊集院司……」
「司ちゃんか〜! 可愛い名前だね?」
「はい、そこまでだ。伊集院、待たせたな。お茶しに行くぞ」
俺は伊集院の手を掴んだ。
「は、羽柴優作!? な、なんで……」
「というわけで、違う子探してくれ」
チャラ男は俺と伊集院を見て舌打ちをしてその場を去っていった。
伊集院はそれを見て安堵の表情をする。
「……た、助かった。怖くて動けなかったよ。あ、――は、羽柴優作、わ、私は伊集院司ではない! わ、私は……、そうだ、姉だ。伊集院司の姉の……」
「はいはい、もういいから。性別なんて気にしねーよ。買い物したら喉乾いたからお茶しに行くぞ」
「ふえ!? な、なんでそんな普通なんだ? わ、私は……」
伊集院は困惑しているけど、俺に手を引かれておとなしく着いてきた。
近くにあるチェーン店のコーヒーショップに入る。
適当にドリンクを注文をして俺たちは席に着いた。
伊集院は席に座ってもオロオロと挙動不審であった。
髪はウィッグをつけているのか、ゆるふわでとてもガーリーな感じである。
洋服も、ゴスロリとまではいかないが、ふわふわした女性らしい服を着ている。
化粧もうっすらしていて、改めて綺麗な顔立ちだと認識した。
うん、今は綺麗と言うよりも可愛い感じだ。
「……し、知っていたのか? わ、私が女性だと? な、渚ちゃんが言ったのか?」
伊集院はしきりに髪を触っていた。
「ん? いや、正直性別はどうでもいいかなって……、ただ、伊集院が困ってたから助けただけだ」
「あ、ああ、助かった。改めてお礼を言おう。ありがとう……」
胸に手を当てて落ち着いた笑みで俺に言った。
いつもそんな顔をしていれば可愛いのにな。
「ああ、俺とお前は友達だからな! 当たり前だ」
「……本当に君は……、少し話を聞いてくれないか? 本当なら来週部室で話そうと思ったんだが……」
俺は身振りで伊集院を促すと、話を続けた。
「私は……男のフリをしていた。渚を男性から守るためであった。渚の婚約者と偽り、男性が寄ってこないよう命じられた」
婚約者ではない事はこの前わかった。というか、渚と仲直りする前から違和感は感じていた。
渚の伊集院への態度が恐ろしく無機質だったからな。
「……渚ちゃんは私のことを見てくれるようになった。もう男装しなくていいと言ってくれた。それで今日試しに女性として街を出てみることにしたが……」
ナンパに遭ってしまったわけか……。
「まあ、お前可愛いもんな」
「は、羽柴優作!? き、君はなんて事を言うんだ!!」
「うん? 変なこと言ったか? 俺の正直な気持ちだぞ? しかし、困ったもんだな。元の姿のままじゃ街も歩けねえなんてな」
伊集院は顔を赤くしてうろたえていた。
「き、君は……。全く調子が狂う。まさか女性と知られてもここまで驚かないとは……。それに、男装姿と大分かけ離れているからわからないと思ったのに」
「――友達の顔を間違えるわけねーよ。伊集院はどんな格好してても伊集院だ」
「そ、そうなのか……、ふふ……それは……とても、嬉しいよ……。友達か……」
ああ、そうだ。友達に性別なんて関係ない。
俺の恋はあの時の渚だけだったんだ。だから、俺にとって性別なんてどうでもいい。
……今の渚は友達だ。だから昔の渚とは違う。大切だった渚の心を戻してあげるんだ。
だから、俺は誰にも恋なんてしない。
友達がいればいい――
「は、羽柴優作? ど、どうした? いきなり無言になって……」
「うん? ああ、すまねえ! ……ともあれ、伊集院が女装で出かける時は俺も一緒に付いてあげるぜ! なにせナンパが多い街だからな! どうだ?」
「そ、それは嬉しいが……、渚ちゃん……。でも……うん、そうだね。――そうよね、じゃあこれから出かける時は……ゆ、優作……君、にお願いしちゃおうかな?」
「任せろや!」
伊集院は言葉使いまで女性らしくなってきた。
友達が嬉しそうな顔をしているのは、見ているこっちまで嬉しくなる。
伊集院は女性らしい笑顔で俺に微笑んでくれた。
俺はそれを友達として嬉しくなった。