国宝のレプリカ
冒険者ギルドを後にした一行は、その足でケーリュの杖のレプリカを造った鍛冶屋へ直行した。
「アトラス様、手紙でお伝えした物をお貸し頂けますか?」
「ああ…こんな物、どうするつもりだ?」
シェダルが持ってくるように指定したのは、ホーリーブライト王国の秘宝名鑑だった。見た目や大きさ、材質などが図入りで事細かに記載されている。もちろん、国宝についても同様だ。
シェダルが捲ったページに載っていたのは、王立美術館でも期間限定でしか展示されない、国宝の「流星石」だった。
「流星石はいわゆる琥珀の仲間…国内にある神木の樹液に堕ちた彗星が熱を留めたまま化石化し、何千年何万年経とうともその輝きを保ち続けると言う奇跡の鉱物。当然、脆いので丁重に扱うべき代物なのです」
「国が管理しているのだ、当然知っている。それがどうした」
「精巧なレプリカを作ろうと思いまして」
「レプリカだと!?」
国宝の偽物を作ると、王子に向かって堂々と言い放つシェダルに、アトラスは驚きの声を上げる。
実際に美術館で実物を見た事はあるが、時が止められたはずの琥珀の中で、隕石が時折ちろちろと漏らす光は、確かに閉じ込められながらも何らかの意思をこちらに伝えているようでもあり、子供ながらに浪漫を感じたものだ。
「そんな物作って、どうするつもりだ。まさか売る気じゃないだろうな?」
「もちろん、飾るのですわ」
グラキオス公爵邸の玄関に、国宝のレプリカ……なかなかいい趣味してる、とは言えない。それに、婚約破棄とどんな関係があるのかも不明だ。
「実は人工琥珀の作り方がありましてね。魔法…錬金術を応用して天然樹脂の性質を変えれば化石化を待たなくてもすぐ綺麗に固まるんです」
そこでアトラスは、シェダルがケーリュを探していたのは、樹脂の物質変換のためでもあると気付く。だが本当にそれだけだろうか。この国には数こそ少ないが、錬金術を使える魔術師はいる。ケーリュ=ケイオンと言う男に拘る理由が分からず、何だかもやもやした。
「外側は取り繕えても、中の石は? 燃えるように光る石なんてどうやって探すつもりだ。魔石でやろうとすれば、魔力が尽きたら充填できなくなるぞ」
声に苛立ちが混じってしまったがシェダルは気にした様子もなく、懐から黒ずんだ岩の破片を取り出した。
「これは最近我が領で採掘された『蛍雪石』と言う鉱物です。この通り空気に触れていると、僅かにキラキラしている程度ですが、完全に密封された状態では光が増し、焔のように揺らめく性質を持っていると言う研究結果が出ています」
「…ん? 最近発見された鉱物を研究して、もう結果が出てるのか?」
「あ…っ、と、とにかくこの蛍雪石を隕石そっくりに削り、人工琥珀に入れると、流星石の見た目にかなり近付けられますよ!」
それまですらすらと段取りを決めていたシェダルだったが、急にどもり始めた。アトラスが指摘した何かに狼狽えたようだが、こんな事は初めてで、思わずもっと虐めたくなった。
しかしずいっと身を乗り出そうとすると、ケーリュの杖に阻まれる。
「…何だ、無礼者」
「シェダル嬢、蛍雪石は発見されて間もない貴重な鉱物だ。大方、この鍛冶屋でレプリカを作ってもらう気だったんだろうが、流星石の本物は想像以上にでかい。試作品も含めると、相当の量を掘り当てなきゃなんねえが…」
自分を無視するだけでなく、シェダルにも馴れ馴れしい態度のケーリュ。抗議の声を上げかけると、彼女はそれを宥めるように手で制し、ニヤッと笑う。
「そこで、あなたの力が必要になってくる訳よ。…と言うか、それこそが新しい事業の要になるのだけどね。ケーリュあなた、ダウジングって知ってる?」
「い、いや…聞いた事もないが」
「棒や振り子を利用して地下水や鉱物などを探し出す手法なのだけど。あなたの魔力と私が買い戻した杖があれば、さらに確実に見つけ出せるわ」
シェダルまでもが砕けた物言いを始めた。つい先程まで「ケーリュ殿」と呼んでいたのが、まるで気を許した友人のように…
腹の奥が知らず熱くなるが、ふと聞き捨てならない箇所が引っ掛かる。
「待て、地下水を魔力で探し出すだと!? それは本来、占星術師の仕事のはずだ」
この国では日照りが続き水不足が深刻になった際、占星術師が雨が降る時期を占うのだが、それがかなり先となれば、今度は水脈の場所を占う。鉱脈についてはまだ行った事はないが。
「別に専売特許でも何でもありません。各分野のプロフェッショナルであれば、それぞれのやり方で同じ結果に辿り着きます。
そして魔術師ならばその魔力を使った探索……目に見えない物を探し出すダウジングが合っていると言うだけの事」
シェダルはケーリュの杖を取り上げると、装飾の羽部分を両手で握り、棒の先を水平に掲げると言う奇妙な持ち方をしてみせる。
「ケーリュ、孤児院を買い取るために借りたお金は、あなた自身が我がグラキオス公爵領に貢献する事で返してもらうわ。ダウジングはこの先あなただけでなく公爵領、ひいては王国にとっても大きな力となるでしょう」
予言めいたその言葉に、ケーリュは啓示を受けたかのように打ち震えていたが、アトラスは逆にそんなシェダルに薄気味悪さを感じていた。
その後、ダウジングを習得したケーリュによって蛍雪石の鉱脈のみならず、シェダルが温泉と呼ぶ地下の温水も発見され、グラキオス公爵領の財政は大いに潤ったのだった。