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親愛


 祭りの前日までは穏やかな日々を過ごしていた。

 日常がルーティーンへと変わる。

 理央が時任さんたちと一緒にいるのが日常に変わった。

 俺が渚と一緒にいるのが日常となった。


 もちろんボランティア部の活動で理央と話す時がある。

 距離感は感じない、が、理央はいつも親指を人差し指に食い込ませていた。


 そう言えば時任さんが俺に話しかけてくる回数も増えてきた。


「は、羽柴君! こ、今度のお祭りは誰かと周るんですか!」

「ん? そういや準備に追われて何も考えてなかったな。明美ちゃんは当日は休んで祭りを楽しめって言ってたな」

「な、なら、お、お祭りはじめてで……、あ、案内を――」


 時任さんは言葉を全部言い終える前に固まってしまった。

 視線の先には渚がいた。

 渚の口が少し尖っている。


「……渚、ちゃんとお前とも周るからさ、その前に時任さんたちを祭りに案内してもいいだろ?」


「わ、私達……、で、でも、一歩前進だよ……」


「うん、ゆーさくはモテるから仕方ないわ。ここは大人の女性の落ち着きで譲ってあげるわ」

「うわ、超上から目線じゃねえかよ!? 時任さん、じゃあさ、明日は昼に案内するぜ」

「うん! 明日楽しみにしてるよ!」


 祭りは昼から始まる。出店の数は少ないけど、神輿も担いで人手も大勢でる。

 時任さんは嬉しそうに理央の所に戻っていった。


 理央たちは時任さんを囃し立てる。

 本当に俺は普通にクラスメイトと馴染むようになった。きっかけは理央だけど、渚や伊集院の影響も大きい。


 そういえば、理央がうちに来る回数も少なくなっていた。

 一人でゲームをしても面白くない。

 俺は空いている時間に勉強する事が多くなっていた。

 俺も理央も成績は上位に入る。

 ……最近理央の成績が下がっている。俺は学年でトップクラスに上がっている。


 なんか、嫌だな。


 ……理央と距離ができてから、理由を聞こうと思った。

 だけど、未だに理由を聞けていない。

 聞きそびれただけだ。……本当は理由を聞いて傷つくのが嫌なだけだ。


 くそっ、最近の俺はうじうじし過ぎだ。

 俺はこんな性格じゃなかっただろ。


「ゆーさく、今日の祭りの準備の事を話そうよ」

「そうだぞ優作君、ぼ、僕は浴衣を用意しているんだからな! た、楽しみなんかじゃないからな!」

「司、毎日そわそわしてるでしょ? 全く、ロンドンではそんな姿みせてくれなかったのにね」

「……うぅ、だって、ここは日本だし……」

「そうね、私達の故郷だもんね」

「そういや、渚たちのロンドンの話を聞いたことねえな。ロンドンってどんな所なんだ?」

「ロンドンはね――部室で話すわ」


 朝のHRまで時間がある。

 渚は俺の手を引いて部室へと向かった。



 ……

 ………




 部室に着くと渚は椅子に座った。

 そして、ぽつりぽつりと語りだした。

 その顔は、高校で始めて会った時みたいに……表情が無かった――




 **********




「伊集院、今日もジャパンセンターに行くわよ」

「かしこまりました、お嬢様」


 ロンドンの中心街であるピカデリーサーカス。

 観光客も多く、街はいつも賑わいを見せている。

 ロンドンの気候はいつもどんより曇り空が多い。夏になると、夜まで明るくて調子が狂っちゃう。

 私の日課は、ピカデリーサーカスにあるジャパンセンターの本屋さん。

 そこには日本の週刊誌が売っている。……少年ジャンプが一冊千円もするのよね。

 ここに来きて漫画を見ると、葵ちゃんと公園で漫画を見た時の事を思い出せる。

 日本の文化に触れると、葵ちゃんを思い出せる。


 私の唯一の友達。

 子供の頃の私は、天然で馬鹿だったから、葵ちゃんの連絡先を聞くのを忘れていた。

 あの公園で逢う。それだけで嬉しくて、ずっと遊んでいた。


 ……いつか日本に帰って、葵ちゃんと再会する。

 それだけを希望に私はロンドンで学業に励んだ。


 内気な私は友達ができなかった。

 親の会社の部下の娘である伊集院だけが私の横にいる。

 でも彼女は友達じゃない。私を腫れ物のように扱う。

 ナイトブリッジで借りているマンションに引きこもっていた。

 映画で見たことがあるノッティング・ヒルにも住んでいたけど、全然面白い街じゃなかった。


 親は私の事は口では心配していたけど、仕事が忙しくて私に構っている暇はない。

 私は葵ちゃんの思い出だけを反芻して、ロンドンの生活を耐えた。

