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理解できない事は苦しい

 誰もいない小さな自宅で俺は一人でパンをかじる。

 さっきあった出来事を反芻していた。


 『ゆーさく、帰るわよ。あら、伊集院があそこにいるからここで大丈夫よ。また明日ね――』


 渚はあの言葉を言ったことを忘れたかのように振る舞った。

 俺に手を振って小走りで駆け出した。

 俺は転びそうにならないか心配になってしまった。


 感情がざわついている。渚は俺の初恋の人だ。ずっと思い続けていた大切な人。いつか探しに行こうと思った想い人。


『私の事、まだ好きなの?』


 脳裏で何度も蘇る。俺はあの時答えることができなかった。

 渚が好きだった。どうしようもなく好きだった。

 なのに言葉が出なかった。

 理央の事が思い浮かんでしまった。

 理央と俺はそういう関係じゃない。俺は初恋の渚以外誰も好きにならないんだ。

 好きになっちゃいけないんだ。


 ……難しい事を考えるとわけがわからなくなる。

 俺は台所に向かいコーヒーを作るために鍋に水を注ぐ。


 うちの周りは雑草だらけだから虫たちの声がうるさい。

 いつもは気にならないのに今日はやけに気になる。

 二部屋しかない小さなボロ家。

 ……おふくろは今日も帰ってこないだろう。


 いつの間にか鍋には水が溢れていた。俺は慌てることもなく、いらない水を捨てて火にかける。


 ――生きるって大変だよな。みんな何を考えているかわからない。


 ガキの頃は、馬鹿にされてもやり返せば良かった。似たような境遇である理央の事は放って置けなかった。弱いものをいじめる奴らが大嫌いだった。


 俺は社会的に見て弱者なんだろう。普通の家庭が羨ましかった。そんな嫉妬心を隠すように俺は暴れていた。


 ……俺って、渚に会ってどうしたかったんだろう?


 渚が高校いるって分かった時は嬉しかった。想いをすぐにでも伝えたかった。

 理央の後押しもあって、俺は後先考えずに想いを伝えに行った。


 だが、よく考えてみれば、俺と渚は――不釣り合いだ。

 住んでいる世界が違う。俺は神奈川からも出たことがない。俺の知っている場所はここだけである。

 渚はお嬢様だ。あの時、渚と想いが通じ合ったとしても――俺は、付き合う事に躊躇ったんじゃないか?

