明美先生
放課後に部室で集まるのが日課になっていた。
理央が穏やかな表情で渚の髪をイジっていた。理央が俺以外の誰かと接している事自体珍しい。別にうぬぼれとかではなく、俺に出会うまでの理央は孤高の存在であった。
「渚ちゃん、髪綺麗だね〜。すごく可愛いね!」
「そう? いつも司が色々してくれているよ」
「にしし、伊集院とお風呂一緒に入ってるんだ?」
「ええ、そうよ。司は身体洗うのが上手なの」
「じゃあさ、今度私とも一緒に入ろ!」
「ええ、構わないわ」
伊集院は二人のそばで大人しく本を読んでいた。
時折チラチラと渚の様子を見ている。その表情は不安気である。
「ねえねえ、渚ちゃん、ゆーさくの事は好きじゃないの?」
俺は思わず飲んでいたコーラを吹き出しそうになってしまった。伊集院も何故かあたふたとしている。
渚は俺たちの様子には気にせず理央の問に答える。
「……わからないわ。葵の事は大好きだったけど……、ゆーさくはわからない。……異性の事が好きっていう感情が理解できないの」
理央は渚の髪を優しく触る。軽く目を細めた。
「でも、友達になってもいいと思ったんでしょ? なら、もっと仲良くなったら葵に感じていた感情とおんなじになるかもね。……うん、なら、グループ交際だよ!!」
「グループ交際?」
「うん、今の渚ちゃんとゆーさくが二人っきりで出かけるのは気まずそうだし」
……これは本当の事であった。渚は俺の事を友達として認識してくれたが、話しかけても『うん』『あらそう』『ところで理央さんはどこ?』と非常に他人行儀であった。
俺も子供の頃の渚と接するようにしているが、どうしていいかイマイチわからない。
……理央が渚と一緒にいて、みんなで話している時が一番自然体であった。
ちなみに伊集院は俺に良く喋りかけてくるので気兼ねなく話せる。
理央は伊集院とあまり話さない。苦手ではないけど、眼中にない感じだ。
というわけで、渚と一番仲が良いのは理央である。
……理央と一番仲が良いポジションは譲れないけどな。
なんだか、心の奥底で嫉妬の炎が芽生えてしまった。
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その後、理央を中心にみんなでどこかに行こう、という話し合いをしていたが、中々決まらない。その時、部室に明美ちゃんが入ってきた。
「……おう、仲良さそうじゃないか。良かった、良かった。これでボランティア部の活動が本格的にできるな」
突然の明美ちゃんの来訪でみんな驚いていた。
俺たちの担任である明美ちゃんはボランティア部の顧問であり、地元をこよなく愛する元ヤンキーである。
固まっている俺たちを無視して明美ちゃんは話を続ける。
「ん? どうした、羽柴? 部長であるお前がしっかりしなきゃ駄目だぞ」
「え、お、俺って部長だったの?」
「何言ってんだ。ちゃんと届け出受け取ってんぞ。まあいい、ちょいボランティア部の状況を説明してやる――」
そう言って、明美ちゃんは説明をし始めた。
……
…………
どうやらボランティア部は来期で廃部予定だったらしい。俺と理央しか部員がいなくて、しかもたまに海の清掃をするくらいで目立った活動をしていない。
ここに来て、成績優秀者である渚と伊集院が入部したから、延期が認められたらしい。
あとは、しっかりとした活動をすれば問題ない、とのことだ。
「で、だ。どうせお前らに任せても何もしない。……だから私が依頼をボランティア部に振ることにした。いいか、これはこの部室を使っている対価だと思え」
俺と理央は顔を見合わせる。
正直、俺たちは真っ直ぐ家には帰りたくない。家は嫌いだ。ここが一番居心地が良い。
どうせ活動と言っても海の掃除くらいなものだろう。
なら構わないか。
俺と理央は頷き合う。
「了解っす。とりあえず流れに任せます」
「にしし、ここが使えないの嫌だもんね」
明美ちゃんは満足気にうなずいた。
「おし! 私の古巣であるボランティア部がなくなるのは残念だったからな……。私はボランティア部の先輩に叩きのめされて一目惚れして……そこで――」
「あー、思い出話はちょっと……」
「センセー! 依頼って何すればいいの?」
「……ったく、お前らは少しは先輩に語らせろや。まあいい、依頼はたくさんもらってきたぞ。タスクを作ったからこのスケジューリングでこなしてくれ」
明美ちゃんはそう言って、俺たちにプリントを手渡した。
「え、マジ?」
「に、しし……。ちょっと、これって……」
「司、漁港の手伝いって何かしら?」
「こ、これは……、た、体力が……」
明美ちゃんは嬉しそうに俺たちに言った。
「必ず成功させなくていい。ただのボランティアだからな! だが、やるからには真剣にやれ!」
そして颯爽と部室を出ていったのであった――