 外食が多かった。スーパーの出来合いの惣菜が美味しくなかった。人種差別で馬鹿にされた。

 ゾーンワンであるこの町でさえ怖いのに、それ以上のゾーンなんて到底行けたものではない。


 段々と私の心が病んでいくのが分かった。

 私はそれを隠していた。

 きっと日本に戻れば大丈夫、そう思っていた。


 早く日本に帰って葵ちゃんと会いたい。

 それだけが私の望み。



 ――私の親の会社が倒産に陥った。


 お父さんはなんとか会社を円満に倒産を迎えられるよう死にもの狂いで頑張っていた。

 私はその時何も考えていなかった。

 私が日本に帰る事が決まった。私は日本の大地主である祖母の家に行くことになった。

 それは私が幼い頃に過ごした場所。


 私は胸が高鳴った。やっと日本に戻れる。

 きっと、そう思ったのが悪かったんだ。


 お父さんが会社のすべてを終わらせた時――、お父さんは倒れてしまった。

 心が壊れていた私は……、何も感じなかった。





 *************




「でもね、今はお父さんも元気になって、新しい会社を日本で作って、のんびり過ごしているのよ。私は二度とロンドンになんて行きたくないわ。……ふふ、なんてことはない、ただの私がワガママだったっていう話」


 伊集院が苦い顔をしている。


「……渚、あの時は仕方ないよ。僕ももっと渚に寄り添うことができれば……」

「あら、それこそしょうがないわよ。だって私が拒絶してたじゃない」

「うん、でもね、渚は葵……優作君に再会して心を癒やす事ができたんだ」

「ふふ、そうね、私にとってゆーさくは恩人よ。ゆーさくとの思い出が無かったら発狂していたわ」


 俺はなんといいかわからなかった。


「渚……、その……」


「いいのよ、ゆーさく。馬鹿な私が弱くて海外で住めなかっただけよ。本当にそれだけ、何も事件があったわけじゃないわ。むしろ犯罪に巻き込まれなくて良かったわ。……お父さんも従業員に刺されなくて済んだしね」



 俺は渚をふんわりと抱きしめていた。そうした方が良いと思ったんだ。

 身体が少しだけ触れ合う距離感。


「……もういいんだ。渚は頑張った。だから……日本でのんびり過ごせばいい」


「……ゆーさく、泣かなくていいよ。――温かい」


 なんだ、俺は泣いているのか? 

 俺の腕の中にいる渚は、あの時の渚と一緒だ。

 俺が大好きだった渚だ。でもこの感情は……恋心では……。親友を思う気持に近い……。



 部室の入り口で音が聞こえた。

 そちらに視線を向けると理央が気まずそうな顔をして立っていた。


「あちゃー、ごめんね……、見るつもりは無かったんだ! 明日の事を聞こうと思って――」


 俺の心に嫌な何かが湧き上がった。

 それが何かわからない。


 理央は今にも扉を閉めようとしていた。が、渚が俺から離れて理央に向き合って叫んだ。

 渚が大きな声を出しているのを初めてみた。


「――理央ちゃん待ちなさい!! もう、これ以上はフェアじゃないわ! ……私はあなたと正々堂々と戦いたいの! 思い出は思い出よ……、だから……理央ちゃん、逃げないで――」



 理央は笑顔を作ろうとしていた。

 だけど、それは歪んだ笑顔であった。親指が人差し指に食い込む。


「に、しし……、渚、ちゃん、私は無理なんかしてないよ? アディオス!!」


 理央が駆け出した。


 駄目だ。俺は自分の感情が抑えられなかった。

 俺が動く前に渚が俺の手を掴んだ。


「……中途半端で追いかけないで。私のそばにいて――」


 伊集院は困った顔をしていた。俺はそんなわんこみたいな伊集院が友達として大好きだ。

 ……幼い頃の約束をした渚が大好きだ。守ってあげたい。





 だけど―――


 俺は理央がいなきゃ駄目なんだよ!!!


 もう、うじうじしているのは終わりだ。

 理央のあんな顔なんて見たくない。というか、今まで散々俺に壁を作った理央に文句言ってやる――


「わりい、渚。俺は追いかけなきゃならねえ。だって、俺にとって理央はクソ大事な親友だ! 理央のあんな顔なんて見たくねえんだよ!!」


 渚はため息をはいて俺の背中を押した。


「ふぅ……、しょうがないわね。……そんなゆーさくだから、私は……好きなのよ」


 俺はそれに対して笑顔応えて走り出した。

 どこへ行ったかわからないけど、理央が行く所なら大体わかる。


「伊集院、俺は早退すっからあとはよろしくな!!」


 伊集院もため息を吐きながら俺にヒラヒラと手を振って応えてくれた。




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