外野は見えない
「理央、マジでどうしようか? 依頼って超面倒じゃね?」
「うーん、私はゆーさくに任せるよ。だって部長でしょ? にしし」
「はぁ、部長なんて知らなかったぜ、くそ……」
俺たちは朝の教室で明美ちゃんから手渡されたプリントを見ていた。
今から一ヶ月先……、夏休みにかかるまでの間の依頼がびっしりと埋められていた。
依頼内容は様々なものがあった。
海の清掃、近所の神社の清掃、福祉施設の訪問、漁船の手伝い、しらす屋の手伝い、個々の生徒の悩み相談、夏祭りの準備、等々……。
「清掃や店の手伝いなら構わねえけど、この生徒の悩み相談って……、俺たち嫌われてんだぞ?」
「うーん、そこは渚ちゃんと伊集院の出番じゃないかな。あの二人なら人気あるしね!」
「……伊集院は身体弱いしな。そっちで役立ってもらうか」
「うん、私はゆーさくが一緒ならなんでもいいよ! あとであの二人とも相談しようね」
「ああ、ありがとな理央」
俺と理央が身体が触れ合うような距離で話していると、教室がざわついていた。
入り口を見ると、伊集院と渚が俺たちの教室へ入ってきたのであった。
伊集院は俺たちを見ると、口をパクパクさせていた。
「な、な、き、き、君たちは……な、なんでそんな距離で……」
「理央とゆーさくは仲良し……あら、不思議じゃないでしょ」
「だ、だけど……」
俺と理央は肩をくっつけあって、顔がすごく近い。俺と理央はその反応に少し驚いた。
別に友達なら普通じゃないか?
うちのクラスの女子生徒が伊集院を見てため息を吐いていた。
「やば……超イケメン……」
「うん、宝塚にいそうよね」
「はぁ……癒やされるわ……」
「ていうか、本当に羽柴君たちと友達なんだ……、残念ね」
男子生徒の反応もすごい。
「ちっ、イケメンが調子乗りやがってよ」
「片桐さん、かわわ」
「マジであの二人で付き合ってんのかな? 片桐さんって伊集院に冷たくない?」
「羽柴のやつ、片桐さんに振られたんだろ? なんで友達になってんだよ!」
俺も理央も基本的にクラスメイトの戯言を無視する。
じゃないと面倒だからだ。雑音を心に留めておいても身体に良くない。
渚は自分のことが噂されていても何も気にしていない。というよりも、俺を通して葵という存在しか見ていなかったんだ。今はそれが薄れたけど、それでもどこか葵の面影を俺から感じとろうとしている。
多分、それが俺と渚がうまく喋れない理由でもあるんだ。
俺の初恋だった渚。ずっと好きだった渚。
……俺も子供の頃の渚に心が囚われている。
気が滅入りそうだったので、視線を伊集院に移した。
伊集院は自分の事を噂されて、ひどく恐縮している様子であった。
だが、それを表に見せていない。瞳の色で俺は分かる。
……女子の格好で学校くればいいのにな。まあ色々あるんだろうな。
伊集院は少し顔を赤くしながら俺たちに近づいてきた。
「……ふぅ、もう君たちの距離感には何も言わない。……で、でも少し離れたらどうだ? は、話しが聞きづらいだろ? そ、それにクラスメイトからの目が……」
「司、いいからボランティア部の依頼について話しましょう」
「は、はい。……ゆ、優作君。依頼についてだが――」
俺たちは今後の依頼について話し合った。といってもすぐにHRが始まるので、ざっくりとしたたたき台を作っただけだ。放課後、もう少しだけ詰めれば話し合いは終わる。
手分けして依頼をしようと思ったが、俺も理央も伊集院も渚も……全員何かしらの心の問題がある。
ボランティアをしている時に問題が起こったら個人だと対処できない。
特に理央の場合、暴力沙汰になる可能性がある。
まあ、俺は理央を絶対一人にするつもりはないけどな。
みんなで依頼をすると決まった時は、伊集院がすごく嬉しそうな顔をしていた。
「……えへへ、と、友達と一緒に何かするって、初めて……」
どこか遠い目をしていた。非常に女性らしく可愛らしくて魅力的な笑顔であった。
周りで盗み聞きをしていた男子が何故か頭を抱えていた。
「う、うぉぉぉ、お、俺はなんでときめいたんだ!?」
「おかしいぞ、あいつは男だ……」
「これが、イケメンの力か……」
「……なんだろう、性別なんてどうでもいいんだ」
馬鹿な事を言っている男子は無視して、渚を観察する。
渚は理央と手を繋ぎながら話を聞いていた。正直、自主性というものがなかった。場の流れに身を任せる、といった感じである。
……子供の時のように、友達になる。そう誓ったが……、俺との距離がすごく遠く感じられる。
そろそろチャイムが鳴りそうな時間になった。
「ゆ、優作。ま、また休憩時間に来てもいいか? そ、その、と、友達と話すのが嬉しくて……」
「ああ、別に構わねえぜ。あれだったらそっちの教室に行ってやろうか?」
「……君が嫌な思いをするかも知れない。……君の事をよく思っていない生徒が多いから……」
伊集院は悲しそうな顔をしていた。きっと俺の事を心配しているんのだろう。
全く、こいつは良いヤツだ。俺の事で気に病む必要はない。伊集院の好きにさせよう。
「わかった。また来てくれや!」
伊集院と渚は俺たちの元から立ち去っていった。
二人が立ち去った後、理央は頬を膨らませていた。
これは……、少し怒っている時の理央だ。
「もう、ゆーさく! もっと渚ちゃんに絡んであげてよ」
「え、ああ、そうだな……。なんか難しいんだよ」
「それは分かるけどさ、ゆーさくが話せば渚ちゃんは嬉しいハズだよ?」
俺を通して葵の面影を見ている渚。葵の断片を見つけると喜ぶ。
「イチから友達になるっていったよね? 大丈夫だよ、ゆーさくなら。だって……、私の事を救ってくれたんだもん……」
理央は俺の胸に小さな頭を押し付けた。
クラスメイトは奇異な目で俺たちを見ているが気にしない。これが俺たちの距離感だ。
理央と初めて出会った時の事が鮮明に思い出せる。
狂犬みたいな理央。嫌われていて、いじめられて、誰も信じられなかった理央。
雨の中、裸足で立ち尽くしている理央。
俺と目があっても敵意しかなかった。
俺はイチから理央と友達になったんだ。
「ああ、そうだな。少しずつ渚と向き合うよ」
理央は俺の胸に顔を埋めながら言った。
「……うん。ゆーさくは好きな人と仲良くなって欲しいの」
理央の顔は見えなかった。だけど、少しだけ苦しそうに聞こえたのは何故なんだ?
明美ちゃんが教室に入ってきて、俺達は身体を離した。
身体を離した分だけ理央の心がわからなくなってきた。