壁
昼食の時間は部室で食べる。それが俺と理央の習慣であった。
ボランティア部が活発に行われるようになって、ボランティア部のメンバー四人で昼食を食べることが多くなった。
様々なボランティアを一緒にやっていくうちに、段々と一緒にいることが慣れてきた。
今朝と違って、理央に壁は感じなかった。教室でも俺に「一緒に部室行こ!」と言ってきた。……そう言われただけで嬉しく感じてしまうのに戸惑った。
……普通の事だったはずなのに。
「おーい、ゆーさく〜、何か元気無いけど大丈夫〜?」
「あん? 今朝はちょっと寝不足なだけだ。大丈夫に決まってんだろ!」
「そっか、良かった! 私はぐっすりだったから早く起きちゃったよ」
「そうか……、それにしてもなんでまた時任さんと――」
「あっ、それはね、色々相談されて、そのまま教室で話し込んでたんだよ」
ごく普通の会話がこんなに嬉しいとは思わなかった。今、この瞬間は理央と俺はいつも通りであった。
伊集院と渚を交えつつも、普通に会話をしている。
疎外感もない、妙な壁もない。昔通りの距離感であった。
「あら、私も理央ちゃんに相談しようかしら? 理央ちゃんって頼りになるものね」
「ええー、渚ちゃんにそう言われると恥ずかしいよ……」
「むむ、僕も相談したいな……、結局男装のままだけどどうしよう……」
「もうそのままでいいんじゃない? カッコいいし」
「そうか……、ゆーさくはどう思う?」
三人が話している姿も違和感が無くなってきた。思えば理央が始まりであった。
渚と友達になる――、そんな提案をしたのは理央であった。
伊集院は俺の返答を待ち構えている。まるでわんこみたいだ。
俺は感情が正直に表にでる伊集院が好きだ。本当の同性の友達のように思えてくる。
「ああ……、俺も伊集院が嫌じゃなければそのままでもいいと思う。話しやすいし。女性の格好をしてると、正直可愛すぎるから話しづらい」
「そ、そ、そ、そ、そ、そうか!! ……ふ、ふふ、ふふふ、なら、当分は男装でいいかな……、た、たまに女装もするよ」
「女装……? いや、だから、男装でいいって」
「うるさい! 今度の祭りは絶対に女装で行くんだ! 羽柴優作見てろよ、私の可憐な姿を!!」
たわいもない日常。殻にこもっていた俺たち。
だけど、些細な事で殻が壊れる。それが渚と伊集院との出会い。
渚の髪を弄りながら俺たちの話を聞いている理央。
俺が顔を向けると、いつも通りの笑顔を見せてくれる。
俺は思わず理央に近づいて手を繋ぎたくなった。
俺が手を伸ばすと、理央は手を引っ込めた。
「ゆーさく少尉! みだらに女性の手を握ってはいけないであります!」
笑いながら俺にそう言った理央。
言葉が刃のように俺の胸に突き刺さる。
見えない壁が乗り越えられない。今までの距離感とは違う。
明らかに理央が意識した距離感だ。
理央は一度引っ込めた手を伸ばして、俺の腕を掴む。
そして、俺の手を渚の頭に置いた。
「ゆーさくは渚ちゃんをナデナデするであります! にしし――」
「お、お前、ちょ、な、渚が嫌がってるだろ?」
手を頭から離そうとしたら、渚がそれを止めた。
「ゆーさく、そのままナデナデしなさい。これは……幼い頃の約束よ」
「ふぁ? そ、そんな約束してねーよ!? 俺はお前のとの事は全部覚えてるっての!」
「あら、嬉しいわね。ご褒美で撫でなさい」
渚は自然な笑顔で俺を見つめる。あの時と同じ目だ。
意志の強さを感じられる。人形じゃない、感情がこもった目であった。
俺の胸がドクンと高鳴った。子供の頃の感情を思い出す。ずっと胸に秘めていた恋心。
俺は照れくさくなって顔をそむけた。あの時の言葉を思い出す。『今でも好きなの?』
「あー、ゆーさくが照れてる〜! もう二人は仲良しなんだから〜!」
本当に自然な笑顔であった。
一寸の隙のない完璧な笑顔。見るものを安心させる笑顔。
だけどな……、理央、俺は何年お前と付き合ってるんだよ。
ほんの少しだ。
きっと誰にもわからない。
俺しか知らない理央の癖。
理央が嘘付いている時の仕草。
右手の親指の人差し指に食い込ませる。理央自身も気がついてない癖だ。
「あっ、そうだ、私ちょっと時任さんと話したい事があるから、先に教室行くね! じゃあね!」
理央は俺たちに背中を向けて部室を出ようとした。
後ろを向いているから表情は見えないけど、背中から悲しみが感じられた。
気のせいなんかじゃない。だって、俺は理央の友達なんだから――
俺は理央に理由を聞くことを決意した。