 ……とんだクズ男だ。自分が浅ましくて嫌になる。


「はあ、色々難しいな」


 湧いた鍋からお湯を注いで、小汚いカップでコーヒーを飲む。酸化したコーヒーはあまり美味しくない。それでも気分が紛れる。



 玄関から物音が聞こえてきた。

 慣れ親しんだ音だ。俺は一瞬だけ躊躇したけど、玄関を開けに行った。


 立て付けの悪い扉を開けると、そこにはジャージ姿の理央がいた。


「にしし、来ちゃった。今日はあんまり話せなかったもんね」


 理央はそう言いながら笑って、手に持っているビニール袋を俺に押し付けた。パンが沢山入っている。


「ったく、勘弁してくれよ。虫が入るから早く家に上がれ」

「はーい! おじゃましまーす!」


 理央の顔を見たら、なんだか悩んでいた自分が馬鹿らしくなった。


「ゆーさく! 今日は新しいレトロゲー持ってきたよ! バルーンファイトだよ! ファミコンあったよね?」


 俺の家には古いゲーム機しかない。新しいゲーム機なんて買う余裕がない。

 それに、古いゲームで十分だ。友達が一緒にいれば古さなんて関係なく楽しめる。


「おっしゃ! でかしたぞ、理央!  今日はおふくろも帰ってこねえしガッツリやろうぜ!」


 理央も俺も、ボランティア部であった事を一切口にしない。

 ただ、いま、この瞬間を二人で楽しんでいた――






 *************





 昨夜の理央は午前様で帰宅した。

 まあいつもの事だからな。

 理央と遊んでいたらモヤモヤしたものが吹き飛んだようだ。

 ……あまり考えないようにしてるだけかもな。


 いつものように、鎌倉高校駅前で理央を待っていると、伊集院と渚がやってきた。

 伊集院が俺に向かって嬉しそうに手を振る。


「や、やあ、優作君! 今日から僕たちも一緒に登校しようと思っているんだ!」

「……司、声が大きいわ。ゆーさく、おはよう」

「お、おう、おはよう」


 俺は思わず周りを見渡して、理央の姿を探してしまった。だけど理央はいない。

 渚が一歩前に出てきた。


「ゆーさく、理央から先に行って、ってメッセージがあったから、私たちも行くわよ。はい――」


 渚は俺の制服の裾を掴んだ。そして、くいくいと前に引っ張る。昔を思い出す可愛らしい仕草であった。胸がドキリと跳ね上がる。


 これは……、歩けってことか?

 戸惑っていると、伊集院も俺の肩に手を回してきた。伊集院の顔は真っ赤である。


「こ、これは、男同士の友情の証だ! は、早く行こう、優作君」

「お、おう」


 俺はそのまま二人に引かれるように学校へと向かった。

 流石に、途中で生徒たちの目を引きすぎるから、二人の手の中から逃れたけど……。


 それでも渚は俺の制服の裾を掴んだままであった。

 伊集院はそんな俺達の様子を見ながら、嬉しそうに微笑んでいた。


 だが、俺の心が再びざわついてしまった。なんで理央がいないんだ?





 二人と別れて教室に入ると、そこには理央がいた。

 俺は理央の姿を見て安堵する。が、そこには時任さんも一緒であった。

 こんな光景は初めてである。理央が俺以外の生徒と率先して話しているなんて。


「お、おう、理央、今日は早かったな……」

「おはよう、ゆーさく! にしし、今日は早く起きられたんだよ! あっ、ちゃんと時任さんに挨拶してね」

「あ、わりい、時任さんおはよう」

「お、おはようございます! はぁ、はぁ、やっと挨拶が……」


 俺は自分の席に荷物を置く。理央は時任さんとずっと喋っていた。その中に入れる気がしなかった。

 見えない壁がある……。

 クラスメイトも驚いた顔をしていた。あの理央が俺以外の誰かと親し気に喋っている。

 それだけで大事件だ。



「ちょっと、あんたどういう事? なんだって早川さんと時任さんが仲良くしてるのよ」


 おせっかいな篠原が俺に話しかけてきた。


「さあな、知らねえよ。っていうか、教室で俺に話しかけてくるなんて珍しいな? 不良は嫌いだろ?」

「はぁぁ……、あんたね……、まあ良いわ。だって、なんかあんた寂しそうな顔してるんだもん」

「はっ? そんな事ねーよ」


 嘘だ。本当は寂しい。理央が知らない誰かと仲良くしているなんて。

 だけど、そんな事誰にも言えない。


「仕方ないから私があんたに話しかけてあげてんのよ? ふ、ふん、感謝しなさい!」


「……そうだな、篠原、ありがとう」


「ほえ!? え、ちょ、絶対罵られるとおもったのに……、調子狂うわね……」


 そう言いつつも篠原は俺にずっと話しかけてきた。取り留めもない話だけど今はそれが助かる。

 段々と理央と時任さんの周りに人が集まってきた。

 なんと理央が嫌いなイケメン委員長の三沢までもがその中に加わろうとした。


 三沢は理央に恐る恐る話しかける。理央は一瞬だけ無表情になったけど、普通に返答していた。


 それが――俺の胸に突き刺さった。


 理央の行動が理解できなかった。

 なんでそこに俺がいない。いや、俺が入ろうとしないだけだ。

 理央のところに行こうとしても足が動かない。


「あっ、あんたの友達が来たよ。ふふ、片桐さんってすごく綺麗だね」


 そして、俺と篠原の輪の中に、渚と伊集院が加わったのであった。

 チャイムが鳴るまで俺たちは雑談をする。

 篠原と二人は面識があるらしく、普通に会話をこなす。 

 渚との距離が近い。伊集院はそれを微笑ましく見ている。俺の心はうわの空だ。二人が嫌なわけじゃない、むしろ好ましく思っている……、だけど……。

 

 先生が来る時間になると、二人は自分の教室へと戻っていった。



 俺は、何を話していたか全く思い出せないでいた。

 ただ……胸が苦しくなっていた……。

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